第25話 向こうの世界

 キーンコーンカーンコーン――


 終わりの会も終わった下校時刻、学校の鐘が鳴り響く2階の廊下の相談室の前に勇士と麻央の姿があった。


「それじゃあ、開けるぞ?」


 その言葉へと顎を引いて答えとした麻央を見て、勇士はスライドドアを横に引いた。


 その瞬間。




「レ~~~イ~~~シ~~~ア~~~っん!!!」




 と室内から砲弾のように飛んできたに勇士は押し倒された。


 その姿はやはり勇士が昨日見た通り、金髪でスラっとした高身長で、爆乳が特徴的な女エルフのクラリス・フェルテールだ。


 一部だけ違いがあるとすれば耳だろうか、ピンと尖っていたはずのそれは今や一般的な人のものへと変化している。


 きっとそれも魔術なんだろうと勇士がそう思考している間に、勇士の身体の上を占拠したクラリスは、倒れた込んだそのままの体勢でギュゥッと勇士を抱き寄せた。


「うぅ~~~っ!! 寂しかったですよレイシア、昨日は再会したばっかりだっていうのにすぐにお別れになってしまいましたし、お昼休みに会いに来てくれるのかと思いきやまったく来てくれませんでしたっ!! もうこうなったらこちらから教室に押しかけてしまおうかとどれだけ思い悩んだことか……っ!!!」


