第10話 幕間 あの日のこと
幕間 あの日のこと
「うん、約束だ」
通話を終える。
突拍子もない約束だが、真人は受け入れてくれた。
「小説家、ねぇ」
隣を見ると妹が目を細め呟いていた。
「まあ勝手にしたらいいんじゃない?」
「そうさせてもらうよ」
電車の中に母親と妹とおれが乗っている。父親が倒れ、おれは街へと向かっているところだった。
その最中のことだった。
初めは大きな音であった。耳を劈く金属音が列車内へと駆け巡る。数人が席を立ち、慌ただしさと動揺が波のように広がる。
席から顔を出し、奥へ伸びる車両を見たとき、恐怖は鮮明となって現れた。
まるで人や荷物、その電車全体が呑み込まれていくように右へと逸れて消えていく。それが脱線事故だと悟るにはあまりにも時間がなく、悟ったところで逃げ場所など何処にも無かった。
おれを含めた人間は為すすべなく、阿鼻叫喚に包まれながら、地獄へと向かっていった。
何だ。何が起きたというのだろう。
激しい痛みで目が覚めた。腕が折れているようだ。そこはまさに、地獄だった。視界は弾ける火花、剥き出しとなった鉄の塊たちに変容していた。ただただ家族の無事を祈った。渚はすぐ側を見た。
そこには。
――そこには力無く横たわった妹の姿が映った。体をうつ伏せにして微動だにしない。急いで妹の体を持ち上げる。だが抱えた手には液体がまとわりついた。それは、赤い鮮血だった。妹の腹は半分なくなっていた。渚は目を震わせながら後ろを見る。そこには母親が居た。鉄の棒に体を突き抜かれた母親の姿がそこにはあった。
何だ。何だこれは。
「何なんだよこれは!!」
無情にも意識は遠のいていった。
そこからもまた地獄だったに違いない。
父親は運ばれた病院先で死んだ。心疾患だった。家族を失ったおれは甥の家に引き取られた。だが甥の家計は決して裕福ではなく、いらぬ荷物のようにやって来たおれを歓迎はしなかった。しばらく経てばおれに対する仕打ちは容赦がなくなった。暴力も無かったわけじゃない。それでもおれは生き抜いた。真人との約束を果たすために。
いずれおれはプロになった。デビュー作を書き上げた後、おれは鳩村へと向かった。当然真人と再会するために。
でも、町に真人の姿はなかった。
辿り着いたのは墓だった。少女の泣き声が響いている。許して、と懇願をしている。おれはその元へと近づいて行った。そして、真人の墓を見つけたのだった。その前にうずくまる少女も同時に。
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