第8話 幕間 悪夢の中で

出来のいい姉を持つとそうでない弟は苦労する。

俺と姉は何が違う。同じ物を食べ、同じ時を過ごしてきて、この差は一体何なのだろう。運動、勉学、教養。何をとっても優れていると評される姉、裏を返せば何をとっても劣っていると評される俺。何をするにも比べられ、俺が白い目で見られる度に、姉の優秀さが際立っていく。

いつしか、それは劣等感という悔しさも恨みも募った感情が胸の内にあった。全くの逆恨みもいいとこだとわかっていながら、一度芽生えた感情は俺に根を生やし、支配していた。そんな自分を愚かだと感じると同時に、また姉との差を感じてしまうという、最悪の循環。

俺は、姉が嫌いだった。

姉はそんな俺に近づいてきた。自分が嫌われていることを察していても、いつも笑みをかけてきた。演技なんかじゃない。幼い頃、楽しいことを分かち合った時のように浮かべていたあの笑顔そのものだ。変わらない笑顔だった。変わったのは、それを見る俺の心情だ。手を伸ばすように向けられたその笑みを、俺は見ない振り、知らない振りを繰り返す。愚かに、浅はかに。

「最近学校はどう?」

ああ、まただ。

二人しかいない部屋。机を挟んで対面している。あの姉が、目の前にいる。顔は見えない。 黒い線がミミズのように何本も重なりあって、その笑顔を見ることはできない。しっかりとその顔を目で捉えたことがないからだろう。

部屋の日めくりカレンダーが、少しずつめくれていく。

「私は……楽しくないかなぁ」

体が動かない。声も出ない。それでも、日々が過ぎていく。あの日が着々と近づいていく。

また何枚か、カレンダーがめくれた。

「もう消えちゃいたいぐらい」

頭が痛い。胸が苦しい。視界が揺らぐ。気分が悪い。

逃げ出したい。

部屋はぐらつき始め、床が泥水のようになる。色素が黒に移り変わっていく。

カレンダーが、めくれる。

あの日を、迎える。

「死にたい」

……。

「死にたい死にたい」

……うるさい。

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!!」

……もう分かった。分かったから。

姉が席を立つ。

向こうの扉に手をかける。その時、少しだけこちらを振り返る。あの目なのだ。シエラと同じ目なのだ。光を宿さぬ目。現実を映さぬ目。何もかもを、恨んでいる目。

姉は真っ黒な廊下を歩いていく。だんだんその姿が闇に飲まれていく。

動け。動け。……動いてくれ!

足が不意に力を帯びる。扉を抜ければそこには――

首を吊った姉が、音もなく揺れていた。

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