第7話 故郷で A

次に俺が目を覚まし、目に映った光景は懐かしの土地であった。懐かしさがあると共に、曰く付きでもあった。何故なら、ここは俺の死んだ場所、鳩村公園だった。

ため息が漏れた。この現状はユイの悪意で形作られたものだと察したからだ。

夜。ここの村も先ほどの世界に負けないほど、星が輝いている。シエラはもう星はどうでもいいようで、夜空を見上げず辺りをただ見渡している。

公園に人はいない。それはそうだ。この公園を利用するのはせいぜい祭りの時のみ。危険だからという理由で遊具も、ボール遊びも出来ないのではなおさら人は来ないだろう。

その公園の静けさは辺りとも同調している。町自体が寝静まったように感じる。申し訳程度の電灯が誰も通ることのない道を照らしていた。

俺はシエラとは違う動機で辺りに目を光らせる。そうして天使の姿が見えないことを確認すると、ケータイを手にとった。

「うーす。無事かい?」

「何とか。変な老人に助けていただきました」

「へぇ? そりゃ幸運だ。神様に感謝しなきゃね」

あー、いらいらする。

「あの、これって嫌がらせですか?」

「何が?」

「死んだ場所に飛ばすなんて、嫌がらせ以外の何でもないですよね?」

地球は広い。天界がどれほど広いかは知らないが、少なくとも地球でさえ俺の一生涯かけても全ての土地には踏み入れられないだろう。

ピンポイントでこの場所に降り立つなど、誰かの作為で無ければ納得がいかなかった。

「ナイアガラの滝とか……せめて東京タワーとかたくさんあるじゃないですか。感動する風景ってやつが。よりにもよってここである意味が分かりません」

「大丈夫。理由はある」

ユイの声のトーンが低くなる。

「私達にはもう時間がない」

「……」

「もう旅を始めて二年経つ。天界は痺れを切らしてる。もういつ、どんな手段をとってくるかわからない。そして――私もいずれは捕まる。逆に捕まってないことが奇跡さ。私がどれだけ尽力して情報操作しているか知らないだろう? まぁ、限界はある。私が捕まればその時点で君達はゲームオーバー。分かるだろ?」

 ユイが手帳を持っている以上世界選択はユイにしか行うことはできない。俺は天使に追われ続けているという都合上、世界をゆっくりと詮索している時間は無い。だからこそユイに世界選択を任せているわけだが、それはユイが捕まれば世界移動ができなくなるというリスクも持っている。世界移動が不可能となると天使の手から逃れ続けるのは至難の業だ。

