第15話 ドラッグストアで淫れる


「ところで2人とも、栄養はきちんととってるー?」


「栄養ですか? まあ普通に……」


「遊子も普通にハルキから……けふんっ、食事でとってますよ!」


 遊子……! なにを言い間違えをしようとしたっ?


「うふふー、そうなのー? じゃあはいっ、これ2人にあげる!」


 そう言ってマミさんは、俺達にペットボトル入りのスポーツドリンクをくれた。


「あ、ありがとうございます!」


「マミさん、これってちょっと高いやつでしょ?」


 確かに、水分とミネラル以外にも色々入ってそうなスポーツドリンクだ。


「BCAAが1000mg入っているわ。バリン、ロイシン、イソロイシン……簡単に言うと、筋肉の素ね」


「へえー」


「そーなんだー」


 2人とも汗をかいたあとなので、さっそくキャップを開けていただく。


「ごくごくごく……」


「ごくごくごく……ぷはー! ほんとだ! なんかムキムキしてきたー!」


 と言って脇の下、大円筋のあたりをペチペチする遊子。


 そんな馬鹿な。いくら何でも効くの早すぎだ……!


「うふふふー。BCAAは吸収が良いから、トレーニングの合間に飲むのがおすすめよ? そこの自販機にも売っているからね。あと、本格的に体を鍛えるのなら、一日に体重1kgあたり、2gのタンパク質を摂取した方が良いと言われているわ」


「そうなんですか?」


「あんまり意識してなかったっす」


 体重1kgあたり2gか。


 俺だったら1日に120gくらいタンパク質を摂れば良いんだな。


「帰りにスーパーでも寄ってみます!」


「それは良い心がけね。でも、タンパク質は単独で摂取するのが意外と難しいから……。プロテインがあると便利なんだけどねー」


「プロテインですか」


 最近はドラッグストアにも売っているよな。


 でもアレって、結構高かったような……。


「2人とも、なんならこれを試してみないかい?」


 と言ってナオミさんが渡してきたのは、白い錠剤のようなものだった。


 俺と遊子に4粒づつ。


 ナオミさんは6粒くらい一度に口に放り込むと、マイボトルで流し込む。


「これなんですかー?」


「HMBだよー」


「えいちえむびー?」


 BCAAとかHMBとか、筋トレって、まるで化学みたいだな。


「筋肉の分解を抑えて合成を促進する、魔法のサプリさっ」


「ほええっ?」


「何かスゴそう……」


 というかヤバそう!


 もしや、ドーピング……!?


「はははっ、HMBは普通に人の体内で合成させる物質だから、安全性に問題はないよ! これはあくまでも私個人の感想だけど、プロテインよりも効果はデカいね」


「へええー」


「知らなかったです……」


 奥深き、筋トレの世界だ!


「プロテインと一緒に飲むのもありですかっ?」


「もちろん! それが出来たら最高だ。他にもねー、グルタミンでしょ? クレアチンでしょ? あとマルチビタミンにフィッシュオイルに……」


「うわわわ……」


「ひえええーっ?」


 四次元ポケットの如くどんどん出てくるナオミさんのスポーツバック。


 学生の俺らには、こんなにお金はかけられない!


「はははっ、筋トレをこじらせるとこうなるよっ! そんじゃこれは、私からのプレゼントだ。是非ともつかってくれたまえ!」


 と言ってナオミさんは、120錠入りのHMBの袋を、俺と遊子にくれた。


「えっ! いいんですか?」


「結構高いんじゃ?」


「いいのいいの! 2人にはご馳走に……じゃなかった、楽しませてもらているからねー。それはコスパの良いやつだからそんなに高くないよ。気に入ったら、続けて使ってみておくれっ!」


「はい!」


「ありがとうございます!」


 サプリメントの世話までしてくれるなんて。


 なんて親切な人達なんだろう。


 これは、中途半端には出来ないな!


「うふふふ、じゃあまた明日がんばりましょうねー」


「頑張ろうな!」


「はいっ!」


「はーい!」


 そうして俺と遊子は、その日のトレーニングを終えた。



 * * *



 そして――。


「ど、どうするハルキ……買っちゃう? 大人になっちゃう?♡」


「う、うおおお……」


 俺と遊子は、ドラッグストアの一角にいた。


 機能性食品とか、健康グッズとか、あと生理用品なんかが置いてある辺り……。


「確かにこれは……大人の買い物だぜ……」


 高校生の男子と女子が、ドラッグストアで買うには勇気のいる代物である。


 そこそこ良い値段がするし、店員さんに――『えっ、これを買っちゃうの?♡ そして使っちゃうの?♡ 君たちみたいな若い人が?♡』――みたいな、好奇に満ち溢れた目で見られること間違いなしだ!


 それに……。


「べ、別に、無くても良いものだしな……」


「そ、そうだよね……そこまで『本格的に♡』やるんじゃなければ……」


 俺たちはまだ高校生。


 そこまで急いで『進んじゃう』必要もないのだ。


 モジモジ……ソワソワ……。


 買うべきか否か。


 俺と遊子は、まるで初めての夜を前にしたカップルの如く。


 ドラックストアの一角で顔を赤らめていた。


「い、いろんな種類があるね……」


「そ、そうだな……」


 色も、形状も、そしてサイズも、実に様々な種類があるものだ。


「あっ、これじゃない? ナオミさんが『初心者向け♡』って言ってたの」


「国産だし……安心感あるよな」


 実績と信頼のメイド・イン・ジャパンである。


 うーんどうしよう……買おうかな、やめとこうかな……。


 そのまま2人、右へ行ったり左へ行ったり……。


 なかなか踏ん切りがつかずに戸惑うこと数分――。


「お、俺やっぱり買う! あった方が色々と『ふっきれる!』と思う!」


「わ、私もこれがあった方が『安心♡』……だし!」


「よ、よし買おう! 買っちゃおう!」


「大人買いだっ!」


 と、言うことで。



――まいどありがとうございましたー!



「か、買っちゃったー!」


「俺なんか一番デカいの買っちゃったよ!」


 国内メーカー品のホエイプロテインと、プロテインシェイカー。


 買っちゃったあああー!


「これで大人の仲間入りだねっ!」


「えっ?」


 その意味はちょっとわからないが……。


 しかし、これで引き返せなくなった!


「やるぞー!」


「鍛えるぞー!」


 その勢いのまま俺達は、ピンク色のネオンが輝く『スーパー』へと向かう。


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