第21話 残酷な天使が淫れる


 ダンベルレイズのローテーションが続く……。


「4……5……6……肘が曲がってきたわよー!」


「はっ!」


「はい!」


 1セット目はまだ何とかなった。


 2セット目からは、ズルをしないとダンベルを上げきれなくなった。


 肩の筋肉がパンパンに張って、肩パットでもしているような感覚になっている。


「遊子ちゃん、ほらほらー、がんばるー」


「うひいいー!?」


 遊子の腕の上がりが悪いので、マミさんに補助を入れられている。


「頑張らないと、ハルキ君とっちゃうぞっ?♡」


「そ、それはらめえええええ!」


「ん?」


 遊子は、耳元で何かを囁かれているようだが、その次から顔を真っ赤にして頑張り始めた。


「いい調子いい調子ー、あー、ハルキ君、リアレイズは背中を使っちゃダメー。別の種目になっちゃうー」


「むがががっ!?」


 さっそくフォームの修正が入る。


 もう、普通の動きでは腕が上がらないから、ついつい脇の方の筋肉で引こうとしてしまう。


「リアレイズは気を抜くとローイングになっちゃうからねー。ローイングは背中の種目だよー」


「うひいいいー!?」


 わかっちゃいるがどうにもならない!


 完全に、腕が上がらなくなった。


 両手を「命」の形に開いたまま、ただプルプルと震えるのみ……。


「ぼちぼち限界みたいねー♡ ウェイトを落としましょうかー」


 そこで、遊子のダンベルは500gに、俺のウェイトは1kgに下げられる。


 もう殆ど、何も持っていないのと一緒だ。


 しかし――。


「あ、あがらねえぇー!」


「む、むりいいいぃぃー!」


 もう全く、肩が言うことを聞かなかった!


「ま、マミ姉! ちょっとインターバル……!」


「だめよ、ダメダメ♡ ちょっとくらい休んでも、大して変わらないんだから」


「で、でもおー!」


「これは試練よ! 飛ばなきゃ落ちるだけ! 天使になった気持ちで羽ばたくのよ!」


「うおおおー!」


 筋肉がバカになるという感覚を、俺は今、猛烈に味わっていた。


 疲労というレベルを遥かに超えて、完全な『機能停止』に陥っている状態だ。


 麻酔を打たれて、神経が麻痺しているとでも言うか……。


 とにかく全然肩が言うことを聞いてくれない!


「うご……けぇ!」


 気持ちばかりが先に行って、体が全然ついてこない。


 ただダンベルを前、横、後ろと持ち上げるだけなのに。


 だんだんと、悔しさに似た感情がこみ上げてくる。


「うごけ……うごけ……うごけぇええ!」


 歯を食いしばり、ひたすら肩に意識を集中する。


 一本たりとも神経がなくなってしまったみたいだ。


 俺の肩は今、完全に沈黙しているぅ!


「うごけ、うごけ、うごけ!」


「うごいて、うごいて、うごいて!」


 今動かなきゃ、何にもならないんだ。


 今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ!


 一生ぽっちゃりのままなんて、そんなの嫌なんだ!


 みんなを守れるような、逞しい肩が欲しいんだ!


 だから、動いてよおー!


――ピキーン!☆


「フゴッ!!」


「ふおおおおっ!?」


 その時、俺たちの中の狂気が目覚めた――!


「ハッハッハッハ……グオオオオオー!」


「うるおおおおおおおん!」


 それからというもの、俺と遊子は狂ったようにダンベルを上げまくった。


 口端から泡を吹き、髪を振り乱し。


 フォームなんてあったもんじゃない。


 ひたすら滅茶苦茶に我武者羅に、前後左右にダンベルを上げまくった!


「フガアアアアー!」


「ワシャアアアー!」


 その動きのシンクロ率……400%突破!


「2人とも……ついに目覚めたのね♡」


 そんな俺たちの姿を見て、マミさんがウットリしたとか、しなかったとか……。



――5分後。



「ぜぇぜぇ……」


「はぁはぁ……」


 俺と遊子は、並んでマットの上に沈んでいた。


 初号機、弐号機……。


 ともに、完全に沈黙!



 * * *



「ねぇねぇハルキ、かばん持ってー」


「やだよ……」


 着替えを終えて帰り道。


 俺と遊子は、かばんの重みを身に沁みて味わっていた。


「ねえもってーよ! はい!」


「うわわわっ! バカ! 投げるな!」


 何も持って無くても、両手が肩の高さまであがらないのだ。


 それが二人分のかばんを持つともなれば……。


「だ、だりぃ……!」


 手押し車でも欲しい感じだよ!


「ああ…あああー、肩がダルいよー。頑張りすぎだよー」


「お、お前がジムに誘ってきたんだぞ……」


「ねえねえハルキー、私の両手も持ってよー!」


「む、無茶言うなー!」


 その前に外せるのかよ、その肩!


 というか、俺だって外して運べるならそうしたいよ!


「はぁ……」


 何にせよ、肩トレを舐めてはいけないと理解した。


 腕や胸とはまるで次元の違う疲労感がそこにはあった。


 なんたって腕の付け根の筋肉だからな。


 生活上の多くの動作の元になっているのだ。


 筋トレとはそういった、普通に生活を送っていると気づかない、人体の各所の重要性に気づかせてくれるものでもあった。


 奥が深い……。


「ねえ、もういっそ、遊子ごと持ってよー!」


「ヌワー!? よりかかってくるなー!」


 その後も、何かと寄りかかろうとする幼馴染を押しのけ、二人分のかばんを持って家路を歩くのだった。


 これもまた……トレーニング!


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