第36話 上のお口がさらにさらに淫れる


 それからというもの……。


「ちゅぷっ♡ ちゅぷっ♡ んちゅるるる♡ ぷちゅ♡」


「ゆ、指をねぶるな……!」


「だ、らってぇ……♡ ちゅぷっ♡ ちゅぷっ♡」


 口の中に指を入れるたびに、一滴残らず果汁を舐め尽くそうという勢いで、遊子は俺の指をねぶってくる。


 そんなに腹が減っていたのか……可哀想に。


 拒食症は、治る過程で一時的に過食症になるとも聞く。


 ここはブレーキをかけることなく、遊子が食うに任せるしかないのだろうか。


「い、いつまでもしゃぶってたら次が……えいっ!」


――にゅるにゅるすぽんっ!


「あ……♡」


 遊子の口から引き抜いた指先が、唾液でヌルヌルになってしまっている。


 いつの間にか、俺の肩にもたれかかっている遊子は、まるで親鳥にエサをねだる雛鳥のごとく、俺に向って、唾液に濡れた唇を大きく開いて見せてきた。


「は、はやくぅ……♡」


「お、おう……!」


 熱っぽい吐息とともに立ち昇る、甘酸っぱいメロンの香り。


 すごく……食欲をおそる香りだ


 俺は片手で幼馴染の体を抱えたまま、もう片方の手でメロンをつまむ。


「ほ、ほら……!」


「んん……!♡ はむっ♡」


「ふおおおっ?」


 俺の指先から、遊子の舌と唇の感触がストレートに伝わってくる。


 はっきり言って……これはたまらん!


 まるで、全身の神経をくまなくねぶられているようである。


 あまりに官能的であり、否応なく股間にテントが張ってしまう。


 もはや、治療行為を超えた性的な行為に至ろうとしていた――いや、至ってはいないが!


「ん♡ んふ……♡ じゅるっ♡ むちゅっ♡ もにゅっ♡」


「せめてメロンを飲み込んでからにしろ……!」


 メロンごと指をもぐもぐするものだから、いつ指を噛まれるかと気が気でない。


 しかし遊子は、上手いことメロンを舌で押しつぶし、俺の指ごと飲み込む勢いで、喉の奥にゴクリと流し込んでいくのだった。


「ちゅぷ♡ ちゅる♡ んちゅるるる♡」


「お、おい! 抜くぞ!?」


「んふっ!? ら、らめ!♡ 抜いちゃらめぇ!♡」


――ガシッ!


「うおおっ!?」


「ちゅぷ♡ ちゅぷ♡ ちゅぷ♡ ちゅぷ♡」


 ついに遊子は、俺の手を両手で掴んで離さなくなってしまった。


 これではもうこれ以上、メロンを食わせることが出来ない。


 そして、俺の指先がどんどんふやけていく!


「んふっ♡ ちゅぷ♡ 抜いて欲しいけろ抜いちゃらめぇ!♡」


 わ、わからないよ!?


 意味がわからないよ!?


 抜いて欲しいけど抜いちゃダメって……『抜く』という言葉の意味がゲシュタルト崩壊しているぅ!?


「ど、どうすりゃいいんだ!」


「んふっ♡ んふう!♡ もうだめ……♡ とまらなぁい!♡」


「うわっ!」


――じゅるぽんっ!


 遊子は咥えていた指を引き抜くと、完全に俺に抱きついてきた。


 頬は赤らみ、瞳は潤み、まるでアルコールで酔っ払っているみたいに息が荒い。


 そして、何かを渇望するような目で俺を見上げてきた。


「ね、ねえハルキ……♡ 次は……口移しして……♡」


「!?」


 なん……だと?


 口移しって……それって殆ど……『キス』じゃないか!?


「ねえ……ハァハァ……お願い……♡ もっと欲しい……♡」


「ふ、普通に食えばいいじゃないか……!」


 そこまでして俺をムラムラさせたいのか!


 俺は一体、どこまでお前の玩具なんだよー!


「い、いや! ハルキのがいい! ハルキのがいいの! もう遊子、ずっとお腹ペコペコだったんだから!♡」


「じゃあ食べろよー!」


「だから! ハルキが良いの! 私が食べたいのはハルキなのー!」


「またその話かー!」


 サキュバスだからのうんたらかー!?


 もういい加減にしてくれよ!


 俺は首をブンブンふった。


「うっ……ぐすんっ……やっぱり信じてないんだ……」


「無茶言うなよ! マンガやゲームの世界じゃないだから、サキュバスなんて居るわけないだろう!?」


 ここは現実なんだ!


 悲しいくらいに、現実なんだー!


 お前みたいな可愛い幼馴染がサキュバスで、俺の精を狙って日々奮闘しているとか、そんな羨ましけしからんシチュエーションなんてありえないんだよー!


「もういい加減! からかうのはやめてくれよ! 俺は本気でお前のことを心配しているんだ! だから頼むから! 食ってくれよメロン!」


「ハルキの口移しなら食べる!」


「だからなんでだよー!」


「好きだからだよー!」


「!?」


 その瞬間、完全に俺たちの時間が止まった。


 今こいつ、なんて言ったんだ?


 俺のことが……好きっていったのか?


 なんでだよ、わけわかんねえ。


 人のこと、童貞とかスケベとか変態とか、さんざんバカにしておいて。


 突然俺のこと好きだとか……。


「そ、そんなこと言われても……信じられないよ」


「な、なんでよ……」


 遊子は、さらに上気した表情で俺を見上げてくる。


 その瞳の奥には必死の決意が見え隠れして、どうにも嘘で言っているわけではなさそうだ。


 だがそれゆえに、俺は躊躇してしまった。


 いま遊子が言ったことを、そのままの意味として捉えるべきなのか否なのかと。


 もしかすると俺は今、遊子に試されているのかもしれないと……!


「ハルキは……私とキス……したくないの?」


「…………」


「キスの……もっと先のこととかも……したくないの?」


「…………」


「私、サキュバスだから、ハルキが中途半端な体力のままそういうことをしたら、精力を吸い尽くして殺してしまうんだよ?」


「…………」


「だからハルキを食べるのを我慢して……体力を付けてもらおうとおもったのに」


「…………」


「ねえハルキ……もういっそ、このまま私とエッチしちゃう? そして気持ちよく天に召されちゃう?」


「……!?」


「その方が……いい?」


 俺には、遊子の言っていることがさっぱりだった。


 あまりにも荒唐無稽で支離滅裂だ。


 ただ一つわかるのは、遊子が涙を浮かべるほどに必死だということ……。


 そして俺は……。


「し、しねえよ……」


「えっ……」


「なんでそんなことを聞くかはわからないけど。お前とエッチなんかしない! 俺は今まで一度だって、お前をそんな目で見たことはないんだ!」


「……!?」


 あの日、つい出来心でお前のパンツを盗んでしまったあの日から、俺は遊子のことを絶対にエッチな目では見ないようにしようと胸に決めた。


 遊子にそのことがバレた時、俺がどんな気持ちになったかわからないだろう。


 もうあんな……情けない思いはしたくないんだ。


 けして卑怯なことをしない、本当に立派な男になってやろうと決意したんだ!


 だから俺は――!


「エッチもしねえ! 口移しもしねえ! もうさっきからずっと意味がわかんねえんだよ! このバカー!」


「ふなっ!?」


「もうこれ以上……俺の心を淫さないでくれえええー!」


「あっ……」


 俺はそれだけ言い捨てると、逃げるようにして遊子の家を飛び出した。


 メロンも白子も……残りは全部、お前が食ってくれ!



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