時間がない。その意味を俺は理解した。

「……だったらなおさらこんな場所じゃ」

「風景になんて頼るなよ。私は君を信頼してる。信じてるんだ。――君の力でシエラを救うんだよ」

任せてください、そんな一言を言う自信さえ無い事が悔しくて堪らなかった。

「嘘が上手ですね」

「嘘つきの本音は真実よりも尊いぜ? ともかく伝えたいことは伝えた。……それじゃ、ばいばい。頑張って」

空を見た。何の変哲も無い、綺麗な星空だ。大丈夫だ。まだやれる。震えそうな足を両手で抑えた。

「……シエラ。行こう。何処から案内しようか――え?」

シエラは公園のベンチで横になり、寝息をたて始めた。なんとも無防備な姿だった。

「……ああ」

そういえば、と前の世界で眠りたがっていたのを思い出した。それに天使から逃げるため走り続け、気を張り続けていたのだ。無理はないだろう。

しかし、休息するには少し心配が残る場所だ。揺すって起こそうとする。だが、寝返りをうたれすぐさま躱されてしまった。

「分かったよ……。俺が起きていればいいんだろ」

ベンチ前の地面に座り込んだ。砂利が痛い。

一つ欠伸をした。

「……少しだけなら」

地面の平行線となった。シエラの寝顔を横目で見る。救いたい。何としても。

「……馬鹿らしいな」

シエラへ背を向け、瞼を閉じた。


体を不意に動かされた。固まっていた筋肉が痛みを告げる。眩しさが瞼を開いた瞬間に目を満たした。

「――!」

体を唐突に起き上がらせる。

朝だ。間違いない。少しだけ眠るつもりが、ぐっすりと。

ベンチに視点を移す。まだシエラは熟睡している。ほっと胸を撫で下ろした。

「おいおい、おれは無視?」

はっと、真人はまた頭を動かす。その先に一人の男がいた。

「よっ、真人。久し振り」

片手を挙げ微笑むのは、一回り成長した渚の姿だった。


「あのさ、渚は俺のこと……」

「ん? 何か言ったか?」

どうやら俺が死んだことを知らないようだ。理由は定かではないが、まあ妙に騒ぎ立てられるよりかはそのほうがいい。

俺は次の質問をする。

「再開したの何年ぶりだ?」

「六年ぐらいじゃない?」

俺が死んでから六年後。それがこの世界の時間らしい。

確かに渚の背丈は大きくなっている。前から十分大きかったが、今じゃ僕は背伸びをしても届かない。

「それはそうと、何で真人は公園で寝てたんだよ?」

「あー、いや、それは……家出だよ。家出」

「家出ー?」

「それで、えっと、旅をしてたんだけど……」

「旅ー?」

「金が無くなって、食糧も尽きて、地元に泣く泣く帰って来た……みたいな」

「ほう?」

しどろもどろ過ぎる説明だ。流石に無理があるか……?

「そっか。それは大変だったね」

どうしよう納得された。

「ちなみに後ろの女の子は、誰?」

俺はシエラをおんぶした状態で、渚と道を歩く。寝息が耳にかかり、いまいち渚の会話に集中出来ない。

「旅先で……出会ったんだよ。それで、一緒に旅しようってことに」

「はー」

これは流石に……。

「なるほどね!」

いいやつ過ぎないか……。これは俺を信頼してのことなのか、それとも単純な思考しているのか。いずれにせよ、俺が詐欺師ならつけ込んでいる。

俺の家は既に無かった。両親は自分の死もあってか、何処かへと引っ越してしまったのだろう。だがこれは好都合とも言える。死人が親元に現れ、さらには女の子を連れ込んで来たとあっては両親はその場で卒倒するだろう。

渚はすぐに渚の家へ泊まることを快諾してくれた。

目の前にある、というより聳えるように建つ和風の屋敷は渚の家だ。

来たのは中々に久しく、されどその時に見た渚家の様子はあまり変わらない。

変化は少し家具が減ったことや、所々ほこりがあったりするくらいなものだった。

「……ん?」

窓を覗きこむ。

渚家は小高い丘に構えているため、眼下には鳩村が一望出来る。改めてこの町の小ささ、少し寂れた町並みを知ると共に、一つの疑問を抱く。

集団だった。普段は地下にでも全員寝てるのではないかというほどに、人の行き交いが少ない昼間に、今は驚く程人が歩いている。それこそ、地下での永い眠りから覚め、地上へと這い上がってきたように。

