第14話 幕間 あの日から
頭がくらくらする。地面に打ち付けた腰が痛い。母親だけでなくて大人たちが駆け寄ってくる。大丈夫か、怪我はないかと捲し立てる。何が起こったのか、それさえわからない私は、言葉の一つも出せないでいた。
見ると鉄塔が倒れている。数十人が鉄塔を持ち上げようと躍起になっている。
そうだ。私は。
彼に救われたんだ。
そう気づいてようやく、鉄塔の下に一人いることに気づいた。体の各所が拉げてる。ぴくりとも動きやしない。
ああ。
彼に救われる代わりに、彼を殺してしまったんだ。
そう幼いながらに、悟ってしまった。
それから、私の人生は何かが捻じれた。
私の命を救ってくれたのは真人という人らしい。一切面識のない人だ。それ故に命を投げうったことが不思議でたまらなかった。真人の両親が私の前に現れた。「真人は優しい子だったからね」、「君は気にしないでいいんだよ」。そんな言葉を私にかけてきた。でも、わかるよ。その顔の裏側にある恨めしい想い。優しい声を出しながら睨んでいるその目。
なんで。
なんで私なんかを助けたの?
誰かの命一つを背負う人生は何より辛かった。そんな誇れる人生にはならない。ゴミを一つ路上に捨てることさえ、胸に巻き付いた鎖が私をきつく縛った。
そのせいもあってか、私はよく発作を起こすようになった。強いストレスを感じると、、発作が起きてしまうようだった。
そんなものを抱えながら、惰性に生きることも、立派に生きることもできず、私は幽霊みたいに放浪としていた。
そして私はとある人に出会う。
柊真人と刻印された墓の前に私は居た。今日は決して彼の命日ではない。でも私は気づいたらここにいることが多かった。しばらくすると涙が止めどなく流れて消えていく。混濁した思いと共に吐き出すような涙だ。
もう日が暮れる。私は立ち上がり、踵を返す。その時、私は出会った。
大きな背丈、やや黒い肌。その男は私の後ろで呆然と立っていた。
「なあ、その墓って」
彼は震える指で墓を指さしていた。
「真人の、なのか?」
私は言葉を失った。この人は真人の友達かなにかだろうか。様子を見るに今まで知らなかったようだ。私はそそくさと立ち去ろうとした。
「待てよ!」
彼は私の肩を思い切り掴んだ。
「説明してくれ! 頼む! 教えてくれよ!」
心の奥底から出たような声に、私は怯えていた。
「わ、私は」
私は心の奥にあったものを、彼に告げてしまった。
「私が真人を、殺しました」
殺した、それは決して間違いじゃない。何より、私自身が強くそう思っているのだから。
彼は私の肩から手を離した。
「そうか」
先ほどと相反して落ち着いた声音だった。
彼 の目は鋭く私を刺すようだった。
「早く行ってくれ。おれが何かをする前に、早くどこかへ行ってくれ!」
そう彼は叫んだ。
でも私の足は動かなかった。
「……殺してよ」
「え?」
「私を殺して。恨むんでしょ。許さないんでしょ。じゃあもういっそ、私を殺してよ!」
一人の犠牲を払ってまで、自分の人生に価値などありはしない。そうならいっそ、死んでしまいたかった。でも自分で自分を殺すことはできなかった。それは彼への恩を仇で返すようで。
胸が痛くて熱い。喉が張り裂けるほどに叫ぶ。
優しさは私にとって十字架を重くするだけだ。早く私を、解放して欲しかった。
「お願い私を――」
彼は一瞬思い悩んで、一層鋭い目で私を睨んだ。拳が振り上がる。私はくるであろう衝撃に目を瞑った。
でも、その拳が私に向かうことはなかった。
「……無理だ。おれには、とても」
「そんな……!」
直後私の体は痛みに支配された。発作だ。うまく呼吸ができない。
「大丈夫か!?」
彼は携帯を取り出した。救急でも呼ぶつもりなのだろう。私は彼の手を掴んだ。
「何で……」
「いい、の。これで、……いいんだよ」
「でも」
「放って、おいて」
彼は唇を噛みながら、ここを離れていった。
そうだ。これでいい。私はようやくこれで、死ねるんだ。
そして私は天界へとやって来た。
私は天界に住むことに決めた。もしかしたら、真人と出会えるかもという一縷の望みに賭けたのだ。この天界には様々な時系列で死んだ者がやってくる。とはいえその数は兆を優に超えるのだろうけど。それでも私はここにいることに決めた。会って、そして殴るのだ。お前のせいで人生ぐしゃぐしゃだって。
しばらしくて新たなカギが創られたという噂が耳に入ってきた。だけどそれは失敗作らしい。大きな欠陥を持っているという。
天界の叡智の結晶。万年を経て完成した珠玉。それが金色のカギだった。本来、私達管理局員が持つカギは銀色であり、その特性は大きく違う。銀のカギで開くトビラをくぐると、輪廻転生をしてしまう。だから人格を引き継いだ異世界転生などありはしない。
だから真人クンには嘘をついた。嘘などつきまくってるから大した罪悪感も無いけど。妙にカギで勘ぐられると面倒だから隠していた。
閑話休題。
異世界転生はないとは言ったものの、金のカギの特性上それは可能ではある。だがそれは真の目的ではない。金のカギが創られた理由、それは――歴史の改変をするためだ。
天使は過去や未来に飛ぶことができても、改変までは行えない。言い換えるなら、一つの 物事を変えようとし実際行動に起こすと、世界を変えることはできる、だが、そうなった世界とそうでないままの世界に二分されてしまう。神が信仰する者を容易に増やそうとした結果がこれだ。結局、天界にやって来る魂の数がパンクし、こうして異世界管理局という、神の怠慢たる組織を作り上げたのだから――。
だがこのカギを使えば話が変わる。金のカギで作ったトビラをくぐったものは、世界を改変する力を持つ。だから真人クンがシエラちゃんを救うことはできる。本来死ぬはずだったシエラちゃんを救い出すことは可能だ。
しかしこれは欠陥品である。カギを使おうと世界は二分してしまう。改変を確定するには厄介な方法を用いなければならない。――まあ計画通りに事が進めば何とかなるだろう。
私はカギの噂を聞きつけ、何とか盗むことに成功した。欠陥品ということもあってか、警備は大したものではなかった。
エルと一悶着あったが、何とかカギをこの手に収めた。
カギを使い、私は真人が死ぬ前の世界に行こうとしていた。目的は当然、真人を助けるために。いや、言い換えるのなら私を殺すために。
意を決し、トビラを開こうとすると、紙が目の前に現れた。来る魂の情報が書かれた紙だ。
それを拾い見てみると、私は目を疑った。そこにはあの名があった。
『柊真人』。
私のはた迷惑な命の恩人だった。
そこで私は考えた。このカギを手渡し、どうなるのか見てみようと。そしてどんな結末が待っているのか、知りたくなった。
そしてしばらく内に彼は少女を連れ、旅に出た。
彼の願いはシエラを笑わせることだという。その願いが叶うかどうかは、正直どうでもいい。私の頭にできた計画は、真人を支援するものではなく、私をこんな人生にしたあの神どもに一撃くらわすことだった。
上手くいくかどうかは、わからない。ただ、もうすぐその結果は現れる。
彼の行動は無意味だとしても、終わろうとしているんだ。
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