最恐転生 ~ティラノサウルスが異世界転生して覇権国家を蹂躙するそうです~

ななよ廻る

プロローグ 第三皇子、王宮から怪物の巣窟に追放される。


「――ディーノ、貴様を追放する!」


 リュシオン大陸西方にあるサングエ帝国王城。

 リュシオン大陸において、覇道を突き進む軍事大国。圧倒的な武力を背景に周囲の国々を併呑していく強国の第三皇子として生まれたディーノ・クローディアは、謂れのない罪で王宮を追われようとしていた。

 玉座に座る皇帝を前にしながらも、堂々とした立ち振る舞いはとても罪人には見えない。しかし、侮蔑の込めた態度でもって第二皇子カッシオ・クローディアは彼を糾弾する。


「貴様は防衛に充てるべき財源を横領し、防衛を疎かにした結果、他国の侵略を許した。例え皇子とて、これは許されざる蛮行だ! それだけに飽き足らず、敵国に我が国の情報を金で売るという裏切り! 皇族として恥ずべき行為である!」


 大仰な手振り身振りでディーノが悪なのだと周囲に語ってみせる。

 ディーノが周囲へと視線を流せば、口元に笑みを浮かべた者が多い。そこには、悪を断罪するといった正義はなく、あざけりや企み事が成功した者の卑しい笑みしかない。


 なるほど。俺を貶めるための舞台、か。


 ディーノとカッシオは昔から仲が良いとは言えない。

 ディーノが側室の子ということもあり、正統なる血を引く自分こそがもっとも偉いと他者を見下す傾向が強かった。ディーノとしてはカッシオに欠片も興味はなく、自身から関わることもなかったのだが、なにが気に入らないのか度々嫌がらせを行ってきた。

 そして、遂には国を追いやるという行動にまで至った。

 嫌いな者を追い詰め、さぞ機嫌が良いのだろう。ディーノを悪と謳う口は油でも塗ったように滑らかで淀みない。いっそ吟遊詩人でも目指したほうが良いのではないかという熱演ぶりだ。

 今更判決がひっくり返ることもあるまい。

 ディーノが粛々と事態を受け止めようとした時、妹である第三皇女アウローラ・クローディアが止めに入る。


「お待ちください! 一体どのような根拠があってこのような――」

「アウローラ」


 美しいクリーム色の髪を翻し、敬愛する兄の擁護を止めたのは、守ろうとしたディーノその人である。

 咄嗟にディーノへと振り返ったアウローラは、夜空のように美しい蒼い瞳を濡らし、悲痛な声を上げる。


「お兄様ッ!」

「構わない。止めろ」

「ですがっ!」

「アウローラ」


 常とは違い、優しく名を呼ぶと彼女は鼻白む。瞳を大きく見開いて悔しそうに俯くと、スカートが皺になるのも構わず両手で強く握った。

 気持ちを抑えてくれてディーノは内心で一息つく。


 噛み付いて、アウローラまで巻き込まれるのは忍びないからな。


 そうなった場合、ディーノとてこのまま追放を受け入れるわけにはいかなくなる。この場にいる全員をでも、止めねばならなくなってしまう。

 アウローラの声に出鼻を挫かれ、苛立たしそうに彼女を睨み付けるが、直ぐに口元が嫌らしそうな笑みを浮かべる。台本通りに進めることが、アウローラを追い詰めることに繋がると思ったからだろう。


「ああ。オレとて血を分けた兄弟を死刑にするのは忍びなかったのだ」


 その言葉にアウローラの視線が強まり、ディーノの視線は呆れを帯びる。

 浜の真砂まさごの一粒すらも感じていない思いであろう。この場にいる誰もが信じてはいないことを、それは無念そうに滔々と語るのだから呆れるほかない。

 一人舞台に酔いしれるカッシオは手の平で顔を覆うと、指の隙間から邪悪に歪める眼を晒す。


「故に、慈悲だ。モストロ領域への追放を言い渡す」


 集った貴族たちがどよめく。だが、次第に理解が及ぶと愉悦を滲ませた笑い声がちらほらと零れる。

 ディーノにとっては想定の範囲内であったが、アウローラからすれば逆鱗に触れられたかのような蛮行であったのだろう。先程、ディーノが釘を刺したのが効いているのか、非難を口に出すことはしなかったが、視線でカッシオを殺しそうなほどに殺気立っている。


 巷では聖女のように心清らかで淑やかなお姫様が、こんな顔をするなんて誰も思わんだろうな。


 自身のこと故にディーノの感想は薄いが、アウローラからすれば当然の怒りなのだ。

 モストロ領域とは、リュシオン大陸のほぼ中央にある人跡未踏の土地である。自然豊かであり、鉱石資源も多くある。どの国家も欲しくてたまらない土地であるが、軍事大国である帝国ですら手を出せない領域。

 知恵ある種が誕生し、生存権を広げる前。力こそが全てであった時代がモストロ領域には残っているのだ。人が生きるには劣悪な環境に加え、一度人里に出れば災害とまで恐れらるような魔物が蔓延っている。

 現代の軍事力を持ってしても開拓不可能な領域。弱肉強食が絶対のことわりである世界。

 そこにひ弱な人種ひとしゅを追放するというのだ。慈悲などと嘯くカッシオの頭の中で、ディーノが怪物共に喰われる想定をしていないわけがない。

 自身の手すら汚すことすらなくディーノを手に掛けようというのだ。アウローラにとって、これほど許せないことはない。


「安心しろ。ちゃんとモストロ領域までは馬車を出そう。そこで自身の犯した罪と向き合い、反省をするがいい。くはっ……あーっはっはっあはは――――っ!?」


 とうとう堪え切れなくなったカッシオは、皇帝の御前だというのに悦楽に満ちた笑い声を響かせた。

 耳障りに反響する狂笑。皇帝すら咎めることなく黙って行く末を見守っているだけだ。いや、見守るなどという優しいものではない。自身の息子の生き死にが関わっているというのに、玉座に座る皇帝の瞳には眼前で行われる事柄全てに興味の一つすらなかった。皇帝にとって、肉親であろうとも情の欠片もないということか。


 それを言ったら俺もか。


 ディーノにとっては皇帝もカッシオも肉親だ。父親であり、兄であったが情など湧いたことはなかった。薄情だというのであれば、ディーノとて同じだ。

 ただ、衛兵に連れられ、王の間から去る時、妹のアウローラが顔をくしゃくしゃに歪め、大粒の涙を流してディーノを見つめていたのに気が付いた時には、心を針で刺されたかのような痛みがあった。

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