「一体どうなってるんだ?」

「おいおい、忘れたの? ……って、前もこんなことあったね」

「はあ?」

「今日は七月七日。七夕。織姫と彦星が出会う日。もっと言うなら、鳩村祭りもその日でしょ。準備にとりかかるんだよ」

「ああ……」

なるほど。確かにこんなことも昔あったような気がした。

見ると、村人は一点に向けて動いている。その先には鳩村公園があるように思える。祭りの規模は大したことも無いので、準備はその日の昼から始めるのだ。

「僕が見つけてなきゃ今頃大騒ぎだったろうねぇ。公園でカップルが夜を明かした! 不純だ! ってな具合でさ」

「カップルじゃない。……まあ、そこんところはありがと」

渚の言うとおり、公園でそのままであったなら騒ぎになっていたことは違いなかった。

死者が還ってきた、なんて広まれば洒落にもならないだろう。今後は外を出歩く時も警戒をしなければならない。迂闊だった、と猛省する。

「ん……んうぅ……」

シエラの寝息が止まり、体を起こした。シエラはソファーで寝かせていた。

片手で寝ぼけ眼を擦っている。

「おっ、お目覚めかな」

「おはよう、シエラ」

「……?」

状況が理解出来ていない様子のシエラに、真人は渚とシエラ、互いの紹介がてら説明をすることにした。

「えっと、こいつは俺の友達の――」

「親友だろぉ?」

「……親友の渚」

渚は体の成長はしていても、こういうところに変化はないみたいだ。

「渚――」

 何故か噛みしめるようにシエラは反復する。

「で、こっちがシエラ。旅先で出会った。訳あって一緒に旅してる」

「ふーん」

渚はシエラの目の前へと近づいた。

「シエラちゃんはどうして真人と旅をしてるの?」

「なっ……」

シエラは俺の動揺も、ちゃん付けにも反応はせず、ただ俺に視線を移している。何と答えるべきか迷っているのだろうか。

「ま、まあまあまあ。シエラにだって触れられたくない話だってあるだろ」

渚をシエラから引き離すように、渚の服を引っ張る。

「親友が誘拐犯か否か、判断するためだったんだけど」

「そ、そんな訳ないだろ」

渚も何だかんだ訝しんでいたようだ。こればかりは積み上げてきた信頼関係が功を奏したと言えよう。

誘拐、か。見直してみると実際そんな気がする。誘拐犯、って言われたって完全に否定できなさそうだ。

「そういえばさ、お前なんでここに居るんだ――」

渚に問いを投げかけたが、それは部屋で鳴く腹の音に邪魔をされた。

シエラの方を眺めると、僅かに彼女の顔が紅潮しているように思える。

「メシにすっか!」

渚がニッと笑った。


ラーメン。渚が最も得意とする料理だ。というかそれ以外はまともに作れないらしい。インスタントではなくしっかり麺から作っていく。俺も何度か食べたが間違いなく絶品だ。

しばらくすると三人分のラーメンが完成した。

「さ、召し上がれ!」

隣を見るとシエラが箸に苦戦していた。麺が抜け落ちていく度に、悔しそうな表情を――してはいないけれど、そんな気がした。

「あ、そうだ」

先程聞きそびれた問いを再び渚へ向ける。

「俺がここにいる理由は旅だとして、何で渚がここに居るんだよ?」

都会へと引っ越しをした渚が、この田舎に帰ってくることは何かしらの理由があるだろうと考えた。それがどうにも予想することか出来なかった。

「ちょっと。約束、忘れたの?」

「約束?」

「どっちかがプロになったら、会いに来ようって話!」

「ああ……」

そういえばそんなことを言っていたような気がする。

だとしたら、渚は――。

「デビュー、したのか?」

「ふっ、そうだよ」

渚は胸を張って答えた。

「そういう真人はどうなのさ」

「あ、えっと、はは……」

約束をした直後に死んだとあっては、何もできるはずがない。

「そ、それよりお前のデビューの諸々を教えてくれよ」

欠片も興味が無いが。

「おっ、いいぜ! まずはな――」

渚の声だけがしばらく、家の中で響いていた。


俺がラーメンを食べ終わる頃には、流石に渚のマシンガントークは閉幕していた。話の内容はデビューに至るまでの努力や人気作が生まれるまでの努力と苦悩を聞かされた。どうやら小説家としてラブコメジャンルの第一線を走っているそうだ。

渚は自分の皿や箸を黙々と洗い続けている。俺が皿を持ってきたとき、いきなり渚は俺の首を腕にかけてきた。

「シエラちゃんのこと好きだろ?」

「はっ……」

耳元で唐突に囁かれる。もがくが体が固定されたかのように離脱できない。

「そんなわけ――」

「そういえば今日は祭りだな。シエラちゃんの浴衣姿――どうだ? たまらなくないか?」

ゆっくりと首を回し、シエラを注視する。

シエラはようやく箸に慣れてきたようで、伸びかけた麺に息を吹きかけている。こちらの様子を気にする素振りはない。逆に俺は、どうなのだろう。気がない、といえば嘘になるかもしれないが、好きだと明言できるほど自分の腹心がどうなのか、俺にはわからない。

だが仮に俺が恋心を持っているかどうかを置いたとしても、シエラの浴衣姿には心惹かれるものがある。いや邪心ではなく純粋な興味というもので――。

「で、どうするんだよ?」

「……分かったよ」

渋々、といった感じで了承する。

どれだけ脳内で熱弁しようとも、俺の答えは決まっていたのだろう。

「シエラ」

呼びかけるとシエラは素直にこちらを向いた。

「明日祭りがあるんだけど、一緒に来るか?」

「祭り?」

「ああ、といっても大したことはないんだけど……」

シエラは少しだけ考えた様子を見せ、その後頷いた。

第一、祭りはシエラにとってまたとない経験に成り得るだろう。決して浴衣姿を見たいだけではなく、浴衣を着ることで祭りの雰囲気に最大限に浸り、その効果を高めたいというだけで――まあ、もう、いいか。

