第19話 時は巡る
「締め切り明日までだってさ」
「はいはい原作担当は楽でいいですね」
渚がソファーに腰掛けてくつろいでいる。僕を手伝うでもなく、本なんか読んだりして。
対して僕は原稿用紙に噛みつき、最後の仕上げを進めていく。アシスタントもこれない今日はこれが山場だった。
都会の片隅の一室。僕たちは二人組の漫画家として日々生きている。渚が脚本、僕が漫画で。渚は天才肌でどんどん作品を思いつくわけだが、凡人である僕はそうもいかない。渚の奇想天外な話に振り回されながら、腱鞘炎にならないかと心配になっているところだ。
今は名の通っていない漫画家だが、夢を掴むため一生懸命生き抜いている。そう、生き抜いているのだ。
玄関のチャイム音。
「お、編集さんかな」
「怖いことを言わないでくれ!」
渚が嫌な笑顔を浮かべて玄関の方へ。
「ああ、君か。上がって」
「は、はい」
やって来たのは年端もいかない少女。結、だった。
「もう、昔のことなんか気にしないでくれていいのに」
「そ、そんなわけにもいきません!命の恩人ですよ!それはもう神様を崇める気持ちで……!」
「いやいや、やめてくれよな」
「神様原稿のお恵みを!」
「お前はマジでやめろ」
こんな感じで楽しくやっている。彼女の気持ちは少々重たいが悪い心地はしない。でもそれを思い出す度に――連なって彼女のことを思い出してしまう。
一体、何だったというのだろうか。彼女の正体も、あの時の気持ちも、未だにわからないのだ。
「――それじゃ、私はこの辺で」
「うん、気をつけて」
結を送り出すと、再び渚は本を読み出す。余程気になるものなのだろうか。
「それどうしたんだ?」
「え?うん、いやさ、目についちゃってね。何か妙に懐かしいっていうか」
「ふうん?」
「――よし、決めた!」
渚がソファーから立ち上がる。
「この作品を二次創作する!」
「……はあ?」
「こんな暗い話はおれたちが明るくしてやる!この子に笑顔をあげるんだ!」
「この子?」
「シエラちゃんさ!」
そう言って渚はイラストを見せた。それはどこか見覚えがあるようで――。
「――乗った」
「お?一目惚れかな?」
「……まあそんなとこだよ。僕たちの頭の中だけだけど。彼女を、シエラを幸せにしてあげよう」
信じられないほどの悲しみに暮れたとしても、悪夢が僕を唆したとしても、僕は笑って人並みに泣いて、生き抜いてみせよう。
刻んだ時と巡った世界が、この胸の内にあるかぎり――。
巡る世界、刻む時 荒海雫 @arakai
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