第20話 精神年齢が淫れる


「じゃあ今日は肩ねー?」


 今日はナオミさんがいないので、マミさんが教えてくれる。


「まずはショルダープレスね」


「おおー」


「本格的ー」


 ジムに置いてあるマシンというのは、どうしてこうもテンションが上がるものなのだろう。


 ショルダープレスマシンは、一言で言えばガン◯ムの操縦席のようであった。


 このジムのマシンは最新式のものが多くて、とても格好良いのだ。


「今日は俺から行くっす」


 いつも幼馴染に先をこされているからな。


 ハルキ、イキまーす!


 シートに腰掛けて、頭の横辺りにあるグリップを握る。


「構えた時のグリップの位置が、口の高さくらいに来ていればOKよ? 大丈夫そうね」


「はいっ! いけます!」


 問題は、ウェイトをどれだけかけるかだが……。


「肩の関節は痛めやすいから、始めは一番軽いウェイトからいきましょうね」


「そうですか……」


 やっぱりなー。


 一番重たいウェイトなんで100kg以上あるけど、一体誰が使うんだろ。


「じゃあ行ってみましょうー」


 俺はゆっくりと、グリップを真上に押し上げていく。


「しっかり伸ばしきってー、おろすー」


「はあー」


 下ろす時に吐く、上げる時に吸う。


 力を入れる時に息を吸うのは、筋トレの基本のようだ。


 吐く息で力をこめると、息んでしまって頭がクラクラするからな。


「2……3……4……5……そのまま行けるとこまでイッちゃいましょー」


「は、はい! すぅ……はぁー」


――ガション! ガション!


 ガン◯ムの歩行音のような、サウンドエフェクトが心地よい。


 あれ、全然辛くないじゃん。


 肩トレの一体どこが大変なのだろう……。


「うううーん!」


 30回くらい続けていたら、さすがに肩がダルくなって上がらなくなった。


 そこで遊子と交代することに。


「遊子ちゃんは、ノーウェイトね」


「はーい」


 そして遊子もまた似たように、30回ほどショルダープレスを押し上げた。


「あー、肩がこるわー」


 と言って、おばあちゃんのように肩をもんでいた。


 そして2セット目。


「10……11……12……13……14……んっ?」


 1セット目よりも早く、限界が迫ってきた。


 胸の底にゾッとする感覚が走る。


 やばいこれ。


 30回なんて絶対むり!


「う、うごおおおお……」


 うわー! 肩があがらねー!


 一番軽いウェイトなのに!


「にじゅう……! ぐはぁ!」


 なんと、たった20回しか上がらなかった。


 急に自分が情けなく思えて、俺は文字通り、がっくりと肩を下げてしまった。


「効いてきたわねー? じゃあもう1セット頑張りましょうかー」


「は、はい……!」


 そして俺達は徐々に、肩トレの深淵に落ちていくのだった。



 * * *



 ショルダープレスを終え、俺も遊子も、すっかり年寄りじみたテンションになっていた。


「おじーさんや……わたしゃもう、疲れたよ」


「おばーさんや……わしゃぜんぜん、肩があがらんくなっちまっただ」


 大して息は上がっていないのだが、肩の上にどっしりと重い荷物が乗っているようで、一気に老け込んでしまった。


「ほらほらー、2人とも。これからが本番なのよー?」


「ふがふが……」


「そげん無体なことばぁ……」


 老骨に鞭打つとはまさにこのことじゃあー。


 肩がダルいせいか、無性に杖が欲しくなる。


 本当にお年寄りのように、俺はダンベルの置いてある区画へとヨボヨボ歩いていった。


「ダンベルレイズをやるわよー」


 と言ってマミさんは、俺に2kgのダンベルを、遊子に1kgのダンベルをそれぞれ渡してきた。


「とっても簡単なトレーニングよ? まずはフロントレイズ」


 と言ってマミさんは、両手に持ったダンベルを、腕を真っ直ぐにした状態で正面に持ち上げる。


「そしてサイドレイズ」


 次は、真正面ではなく真横に水平になるまで持ち上げる。


「最後にリアレイズ」


 続いて上半身を90度近くに前傾させて、床に向って降ろした腕を、大鷲が翼を開くような動作で、真横に広げた。


「それそれ10回づつ、ローテーションで行うのよー?」


「ふがふが……」


「ふごごご……」


 五十肩も通り越した老人には、厳しい運動じゃわい……。


 俺はいつぞやの、サーキットトレーニングを食らった大学生の姿を思い起こしていた。


「はいやる! お年寄りごっこはもう終わりよ! 2人とも若いんだから!」


「はっ!」


「はーい!」


 逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ!


 俺はあたかも、選ばれしチルドレンになったような気持ちで、ある種の悲愴感とともにダンベルレイズを開始した――!


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