第43話 校舎裏で淫れる


 その日の放課後のこと――。


「ちょっとハルキ君、ツラ貸しなさいよ」


「え……」


 いつものようにそそくさと帰ろうとしたところを、深沢さんに捕まってしまった。


「ここじゃあ何だから……校舎裏まで来なさいよ」


「うおっ……!」


 放課後の校舎裏と言えば、不良の溜まり場であると相場は決まっている。


 ラブコメの世界なら告白シーンになどによく使われるものだが、現実はそう甘くないのだ。


「お、お断りします……!」


「あっ……!」


 だから俺はそう言って、深沢さんから逃げ出した。


「待ちなさいよ!」


「勘弁してください!」


 きっと、ラブレターを捨ててしまったことへの復讐だ。


 ギャルな女の子の取り巻きの不良どもにボッコボコにされるに違いない。


 そんなのゴメンだ!


「いやですううー!」


「まてええええーー!」


 だが、深沢さんはどこまでも追ってきた。


 そして残念なことに、下駄箱の前で捕まってしまったのである。



 * * *



「さあ、覚悟はいいかしら?」


「ううう……」


 俺は校舎裏の目立たない場所に追い詰められていた。


 だが意外なことに、男子生徒は1人もいなかった。


 ひいふうみいよう……全員で12人の女子生徒達が、俺を取り囲んでいる。


 そしてその中には、今朝、俺の下駄箱にラブレターを入れたみゆきさんも混ざっている。


「そ、その……まさか俺の下駄箱にラブレターが入っているなんて、夢にも思っていなくて……」


 女子生徒ばかりとはいえ、12人もいればかなりの威圧感だ。


 俺はガタガタ震えながら弁明する。


「はあ? 12人分のラブレターを全部捨てておいて、その言い訳はあんまりにもお粗末じゃない?」


「えっ……!」


 12人分……だと?


 そんなの見てないぞ!


「い、いつ入れたんですかそんなの!」


「そんなのとは何よ! そんなのとは!」


――そーだそーだ!


――私たちの純粋な思いをよくも!


――この女泣かせ!


「え、ええ……!?」


 ますます事態が悪化していく。


 話を聞く限りでは、この場にいる全員が俺の下駄箱にラブレターを入れていたっていうことか?


 その……深沢さんも。


「まさか……本当に見てないの? 私たちのラブレター」


「はい……その……『ざまぁ』って書かれた紙切れなら見ましたけど」


「はあ? 何よそれ?」


「お、俺にもわかりませんよ!」


 俺の下駄箱に、ざまぁレターはあっても、ラブレターなんて存在するはずがないと思っていたのだ。


「じゃあもしかして……その『ざまぁ』って紙切れを入れた奴が、私たちのラブレターを捨てていたってことなのかな?」


「そ、そうなんじゃないですかね……」


 そう考えると、辻褄があうな。


 ざまぁレターを入れようとしたら、先にラブレターが入っていたものだから、それを見て腹が立って処分してしまったとか……そんなところか。


「はあ……なるほどね、そういうわけか」


「わ、わかっていただけると……」


「でもね!」


――ビシッ!


 深沢さんは俺に指を突きつけると、こう言い放った。


「みゆきのラブレターを読みもせずにクシャクシャにして捨てたのは、純然たる事実なんだから!」


「うう……!?」


――そーだーそーだ!


――女を泣かせるなんて!


――さいてー!


「えええー!?」


 どういうことなんだ……。


 この場にいる女子達――全員かわいい――は、俺にラブレターをくれたのではなかったのか。


 それってつまり……俺のことを好きってことで……だったらなんでそんな酷いことを言ってくるんだ?


 それに未だに俺は、12通ものラブレターをもらっていたという実感がもてずにいる。


「そ、その……深沢さんも……俺の下駄箱に手紙を……?」


「そ、そうよ……。昨日の朝に入れたわ。悪い?」


 と言って深沢さんは、照れくさそうに髪をいじった。


「な、なんて書いてあったんです?」


「ちょ……! それを今ここで聞く!?」


 すると深沢さんは、さらに顔を赤くして、語気を荒げた。


「ご、ごめんなさい……!」


 ああ、女の子って難しい!


