第17話 最初の世界へ B

真人君が携帯電話というものをもって、喋っている。誰かと通話、というものをしているらしい。私から離れていく。

私と老人は木陰からその様子を見ていた。そして私がこちらに目を向けてきた。気づかれたのだろうか。

「ふむ、良い機会かもね。試しに入れ替わってみるっていうのはどう?」

「入れ替わり?」

「うん。真人と話、してみたいでしょ?」

「――そうだね」

私が近づいてくる。

「……驚いた」

そう私は言うが表情が一切変化していない。こう対面してみるとまるで感情が見えない。

「ねえ暗い方のシエラちゃん、少し提案があるんだけど。明るい方のシエラちゃんが真人と話がしてみたいんだってさ」

「べ、別にそういうわけじゃ」

弁明虚しく私は頷く。

「そういうことなら。上手くやってね」

「……いいの?」

「断る理由がないもの」

「と、言ってるけど?」

「わかったよ、行く……」


遠くから真人君が近づいてくるのに気づく。

「行ってらっしゃい」

「頑張って」

二人に背中を押される。

真人君は必死な顔を浮かべている。余程私のことを思っているのだろう。

「居るのか、シエラ」

「……大声出さなくても分かるって」

私は木陰から出た。

「良かった……――


――その後天使という存在に追われたり、地球を訪れたり――色んな出来事が起きた。

私はあくまで私を演じようとしたのだけれど、息が詰まるような思いだった。それは崩れて素の私で接するようにした。そんな私を見て心底真人君は嬉しそうにしてくれた。私もそんな真人君の姿を見て、居心地が良かった。でも同時に、真人君を殺めたのは自分という自責の念が私の心を締め付けた。

そして、星を見に行こうと誘われてその最中、私の心が弾けた。


――次の願いを言ってくれよ」

「え?」

「まだ旅を続けなきゃいけないでしょ。だから、次の願いをさ」

真人君は本当に真摯に向き合ってくれていた。ハンターの彼のような邪気はなく、純粋に私のことを見てくれていた。

いつまでも終わることのないこの旅を、ずっと私となら続けるという意思。

私はどんなに卑怯なのだろう。そんな彼を殺めておきながら、こうしてずっと一緒にいたいと思ってしまう。真人君が知る本当の私ではないのに、真人君を独り占めしたくなってしまう。

そんな自分がどんなに汚い存在なのだろうか。

だから私は、決めた。

このまま続けてはいけない。私を救いに来てはいけない。そうしなければ真人君は死んでしまうから。

「もうこの旅は終わりにしよう」

と、私は言い放った。


私は逃げ出すようにその場を後にした。真人君は追ってこない。そんな風に私を諦めてくれるだろうか。

涙が横を通り過ぎる。体が震えて、脚が上手く前に出ない。呼吸さえままならない。

ただ私はこんな現実から逃げたくて逃げたくて、ただそれだけで体が動いている。

ふと誰かにぶつかった。

あの老人だった。隣には私も居る。

「そっか――」

何かを悟ったように私は私を見ていた。同情か呆れか、読み取れない視線が私に向けられる。

私は膝をついて倒れた。もう立てる気力さえなかった。

どうしていつもこうなのだろう。大切にしたい物から私の手をすり抜けていく。もう、こんな。こんなのは――。

「嫌だよ……」

心臓の鼓動が熱い。流れる涙が止まらない。顔をくしゃくしゃにして声にならない物を絞り出す。

辛い。苦しい。――もう何も感じたくない。

私が傍に駆け寄った。その顔は微笑んでいるように見える。おでこを合わせて、私の言葉を聞いてくれている。

「私、まなと、くんに……ひどい……、ことをっ」

「――うん」

手が背中に伸ばされる。優しく抱きしめられる。温かい。安心する温かさ。

「もう……どうしたら、いいんだろう……」

「一緒に考えよう」

お互いの温かさと痛みを分かち合いながら、ゆっくりと時間が経っていく。


「本当にいいの?」

「うん、決めていたことだから」

私は最初から決めていたことだ。旅の終わりは、こうしようって。

「でもそんなことをしたら――」

「それは……ごめん」

「わ、私はいいのっ!私はいいんだけど……」

私は狼狽している。自分のことではなく、私を気遣ってくれているのだ。でも私はこれでいい。これが私の最期の願い。真人が笑ってくれることこそが私の――。

突然、上空に光が走った。姿形からして天使のようだった。金色の鎧に翼。一見して普通の天使じゃないことが伺い知れる。

「――ほう、奇っ怪なことがあるものだな」

天使が呟く。

「二人とも下がっていて」

老人が前に出る。私達を庇うつもりのようだ。

「人間風情を相手取るのは暇つぶしにもならん。やめておけ」

「どかない」

二人が睨み合う。最早戦いは避けられない。そんな矢先私が声をあげた。

「わ、私を連れて行って下さい」

「なんだと?」

「私が狙いなんでしょ!私が行きますから。二人も連れて行く必要はないじゃない」

「そんな我儘に付き合ってやる程情が深くはない」

「お願いします!」

私が頭を下げる。

私は勧めもできず、止めもできない。それは私の提案を呑んだ先程の私によく似ている。これが私にとっての決意なら私に遮る理由はない。

「どうか……どうか……!」

必死に懇願する。その姿を天使はじっと見つめる。

そしてふっ、と笑う。

「そこの二人が同じ者、とはな。これがあの男が変えた運命、というものなのだろうか」

天使は剣を収めた。

「間違えるな。私は貴様に頷いたわけではない。自分で決めたのだ。――ついて来い」

「――はい!」

私を連れて、天使は背中を見せる。

私は天使の姿を追っていく。最後に私が振り向いて

「絶対、真人君を救ってね」

そう言って去っていった。

二人、そこに残される。

「なんか拍子抜けって感じ」

「そうだね」

肩の力が急に抜けていく。

「――それじゃあ、覚悟はいいね?」

「うん」

「本当なら僕が行ってもいいんだけど、それじゃあ真人の願いが叶えられないからさ」

「――分かってるよ」

「オーケー。開くよ」

何度も見た扉だ。だけどこれが最後なのだと思うと、切ない気持ちになってくる。

「行ってきます」

「うん、頑張って」

私はその白に身を委ねていく。一つの決意を乗せて。

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