「ムグ……ッ!!!」


 やはり昨日と同じように勇士の顔面はその豊満すぎるクラリスの胸へと埋もれて呼吸困難に陥ってしまい、勇士は何とか解放してもらおうと必死で床をタップするしかない。


 それから数分の後、何とかなだめすかして勇士が起き上がれるようになったところでクラリスはようやく勇士の後ろにいる麻央に気付いた。


「あなたも一緒に来るとは……いったい何の用ですか、魔王・グローツェス?」


 勇士に抱きついてホクホク顔になっていた時とは打って変わって、クラリスはキッ! という擬音が聞こえてきそうなほどの鋭い視線を麻央へと送る。


「そう邪険にするな。なに、私も聞きたいことがあったまでさ」


「……」


 クラリスもまた、勇士が最初に記憶を取り戻した頃と同じように、その麻央の言葉の裏側に何かの企みがあるのではないかと見出そうと眉間にシワを寄せる。


「――大丈夫だよ、クラリス」


 しかし、そんな2人の間に割って入ったのは勇士だった。


「今の麻央に向こうでの魔王のような害意は無いと俺は見ているって話、昨日しただろ?」


「それは、そうですが…………わかりました、レイシアがそう言うのであれば」


 クラリスは渋々といった様子で勇士に頷き、麻央に対しての敵意を一応は解いて相談室内の自席へと戻っていく。


 麻央の前世が魔王であるということはクラリスも昨夜のうちに気がついて、それはもう大変な騒ぎとなった。


 あわや攻撃魔法が飛ぶ直前で、勇士がクラリスの詠唱を止めなければ今頃理科準備室はこの小学校からその姿を消していただろう。


 その後、麻央への殺意を露わにするクラリスをなんとかなだめすかして、これまでの経緯を話し、不承不承ふしょうぶしょうという形ではあったものの納得してもらったのだ。


「とりあえず、話は中でしましょうか」


 勇士と麻央はそのクラリスの言葉に頷くと室内へ入り、スライドドアを閉めて鍵を掛け、それぞれ適当な席へと座った。




「レイシア、お茶でも飲みますか? 一応紅茶のセットは持ってきたのですけれど」


「ありがとう。でも今はいいや」


 勇士たちが来るまではまったりとしていたのだろう、自席に置いてあったカップとソーサーを持ちあげてそう訊ねたクラリスに勇士が答える。


「それと……昨日も言ったけど俺のこの世界での名前は"勇士"だからな?」


「あぁ……そうでしたね。すみません。まだ慣れなくて」


 クラリスはテヘッと舌を出して「勇士――呼び捨ては変ですかね? 勇士さん、いや勇士くん……」と色々と呼び方を試しては口の中で転がすようにして楽しそうな様子だ。


「それでレイ――――勇士くんは、昨日途中で切り上げて終わりになってしまっていた、向こうの世界についての話を聞きに来たのですよね?」


「ああ。俺は魔王と相討った以降の世界の行く末をまるで知らないからさ。あの後戦争がどういう決着になったのか、その後の王国の様子はどうなのか」


 勇士はそこでいったん言葉を区切ると、隣の麻央をチラリと見やって、それから続けて言う。


「……それと、残された魔族と亜人類たちがどうなったのか。それらを教えて欲しい」


「――勇士、お前……」


「一度に聞いておいた方が二度手間にならないだろ。俺はそう思っただけだ」


「そうだとしても、感謝しよう」


「……っ」


 麻央の素直な言葉に咄嗟に返事がつかえてしまい、勇士はプイッと顔を逸らして取り繕うようにクラリスへと問いかける。


「と、とりあえず、順々に話してもらっていいかな」


「ええ、わかりました。それではまず戦争の決着についてからお話しましょう」


 クラリスは1つ咳ばらいをしてから話し始めた。


「2人ともお分かりになっているでしょうが、私がここにこうして無事でいる以上、アリルメトローズン王国反攻軍と魔王軍の戦争は反攻軍の勝利に終わりました」


 端的に述べられた結論だったが、元々予想のついていた結末に対して勇士も麻央も動じることはない。


 クラリスは2人に際立った反応がないことを確認すると、そのまま話を続ける。


「レイシアを除く反攻軍の精鋭部隊は健在な上、魔王軍は副官こそ取り逃がしはしたものの、魔王城攻略作戦中に主力はほとんど殲滅できました。魔王城以外に散らばる敵の中には旗印になるようなカリスマ性を持つ個体もいませんでしたので、戦争はそれであっさりと終結です」


「まあ、そうなるだろうな」


 勇士は頷きつつ、戦争中に幾度か魔王とセットで見かけていた魔王軍の副官を思い返す。


 ――確かヤツは参謀的な立ち位置にいたものの戦闘力は他の幹部に比べれば低かったし、カリスマ性に優れていた印象もない。


 取り逃がしてしまったというのは少し気がかりではあったが、しかしそれほどの痛手になるとも思えなかった。


「続いて王国内の様子ですが、かつて堕とされた都市の復興も大分進んで、侵略が始まる以前の活気が戻ってきています。人々はみんな、幸せそうですよ」


「そうか……。それなら俺も命を懸けて戦った甲斐があったってものだな……」


 戦争中は物資や食料の不足に喘ぐ人々が多く、最後にレイシアとして見た王国の光景は何とも暗いものだったから、勇士はクラリスの言葉にホッとした息を吐く。


「レイシアの偉業はしっかりと歴史に残っていますよ。レイシアを主人公とした物語もたくさん書かれているようです」


「それはまた……ずいぶん恥ずかしいんだけど……」


「何を隠そう私も書きました!! タイトルは『天才剣士と天才魔術師の耽美なる戦い~反攻の荒れ地に咲く一輪の百合の花~』。どうです、読みます?」


「いや……いい。読まない……」


 一層明るい笑顔を向けて楽しそうに話すクラリスに、それはむしろ開けてはいけない蓋の気がすると危険を察知した勇士は若干引き気味にそう答えた。


「勇士、お前はアレと行動を共にしてる間に襲われたりしなかったのか……?」


「多分……」


 麻央がクラリスを指差してそう訊くが、勇士はあいまいに頷く他なかった。


 しかしクラリスはそんな2人のやり取りはどこ吹く風のように先を続ける。


「さて、少し脱線してしまいましたね。最後に残された魔族や亜人類に関しての話ですが……」


 そこでクラリスは一呼吸溜めると、冷ややかではあるがどこか憐れみを含んだ視線で麻央を見る。


「――根絶は、間近かと」


「…………っ!!!」


 その言葉に勇士もまた、勢いよく麻央へと振り返ってしまう。


 しかし麻央は衝撃的な事実を突き付けられてなお、いつもと変わらぬ無表情のままだった。


「ふん……勇士、なんて顔をしている。第一、お前には話しただろう? こちらが負けた場合はそうなるように仕組んだのが私だ。だから戦争の決着を聞いた時から、その結末は想像がついていたさ」


「それで、お前は割り切れているのか……?」


 なおもそうやって訊ねる勇士に、しかし麻央は変わらぬ口調で「ああ」と頷き、そして言葉を続ける。


「私は魔族である私としての生き様を貫いた。戦争に負けたことに対しての未練はあるが、しかし自分のやってきたことに後悔はない」


 元の立場を考えるに一番辛いだろう本人に、しかしきっぱりとそう言い切られては勇士もそれ以上食い下がる道理もない。


 麻央の言葉に対して何と反応すればよいのかわからずに、勇士は「そうか」とだけ答えを返すに留まった。


「――勇士くん、お聞きしたいことは以上ですか?」


「ああ、うん。今のところはもうないかな。ありがとう、クラリス」


 何とも言えない沈黙が室内に漂いそうになったタイミングで、しかしクラリスが明るく話題を元に戻してくれて、勇士は内心その気遣いに感謝しつつそれに答えた。


「いえいえ。また聞きたいことができたらいつでも仰ってくださいね」


 クラリスは勇士へとそう返して穏やかな微笑みを浮かべると、それから一転して何故か少し上目気味になりモジモジとし始めた。


「えっと? クラリス、どうかした……?」


 明らかにおかしな挙動だったので勇士がそう訊くと、クラリスは「いえ、その……話は変わるんですが……」と歯切れ悪く前置いて、言葉を続ける。


「……今度は私の方から勇士くんに相談がありまして……よろしいでしょうか?」


「うん? 全然いいよ。何について?」


 単なる小学5年生男子の今の勇士に何か特別なことができるとも思えなかったが、しかし今日は色々と話も聞かせてもらったし、できる限りのことはしてあげようと考えて勇士はそう返した。


