第19話 体重計の数値が淫れる


「ゴクゴクゴク……ぷはー」


 トレーニング前にまず1杯。


 更衣室前の水飲み場で、シェイカーに作ったプロテインを飲み干す。


 これで、トレーニングが終わる頃には効いてきて、筋肉さんの栄養になってくれるはずだ。


「体重を測っておくか」


 そして俺は、3日ぶりに体組織計に乗った。


 まだ4日目だが、あれだけハードにやったんだ。


 多少は体重が落ちているはず……。



 身長168センチ


 体重62.0→62.5キロ


 体脂肪率21.0→20.8%



「ファッ!?」


 ふ、増えてるぞ!


 体脂肪率はちょびっとだけ減っているけど……。


 でも筋肉も脂肪も、両方増えているんじゃないかこれ!?


「な、何故だ……」


 確かに、運動するようになってから、朝にきちんと腹が減るようになった。


 いままでは朝食は抜くことも多かったが、最近はしっかり食べているし、なんならご飯のお代わりまでしてしまう。


 昨日はあの後、自分で作ったチャーハンと、魚肉ソーセージと、あと寝る前にもプロテインを飲んで、ナオミさんからもらったHMBも飲んで……。


 だが、あれだけハードな運動をしたんだぞ。


 そのくらい食べたって、大丈夫だと思っていたのだが……。


「何故こんなに増えてる!」


 筋トレって、痩せるんじゃなかったのかー!?


「あががが……」


 俺が1人、体組織計の前で白目を剥いていると。


「どうしたの、ハルキ?」


「ああ、遊子……俺このままだと、お相撲さんになる……」


「ほえ?」


 俺はそのまま、ふらふらとジムの中へと入っていった。



 * * *



「あらあらー、どうしたのハルキ君、元気ないわねー」


「ああ……マミさん」


 俺は、体重がやたらと増えてしまっていることを告白した。


「まあ、それは素晴らしいわっ!」


「ええー! なんでですー!?」


 このままでは痩せマッチョではなく、お相撲さんになっちゃうんですけど!


「男の人はそれでいいのよっ♡ 体脂肪率は減っているんだから、着実に体の組成は変化しているわ。むしろたったの3日ですごいことよー」


「そ、そうなんでしょうか……」


 俺としては、体重はそのままで、体脂肪率が徐々に減っていくとかの方が理想的なんですが……。


「今はとにかくバルクアップよっ。減量を意識すると、逆に筋肉が付きづらくなってしまうわ。筋肉が付いてないと、減量するのも難しいのよ?」


「は、はあ……」


「減量用のプログラムもあるけど、そうね……今着ているそのシャツが、ピチピチになってからでも十分なんじゃないかしら?」


 言われて、自分のTシャツのサイズを確かめる。


 お腹が出ている割にブカブカしている。


 特に、肩周りがスカスカである。


「そうだぞハルキ! 痩せたら弱くなっちゃうんだから!」


「ま、まあ……それもそうか」


 2人に諭されて、俺はひとまず体重のことは忘れることにした。


「どうしても体組織計の数字が気になるなら、足を頑張って鍛えると良いわ。体脂肪の数値が低めに出るようになるから」


「マジすか!?」


 そんな裏技が!


「そうなのよねー。足の裏から測るタイプの体組織計は、どうしても下半身が中心の計測になるから、足の筋肉が増えると低く出やすくなるのよ。まぁ、ちょっとした豆知識ねっ?」


「う、うーん……なるほど」


 機械を騙すようなやり方だが、体脂肪の数値が下がるのはロマンがある。


 今度の脚を鍛える時は、メッチャ頑張ろう。


「それで、今日はどこを鍛えるのかしら?」


「えーと……。初日はベンチで腕と胸、2日目はスクワットで脚、昨日が背中と力こぶだから……」


「腹筋かなー?」


「そうねえ、あと、肩という手もあるわよ?」


 モリモリっとした肩! 割れた腹筋!


 どっちも男が憧れてやまないものである。


「せっかくなんで両方やります!」


「うーん、止めといたほうがよいわっ♡」


「ガーン!」


 あっさり否定された!


 せっかくやる気を出したのに……。


「だって、今日、肩と腹筋を鍛えたら、明日は何をやるの? もうカーフ(ふくらはぎ)くらいしか、鍛える場所が残っていないわよ?」


「そ、それもそうか……」


 カーフなんて家でもやれるもんな。


 胸と腕の疲労はほぼ抜けているので、またベンチをやっても良いんだけど。


 あまり飛ばしすぎるのも良くないか。


「最初はついつい意気込んじゃうのよねっ。でも、先はまだまだ長いわ。そのやる気は、いつか来る本当の地獄のためにとっておきましょっ?」


「はーい!」


「は、はい……」


 本当の……地獄……。


 俺は泣きながらスクワットをしていたマッチョさんの姿を思い出しつつ、ガクブルと肩を震わせた。


「それにね、ハルキ君。肩のトレーニングを舐めてはいけないわ♡」


「えっ?」


「肩はねー、大変よ? 特に最初のほうがね……」


「あわわ……」


 と言ってマミさんは、怪しく微笑むのだった。


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