とはいえ、問題がある。

「でも、肝心の浴衣はどうするんだ」

「あー、そうだったね。考えてなかった。この村の服屋は潰れたしなあ」

立案しといてそれは無いだろう、と苦笑する。

しばらくの思案の後、一つの案を思い付く。

「渚、お前妹いただろ。妹の浴衣を借りるってのはどうだ? サイズとかもぴったりそうだし」

名案ではあったろう。

妹は渚とは対照的に小柄だ。シエラと同じ程ではないだろうか。

俺は渚の反応を待っていた。だが、渚は言葉一つ言わない。

「渚……?」

それどころか渚は苦い顔を浮かべている。

「……なあ、妹って、いや家族は何処にいるんだ? 置いてきたのか」

それでも渚は答えない。次の渚の言葉は疑問の回答でも誤魔化しでもなかった。

「あ、そうだ! 街に行って浴衣を買ってくるのはどうだろう。まだ祭りまで時間はあるし、いい案だと思わない?」

渚の顔には笑顔が戻っていた。

渚だ。いつも通りの渚だ。

一瞬見えた何かは、きっと別のものだ。

「どう? 真人は」

「……わかったよ。シエラはどうだ?」

シエラは、コクンと頷いた。それに合わせて麺がするりと箸を抜けた。


 *


ビルが森のように立ち並ぶ。天界を経験している自分にとっては最早何でもないものだけど。

電車に乗り、街へ向かっているわけだが、どうにも両隣が落ち着いていない。

シエラはずっと窓の先を眺めている。確かシエラは中世ヨーロッパ頃の生まれであったはずだから、こういった景色は見慣れないのだろう。

渚は何やらうずうずしている。どうやら引っ越し先の近くのようで、俺たちを案内したくて堪らないようだった。

しばらくして、着いた。

俺は景色こそなんてことはないけど、人混みは別問題。荒波のように蠢く人々はどこか機械的で不気味だ。天使と似通っている部分もあり、思う以上に恐怖しているのかもしれない。視界に入る人間だけで、鳩村の総人口は優に超えそうだ。

「……」

シエラは無表情で固まっている。もしかしたらシエラもこの人混みに圧倒されているのかもしれない。

「早くいくよー!」

「アイツ足速っ……」

シエラと共にその背中を追おうとする。

だが視界の端で、気がかりなことを見つける。しばらく目を奪われ、呆然とする。ビルに映されたテレビのニュースだ。

――六年前の……事故?

「おーい、真人ー?」

「わ、悪い。シエラ、行こう」

人混みの中を掻き分けて、渚を追いかけていった。


「広いな……」

最初に案内されたのは本屋だった。駅前の本屋。鳩村にだって本屋はあるが、規模なんて比べるまでもない。一生かけても全ての本は読めまい。

「こっちこっち」

渚に手招きされ近づくと、一つの棚を指さした。

本の表紙には大層顔の整った女の子が棚に並んでいた。

「ライトノベル、っていうやつだっけ?」

「そうだとも」

イラストの女の子がこちらを向いている。何だか居たたまれないような感覚が頭を突いた。対して渚は、その全ての女の子達と視線を合わすように本棚を見回す。

「おっ、あった」

渚は目的物を見つけたのか、一冊へ手を伸ばした。

「これがおれの書いた本」

「ふーん……」

「いや、もっと何かないの?」

「……他の本と全く違いが分からない」

渚の本も同様、女の子が表紙にいる。

特別なアイデンティティみたいなものを、掴みきれない。

「これでも人気な方なんだけどなぁ。結構続いてるし」

「ふーん……」

「またそれ。絶対興味ないでしょ?」

「あるよ」

ない。

視線をすぐにシエラへと移す。

目立った様子は少ない。ただ目が忙しなく動いている。現代に生きる自分でさえ軽く驚いているのだから、シエラがある程度驚くのは当たり前なのかもしれない。無表情だから内心わかったもんじゃないけど。

「おっ、そうだ。恋愛本の一つでも買わないとね」

「誰が買うか」

「そう遠慮するなよー」

渚は棚の間を泳ぐように進んでいく。

渚は恋愛ものの小説を大きな手で鷲掴みしていく。

「これなんていいんじゃない?」

「いらないって」

「何かほとんど死ぬっぽいけど」

「じゃあ本当にいらないよ!」

渚は結局僕の言葉を聞くことなく買い漁っていった。


デパートの中。俺の膝は情けない程に震えていた。旅でも同じ、いやこれ以上の徒歩をした経験もあるが、その時を優に越す疲労感。雑踏の中が気苦労となって負担に変わっているのだろうか。