 するとレイシアは再び照れたように朱色に染めた頬に手を当てながら、


「えっと、私……『ご挨拶』がしたいなぁ~って……」


 と口にする。


「へ? ご挨拶?」


 あまりに意外、というより予想しなかった言葉に勇士は単語をオウム返しにしてしまう。


「そうですよ。ご挨拶です」


「えっと、それは……誰に?」


 続けてそう問いかけた勇士だったが、しかしクラリスは「いやですよぉ~、勇士くんったらとぼけちゃって……!」とクスクスと照れたように笑って答える。


「ご挨拶なんて言葉が出てきたら、それは勇士くんのへご挨拶に決まってるじゃないですかぁ! いつ頃が都合いいですか? 明日? それとも明後日ですか?」


「――い、いやいやいや、待って? ちょっと待って? 両親に挨拶? なんで?」


「え? だって調べましたよ? 結婚するために、日本ではなる儀式と両家の家族の顔合わせが必要なんでしょう?」


「いや、そうじゃな――――って、結婚んッ!?!?」


 とんでもなく飛躍、いやそもそも飛び立つための踏切台がどこに設置されていたのかもわからないその話題にツッコもうとして、その前にさらに衝撃的な『結婚』というワードが出てきてしまったことで勇士の頭はさらに混乱を極める。


 いつの間にか相談室のカウンセラー席を立って、勇士の側に立っていたクラリスを見上げれば、たまらなくウキウキとした表情で勇士を見つめていた。


「け、結婚……? 俺が……?」


「そうですよ!」


「誰と……?」


「もぉ~、私とに決まってるじゃないですかぁっ!」


「俺が、クラリスと、結婚……?」


「はい! 私が嫁入りして『中条クラリス』になるか、勇士くんが婿入りして『勇士・フェルテール』になるか、どっちがいいですか?」


「――い、いやいやいや! おかしいおかしい! どうしてそんな話になってるのさ!?」


 もはやクラリスの中で確定事項のようになっているそれを勇士はかぶりを振って否定するが、クラリスはそれに対してむぅっ! と唇を尖らせる。


「なにを今さら嫌がることがあるんです? お互いの心と身体を許し合った私たちの仲じゃないですかぁ。それにまさか生まれ変わったレイシアが男の子になっているなんて、これはもう運命を感じざるを得ませんッ!!」


「――心と身体を許し合った……?」


 震わせた声で「おお、神よ。感謝します」とわざとっぽく演出的に感涙しながら話すクラリスのその言葉に、麻央が耳聡く反応して勇士に半眼を向ける。


「勇士、お前やっぱり前世はそっちの趣味が――」


「いやいやいや! 違う違う!! クラリスとそんな不埒な関係を築いた覚えはない!! 嘘をつくなよクラリス!!」


「えぇ~っ!? 私と出会った当初、レイシアは私のことを『家族』だと言ってくれたじゃないですかぁっ!! それでギュゥッとその胸に私を抱き寄せてくれて……」


「それはお前と戦ったあとの成り行きだろうッ!」


 クラリスは最初から反攻軍の仲間だったわけではなく、レイシアが魔王軍を倒すための遠征に出ていた時に偶然出くわしてそこで戦闘になったのが出会いのキッカケだった。


 魔王軍からも王国からも見放されて、1人で生きてきた辛さをぶつけるようなクラリスの戦い方にレイシアは涙し、実力でねじ伏せた後に悲しさに表情を歪ませる彼女を固く抱きしめたのだ。


 しかしだからといってそれを『結婚』と結びつけるか普通!? と、勇士は再び抱きついてこようと手を伸ばすクラリスを、その顔面を手で押し退けて言う。


「『家族』というのも、お互い身寄りのない者同士これからは身を寄せ合って生きていこうという意味で――」


「ですよねっ!? だから身を寄せ合いましょう、限りなく0距離にっ!!」


「ぶ、物理的にではなくっ!! 心と心を通わせる的な意味で――」


「ええ、もちろん!! 心も忘れません、存分に交わし合いましょうっ!! 私、レイシアとなら婚前交渉も辞さないつもりで――ッ!!」


「やめろやめろ! お前は昔から行き過ぎなんだ――ッ!!」


 そうして勇士とクラリスはドタバタと相談室内で暴れ回り、最終的に結婚・結納などの話はなくなったが、次の日曜日にデートを取り付けられてしまった勇士であった。


 麻央はその様子をただただ、感情の計れない冷ややかな目で一連のやり取りを見ているのみだった。

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