第34話 上のお口が淫れる


「……ちょっと見ない間に、美味しそうになったわね♡」


「……えっ?」


 遊子のお母さんの色気に圧倒されて、一瞬その言葉の意味がわからなかった。


「あ……はい! 良かったらお母さんも『食べて』下さい!」


「あら♡」


「!?」


 しかし、すぐにその意味するところが『俺の料理が美味しそうになった』であると理解した俺は、すかさずそう提案する。


「まぁ♡ 本当にいいの?♡」


「だっ、だめー!」


「ええっ!?」


 目を細めてウットリするお母さんとは対象的に、遊子は必死になってそれを止めて来た。


 な、なぜだ……。


 そんなにも白子を独り占めしたいのかっ?


「で、でもキッチンだって貸して貰っているのに……」


「だめー! それだけは絶対にだめー!」


「ゆ、遊子!」


 遊子の治療のためにやっていることとはいえ、流石に腹がたった。


 なので、少しきつめに言ってしまう。


「そ、そっちこそダメだろ!? 独り占めするなんて……!」


「で、でもぉ! ハルキの白子は私のものなんだよ……」


「た、確かにこの白子はお前のために作ったものだけど……でも味見くらいいいじゃないか……」


 どうしてそんなに必死なんだ?


 俺は首を傾げつつ、遊子のお母さんに白子の入った小鉢を差し出した。


「ゆ、遊子はこんなこと言ってますけど、どうか遠慮せず食べてください! 俺の……俺の(金で買った)白子を!」


「わかったわ♡ じゃあ、ありがたくいただきまぁーす……♡」


「えっ?」


 すると遊子のお母さんは、何故か小鉢は受け取らず、俺の前にしゃがみこんだ。


「な、なにを……?」


「うふふふ……じゅるり♡」


 そして、俺のハーフパンツを両手でつかみ、下に引きづりおろそうとしてきた!


「ハルキ君の『白子』……いただきまぁーす♡」


「ぬわー!?」


「だめえええー!!」


 遊子が押し倒すようにしてそれを妨害してきた!


 あ、あぶねえ……パンツごと下げられるところだった!



 * * *



 どうやら、遊子のお母さんは寝ぼけていたらしい……。


「うふふ、私としたことが取り乱しちゃったわ♡」


「びっくりしました……」


 一体、ナニを食べようとしたんだろう。


 気を取り直して、遊子のお母さんに味見をしてもらう。


 紅葉おろしを少しだけ乗っけて、慣れた手つきでポン酢をちょんちょんとつけると、お母さんは片手で髪の毛をおさえつつ、ゆっくりと白子を口に運んだ。


「ん……ふ♡」


 何をするにしても、いちいち色っぽいお母さんだ。


 にゅるんっと口の中に吸い込まれていく白子が、慈しむような口の動きによって咀嚼される。


 やがて、音もなく喉の奥へと吸い込まれていった。


「まぁ♡ とっても美味しいわ♡ よくできているじゃない」


「は、はい! ありがとうございます!」


「うふふふ……こっちこそご馳走になっちゃって……♡」


 お母さんは、さらにもう一口白子を食べると、満足そうに箸を置いた。


 何かとセレブで、舌も肥えてそうな遊子のお母さんに認められたのだ。


 これはまさに、料理人冥利に尽きるんじゃなかろうか。


「美味しそうになっただけじゃなく、料理まで上手になったのね……? 遊子、絶対に逃しちゃだめよ……♡」


「う、うん……♡」


 お母さんは、遊子の耳元でゴニョゴニョと何かをささやくと、そのまま寝室へと戻っていった。


「危ない所だった……ほっ」


「えっ、何がだよ?」


 お母さんに白子を全部食べられちゃうと思ったのだろうか。


 まったく、心配性なやつだ。


 鈍感極まる俺でさえ、遊子のお母さんがそんなことする人じゃないってわかるのに……。


 程なくして、オーブンで塩焼きにしていた方も出来上がった。


 アルミホイルごと、火傷をしないように注意しながらお皿に移す。


「そうだ、ママが店から貰ってきたメロンがあるんだ。ハルキ食べちゃってよ」


「えっ、いいのか?」


 さすがはセレブ、ここでメロンときたか。


 夜のお店とかだと、そういう残り物もよく出るんだろうな。


 言われて冷蔵庫を覗くと、立派なメロンが丸ごとゴロッと転がっていた。


 見た目からして高そうだ。


「こんなの食べていいのかよ……」


「うん、ママは食べ飽きてるし、私は白子があれば十分だし……」


「う、ううーん……でもなぁ」


 俺1人で食うには多すぎるし……それに。


「遊子も……食べろよ」


「ええ? 私も?」


「うんっ、頑張って拒食症治さないと、またトレーニング出来ないだろう?」


 そうだ、俺が今日ここにきたのは、遊子に食事を取らせるためなのだ。


 俺は早速、キッチンでメロンをカットする。


 そして白子料理2種とともに、食卓に並べた。


 いよいよ実食である!



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