第12話 幕間 悪夢は覚めて

シエラは目が覚めた。悪夢は見なかった。

こんなに胸が弾むような朝は久方ぶりであった。

シエラは急いで服装を変え、部屋を整える。前々から用意していた装飾を部屋へと飾り付け、テーブルやイスも整える。

そう今日はまさしく彼の誕生日だったのである。買い物かごをとり、急いで街へと飛び出していった。


「おっ、嬢ちゃんおはよう!」

「おはようございます!」

魚屋の親父が顔を出し、シエラへと声をかけた。

「なんだい。えらく元気じゃねぇか」

「そう? 私いい笑顔できてるかな」

「できてるとも! 初めてあった頃とは比べ物にならねぇくらいだ。やっぱ笑顔が一番だぜ。」

「ありがとうおじさん」

「ああ、全くフィンの野郎が羨ましいね。あ、買ってくかい?」

「ああ、ごめんなさい。今日はスイーツを作るの」

「そうかい。じゃ、次は頼むよ」

「はーい!」

街を駆け抜け、買い物かごに次々と材料を入れ込んでいく。

 


家への坂を駆け上がり、玄関を勢いよく開ける。

ケーキを作り上げたら、家へと招待しよう。初めの言葉はなんと言おう。サプライズなのだから、簡単にはバレたくない。

笑顔が溢れ、抑えることができないまま、誕生日を祝う部屋へと辿り着く。

すると、そこには彼が既に居たのである。

「あっ」

「ん?」

振り向くといよいよ彼なのだと察する。

どうやら部屋の飾り付きを見ていたようだ。何のために作ったのか、わからないほど彼は聡くないわけではない。

そうか。予期していなかった。彼は合鍵を持っているのだから、家に訪れる可能性は僅かでもあったのだ。

「あ、えーと」

「あー、えー」

お互いが顔を合わせ、困惑する。

「可愛い装飾だな」

「はは、そうかな」

やはり気まずい。

「……なんか、ごめんな」

「ううん、いいよ……。もう少し私が上手く隠していれば……」

「ああ、いやそうじゃなくて」

「え?」


「今から殺すけど、ごめんな」


大きな音が耳を劈く。火薬の匂いが鼻腔に広がる。その音が銃声だと気づくのは、胸の辺りが痛み始めてからと同時だった。

「な、なんで」

「悪いな。俺、ハンターなんだ」

手に握る銃に十字架が光っている。それは間違いなく、吸血鬼ハンターであることの証明だった。

「そんな……、いつから……!」

「初めからだよ。この廃墟の家で出会った初めからだ。少し優しくしただけですぐ懐きやがる。おかげで、色々楽しませてもらったぜ」

「……!」

ああ。やっぱり人間は。

許せない。

私は彼めがけて飛びかかった。

彼が銃を乱射する。でも見える。

私は人間じゃない。人間の一秒と私の一秒は違う世界だ。弾丸の軌道なんて、予測するには容易い。

私はテーブルを蹴り上げ、身を大きく翻す。彼の右側面へとつき、再び急接近する。

彼は銃口を向けるが、もう遅い。手に噛み付き、銃を手放させた。

「ぐっ、このっ!」

暴れる彼の体はあまりにも脆い。その体を押し倒す。

「……くそっ!」

首元へと手を伸ばす。このまま力尽くで引きちぎれば彼は死ぬだろう。だが、その手はすんでのところで止まってしまう。

私は、まだ信じているのか。裏切られてなお、私はこの人を殺せないのだろうか。

私は、なんて愚かなんだ。

「見逃してあげる。さっさと消え――」

「さっさとやれ!」

……! この人、案外に潔いのだろうか。

「だからお前はバカなんだ」

彼はふっと笑った。

「死ね」

再び銃声がする。弾丸が私を貫いた。

「がっ」

見ると、未だ人がいるではないか。ドアの隙間から、廊下の陰から。合計四人だ。

「おまけだ!」

そして彼は、銀色に光るナイフを私の喉元へと突き刺した。

「……」

私は喋れない。力ももうでない。彼は私の捕縛からするりと抜け出した。

「ふぅ。胸を撃ってまだ動けるとはなぁ。想像以上だったぜ。ハーフでもなめちゃいけねぇな」

私の意識は霧がかかったように朦朧として遠のいていく。絶望が赤黒いものと同時に胸に広がった。

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