一方渚はニコニコしながら僕の隣を、シエラは俺らの前を歩いている。シエラは華奢な見た目とは相反して体力は驚くものがある。少なくとも俺では及ばない。吸血鬼のハーフだからか人間ならざる力があるのかもしれない。

心の奥底でもう一つ考えていることがある。何かの兆しなのではないか、ということだ。シエラは俺の後ろにいつもいた。旅の最中でも、天使に追われていても。自分から動くことは、ほとんど無かった。それがこうやって、目の前にいる。自ら歩を進めている。これはなんてことは無いのかもしれない。家に帰ればいつものシエラへと戻るのかもしれない。それでも何かであってくれと、思う他無かった。

「ほら真人着いたよ」

「え? あ、ああ」

「シエラちゃんー! こっちこっち」

渚の呼び声につられ、シエラが駆けてくる。

顔を見上げると、服屋の店名が目に入る。奥に浴衣も見え、ここが目的地で間違いないだろう。

「真人が浴衣を選んであげなよ」

「……店員さん。この子に似合う浴衣をお願いします」

「はい。――わぁ可愛い! お似合いのものを探しますね」

シ エラは小さく返事をして、その中へと入っていった。

それを見届けると、とうとう俺は音を上げる。

「ちょっと休んでくる……」

「はいよー」

俺は休憩場所を探し、ゾンビのように歩き始めた。


シエラちゃんの浴衣を買い終える。チラと見たがかなり可愛い。これは祭りが楽しみだと胸が躍った。

「ねぇ」

突然、無機質な声がかかる。隣を歩いていなければ気づかなかったかもしれない。

「どうかした? ……ああ、真人ならどこかで休憩してるらしいよ。一緒に探そう」

「知りたいの、真人君のこと」

「……へ?」

自分の口から情けない声が漏れ出る。

きっと、顔も情けないことになっているであろう。しばらくの間、渚は身を固めたままになる。しかし、頭は馬車馬のように回転し続けている。この質問の意図は? 理由は? 答えは容易に出ることはない。

考えろ。考えるんだ。普段自分が書いているようなキャラクターに置き換えてみよう。そうすればきっと心情を理解できる……!

 結論として――好きだから、としか出てこない。

「……」

恋愛脳ならぬラブコメ脳はどうやら、ろくに現実的には機能を果たさないらしい。

いや、でも、実際どうなのか。

お互いもしかしたら、好き同士なのか、だから旅をしているのか。二人で。二人っきりで。

これは嫉妬じゃない。シエラちゃんは充分過ぎる程、美少女と言う冠に合っている。いかにも、二次元的な、美しさも可愛さも兼ねている美少女、なのだ。でも、本人を好きにはなっていない。好きになるには期間が早すぎる。だから、これは嫉妬ではなく、純粋な悔しさ。 恋愛に無頓着だった真人が、自分すら抜かしてとてつもないゴールへと辿り着きかけている。

そんな悔しさが、天を仰ぎ目元を手で覆わせた。

完敗だ……。

「真人君が、私のことを笑顔にしたいって」

「そんなこと言ったんだ……」

結構クサイこと言ってんなー。確かにシエラちゃんは表情が豊かな方ではないとは思うけども。

「それで、何か理由があるのかなって」

「理由、かあ」

真人は人と壁を作る。深く関わらないように。壊れた時に傷つかないように。

おれと初めて会った時の真人はそりゃもう、親の仇でも見るような目つきでおれを見てきた。会話なんて続きもしないし、両者の仲など深まる兆しも無かった。ただある日真人の絵を見て、コイツは何かを持っている、と悟った。それからは猛攻だ。真人の壁を叩き続け、開けるのを待つのではなく、自分から壊していった。だからこうして、今があるのだ。逆に言えば、そうでもしなければ真人は心開くことなどない。

それがこうやって誰かと旅をする。きっと、安易な理由じゃないとおれは悟った。

真人がこんなことをしている理由は、一つしか思いつかなかった。

「お姉ちゃんが多分、理由だと思うよ」

人と壁を作る理由も、シエラちゃんを連れる理由も、全ては――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る