 どう話したらいいんだ……。


「そ、その……それは……普通のラブレターよ! こ、こここ……告白したいから放課後に校舎裏に来てとか……そういうのよ」


「そ、そうだったんですか……」


 と言って、さらに顔を赤くする深沢さん。


 彼女みたいなギャル系の美人が、俺に告白をしようだなんて。


 生きる世界が全く違うと思っていたのに、まるで夢の中の話しみたいだ。


「いつまで待っても来ないから変だなと思って……。みゆき以外の全員が、昨日の朝にラブレターを入れていたのよ?」


「えええ……」


 つまり、俺が昨日、ジムで汗を流している間、みゆきさん以外の全員がここでスタンバっていたということか。


 にわかには信じられないが、今の状況から考えるに、そういうことなのだろう。


「し、信じられないです……俺なんかの一体どこがそんなに……」


 遊子がいなかったら、女友達すら出来ずに一生を終えるんじゃないかと思っていたくらいなのに。


 一体どうしてしまったんだ、俺の人生!


「は、ハルキ君は……すごく素敵な男の子だよ!?」


「えっ……」


「みゆき!」


「な、何ていうか……見ているだけで女心がザワザワするの!」


 そこで、黒縁メガネにお下げ髪という、地味系美少女であるみゆきさんが、一歩前に出て言ってきた。


「こ、ここにいるみんな……遊子さんに遠慮して身を引いていただけなの……。私たちみんな……てっきりハルキ君は遊子さんとくっつくと思っていたから……」


「そ、そうなんですか……」


 じ、実は俺はモテる男で、遊子が近くでちょろちょろしていたから、周りの女の子がみんなして遠慮していたということか。


 マジか……それが本当だとしたら、遊子のやつ、本当に魔物だな!


「わ、わかったでしょ!? 少しは自分の価値を自覚しなさい! なんていうかね……ハルキ君。キミには妙な色気があるのよね……」


 と言って深沢さんは、トイレにでも行きたそうに、腰をモジモジさせた。


「マジすか……」


 知らぬ間に、遊子の色気が伝染ったのかもしれない。


 だとしたらあいつ……本当に淫魔だな!


「と、とにかく……! これでわかったでしょ? ここにいる全員、キミの返事を待っているのよ!? まぁ当然……選ばれるのは私でしょうけど……!」


 と深沢さんは、腰に手をあて、自信げに言い放つ。


 だが。


「そ、そんなことないもん! み、みゆきだって頑張るもん……」


 そこに負けじと、みゆきさんがさらに前に踏み出してくる。


――いいえ! 私よ!


――私がいいわよね!?


――ハルキ君への思いは誰にも負けない!


――私なんか何でもしてあげちゃうわ!


「うわわわわ……!」


 ある意味、不良の男子生徒達に絡まれるより困難な状況である。


 全員可愛いけど、殆ど初対面みたいなものだし、誰か1人を選べと言われたって……。


――ドクンッ!


「ふおっ……!?」


 その時だった。


 俺の下腹部に、うずくような熱い感触が走ったのだ。


――ドクンドクンッ!


「ふおおお……!?」


 まるで、噴火寸前の火山のようなパワーが、腹そこからこみ上げてくる!


 頬を赤らめ、息を荒げて俺を求めてくる12人の女子達……。


 これは……俺の中の男が、彼女たちの思いに反応しているというのか!?


――貴方は、人の何倍も精力が鍛えられているのよ?


 そんな、マミさんの言葉が思い返される。


 それが本当なら俺は、この場の全員を相手にすることだって出来るのかもしれない……。


「お、俺は……!」


 1人残らず、まとめて相手してやんよ――。


 不覚にも、そう言い放ちたい気持ちで一杯になってしまった。



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