第35話 上のお口がさらに淫れる


「じゃあ、食べよう! いただきます!」


「う、うん……いただきます」


 俺たちはまず、お母さんも絶賛してくれたたちポンから頂いた。


「んふ!?」


「ふうんっ♡」


 口に入れた瞬間、クリーミーな旨味が口いっぱいに広がった。


 想像以上の美味しさだ。


 なんというか、とっても大人な味がする。


「う、うまいなコレ! なんかシュワッとしたものをグイッといきたくなる!」


「うん! やっぱり白子はいいね! 私も熱いのをクイッといきたいよ……」


 何となく、二人してオヤジくさくなっているが、まあいいだろう。


 続いて、塩焼きにした方を……。


「うわっ、中はとろとろだ……」


「ホントだとろとろ……」


 表面はうっすら焦げ目がついてパリッとしているが、箸で割ると中からとろけるような白子の中身が出てきた。


 まるでクリームコロッケのようだ。


 衣をつけて揚げても良いというからな。


 残りは明日の夕飯の時に、白子フライにするとしよう。


「あつっ……ハフハフ」


「ふぅー、ふぅー、パク……んふー♡」


 こちらは暖かいので、さらに魚介の旨味が濃厚だった。


 フグの白子って、たらの白子よりも生臭みが無くてとても上品だ。


 良質をタンパク質を摂取しているという実感が、ふつふつとこみ上げてくる。


「こ、これは止まらん!」


 遊子に食わせるはずのものを、つい自から進んでパクパクと食べてしまう。


 さらにはこの後、口直しのデザートも待っているのだ。


 なんという贅沢な3時のおやつ! 


 そうして、あっという間に白子を食べ終え、いよいよメロンに取り掛かることになったのだが……。


「やっぱり……メロンはハルキが全部食べていいよ!」


 てなことを遊子が言ってきたのだ。


「そんなに食べたくないのか……?」


 白子を食べてくれただけでも良しとするべきなのかもしれないが、せめて一口くらい食べて欲しいんだよな。


 栄養バランス的なことも考えて。


「一口も……食べたくないのか?」


「べ、別に、食べたくないわけじゃないんだけど……でも」


「でも、なんだよ……」


 食べたいなら食べてくれよ……頼むから。


「出来ればその……ハルキに食べてもらいたいから」


「ええっ?」


 う、うーん……人が食べるのを見て満足するという感覚なのか?


 俺としては有難い限りではあるが、でもやっぱりそれだけじゃまずい……。


「お、俺だって遊子に食べて欲しいんだよ!」


 拒食症治さないと、一緒にトレーニングできないじゃないか!


「そ、そんなに食べて欲しい?」


「ああ! 食べて欲しい!」


「あううっ……♡ そんなこと言われたら……♡」


「えっ?」


「ううん……なんでもない……ハァハァ……そうかぁ……ハルキはそんなに『遊子ちゃんに食べて欲しい♡』んだね?」


「お、おおう……」


 なんだか、幼馴染の目つきが怪しくなってきた。


 食べたいのか、食べたくないのか、どっちなんだ。


 拒食症に陥った乙女の乙女心は、俺が理解するにはあまりに複雑すぎた。


「じゃ、じゃあね……」


 さらに遊子は、何かを言いたげに体をモジモジさせる。


「ハルキが……アーンしてくれたら食べる」


「な、なにっ!?」


 そして、思わぬ要望を出してきた!


 あ、アーンってあれか?


 俺が口まで運んでやるってことかっ!?


 why! なぜに!?


「そ、そんな恥ずかしいこと出来るかよ……!」


「えー、じゃあ食べない……」


「む、むがが!?」


 と言って、どこか誘うような目をこちらに向ける遊子。


 ま、まさかこいつ……。


 自らが拒食症であることを逆手にとって、俺をからかおうとしているのか!


 だとしたら、なんて酷い幼馴染だ。


 俺は本気で心配しているのに!


「わ、わかった……じゃあやってやる! やってやるぞー!」


 俺は、メロンを乗っけた皿をひっつかむと、遊子の隣の席に移った。


「俺がアーンすれば食うんだな? だったら俺の手で、その口いっぱいに頬張らせてやんよ!」


「お、お口に一杯!?♡」


 逆に、からかったかことを後悔するくらいに食らわせてやろう!


 そして俺は、食べやすいようにカットしたメロンの中から、大きめの塊を選んでフォークにぶっ刺す!


「さあ、そのはしたないお口を大きく開くんだ!」


「は、はしたない上のお口なのおおお!?」


「口は上にしかねえええええー!?」


 相変わらず訳のわからないことを言う遊子の口の中に、そのメロンを押し込んでやった!


「お、おっきい!♡ おっきいのおおー!♡」


「ほれほれほれー!」


 一転攻勢! 今度は俺が攻める番だ!


 俺さらに次弾を装填しつつ、メロンを咀嚼する遊子を見守る。


「モグモグモグ……ゴクンッ」


 よく熟れた瑞々しいメロンだから、喉につっかえることはないだろう。


 俺はさらに、フォークを口元に近づける。


「んっ、んんー! そんなに押し付けたら喉がこわれちゃうよー!」


「いいから食うんだー!」


「も、もっと優しくしてくれなきゃヤダー! フォークじゃなくて……手で食べさせてよ……!」


「なにいっ!?」


 め、メロンを手づかみだと!?


 た、確かにフォークで押し込むのは危険が危ないかもしれない。


 手でそっと食べさせれば安心だ。


 一理ある。


「ちょっとまて、手を洗ってくる!」


「えっ、別にそのままでいいよ……」


「えっ!? でも!」


「さっき食べる前に洗ったでしょ? だからそのまま……じゅるり♡」


 こ、こいつ……何か目が座ってないか?


 実は相当に腹が減っていたのだろうか?


 だとすれば、下手すると指ごと食われてしまうかもしれん。


 俺はフォークの先のメロンを指で抜き取ると、慎重に遊子の口に運んだ。


「あーん……」


「ドキドキ……」


「パクっ! ちゅるちゅるちゅる!」


「んふおおおっ!?」


――ぬるすっぽん!


 慌てて指を引き抜く!


 メロンをつまんだ親指と人差し指ごと、遊子はちゅるちゅるとすすってきたのだ!


 指と唇のあいだに、唾液の糸が長く引く。


「ゆ、指ごと食うなよ!」


「もぐもぐ、くちゃくちゃ……ごくんっ! む、むしろそっちがメインディッシュ!」


「どういうことだー!?」


 突如として食欲旺盛になった遊子を前に、俺は大いにたじろいだ。


 一体どうなっているんだ遊子!


 そして、くちゃくちゃを音を立てて食べるのはお行儀が悪い……。


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