第18話 最初の世界へと

「新幹線が止まった?」

『ああ、何でも電線をプツンといかれたんだとか。噂によっちゃすばしっこい何かが切り裂いていったんだと』

「なんだそりゃ。ま、戻ってくるってわけだ」

『そうなるね。あーあ、エモい約束取り付けようとしてたのになあ』

「約束?」

『こっちの話。それじゃあまた明日』

「はいはい……」

誘いを無断で霧消させ、その上優先した用事までの空回りするとは。まあ、いい。文句なら明日からいくらでも面と向かっていえる。

通話を終えた。

今日の所は帰るとしようか。

踵を返そうとした時、

「何か変な音しねぇか?」

「そうか?」

不意にそんな会話が聞こえた。

変な音?

耳を澄ますと確かに、何か音がする。人が発する音ではない、もっと重い何か――。そうだ。それはまるで、金属の悲鳴のような――。

「お、おい、やばいぞあれ!」

「離れろ!」

四方で叫び声が連鎖する。

金属の悲鳴はより明確に耳に届き、原因の予感さえ形作った。

――鉄塔だ。

後ろを振り返る。

そこには、異様に傾いている、否、傾き始めた鉄塔の姿があった。

その影は僕の足元に伸ばしている。倒れる。しかも自分の方へ。何たる不運。

僅かに時間は残されている。脚を大きく二歩だせればまだ助かる距離だ。

目の前にもう人はいない。早く自分も避けないと――。

だがその脚は半歩で止まった。

何故か?

視界に女の子が入ってきたからだ。女の子の後ろに映るのは、今にも潰そうとする黒の鉄塔。

女の子はこちらを注視して、逃げようともしない。気づいていないのだろうか。たこ焼きを口へ頬張っている。呑気なものだ。

このままでは女の子は死ぬだろう。助けたところで、結局は自分が死ぬ。それでは意味が無い。代わりに死ぬ。それは美しくても、きっと正しくはない。

だから僕は――足を少女へ向けた。

正しさ、なんてもう自分にはありはしない。人を既に一人見殺しにしておいて、どんな正しさを唱えろという。もう逃げるのは――たくさんだった。

「――!」

両手で彼女を突き飛ばす。思いの外勢いが出てしまった。声もなく彼女は遠くへと倒れこんだ。

そうだ。これでいい。

これで――。

何も、起こらない。

感じるはずの痛みも衝撃も、全くない。

これが死なのだろうか。

「真人」

声をかけられて目を開ける。そこはいつもの鳩村公園だった。でもその公園から少し離れている。鉄塔の周りに人だかりができているのが見える。一瞬でここまで来たというのだろうか。

「真人」

綺麗な声だ。咄嗟に振り返る。

金色の髪が月の光によく映える。赤色の瞳には僕が映っているのが分かるほど透き通るようだった。

「やっと会えた」

「君は――?」

その見た目の麗しさに反して服や体が所々汚れているのが見える。

「色々あってね、お友達を助けてきたところ」

「は――」

「星、綺麗だね」

彼女は空を見上げた。

「私気づいたんだ。今まで色んな願いを言ってきたけど――あれは少し違った。星を見たいんじゃなくて、君と星空を見たい。地球に来たいんじゃなくて、君と地球に来たかった。君と、一緒に居たかったんだって」

言っていることがわからない。

わからないのに、何故だか胸がざわつく。彼女の笑顔を見ていると嬉しくもあったり、悲しくもあったりする。

彼女の体が光に包まれていく。淡い光の粒が一つ一つ宙に浮かんでは消えていく。

「やっぱり渚君の言った通り。現実世界の改変は芯が強いからそのまま世界に刻まれるけど、創作世界じゃダメ。物事一つで簡単に上書きされちゃう」

――君を救ったこと一つで。と、彼女は付け足した。

「居なくなるのか?」

「そう。でも――君との思い出は一生消えないし、忘れない」

彼女はそう言いながらはにかんだ。息を吸って、言葉を続ける。

「――最後の願いを言います」

「……なに?」

「笑って、生きて生きて、生き抜いて下さい。辛くても、苦しくても。生き抜いて神様を見返しちゃうくらいに――」

光が星に混ざるように消えていく。最後の光を掴もうとしたが、空の彼方へと飛んでいく。

「……さようなら」

自分が何故泣いているのか、それはわからない。無性に涙が出てきて仕方がない。

でも彼女の願いを叶えなければならない。そう思えてくる。

いつか願いを叶えたその答えが、聞けると信じて――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る