第26話 誕生日パーティー

 真っ暗な部屋の中で、今か今かと待ちきれないようにソワソワとしながらジャスティス団の面々はセンターテーブルを囲んで座っている。


 シュボッという音が離れたところからしたかと思うとボンヤリと明るいオレンジ色の光が灯り、そしてそれが勇士たちの元へと向かって運ばれて、テーブルの真ん中へと置かれた。


「ハッピーバースデー トゥー ユーゥ~~~♪」


 細く小さいけれど、それでも綺麗な声で最初に歌ったのは花梨。


 そしてそれにつられてジャスティス団の面々も一様にして歌い出す。


「「「「

 ハッピーバースデー トゥー ユーゥ~~~♪

 ハッピーバースデー トゥー ユーゥ~~~♪


 ハッピーバースデー ディア 麻央~~~♪


 ハッピーバースデー トゥー ユーゥ~~~♪

」」」」


 歌が終わると麻央の顔がテーブルの真ん中に置かれたケーキへと近づきオレンジ色の光に照らされて、暗闇の中から淡く浮かび上がった。


 そしてフッと一息でロウソクに灯った火を消す。

 

 同時に部屋の中の明かりが再び点いた。


「誕生日おめでとう!」

「麻央ちゃん、おめでとう!」

「めでてーなっ!!」

「……おめでとう」


 麻央を除くジャスティス団全員がかける祝福の声に、麻央は少し照れくさそうにしかし微笑みながら「ありがとう」と返した。


 そんな様子を少し離れたダイニングテーブルから見守るのは麻央の両親たち。


 母親の方は娘の友だちが来てくれたことへの嬉しさを隠さずにニコニコとしているが、どうやら父親の方は心中穏やかとはいかないらしい。


 篤にきらら、勇士に対して時折鋭い視線が飛んでいる。


(しかし、まさか麻央の家に来ることになるなんてな……)


 あれは週半ばの昼休み、ジャスティス団の面々で集まって話をしていた時の事だった。




『そういえば私、今週の土曜日が誕生日なのよ。ママが誕生日パーティーにお友だちを誘ったらどうかって言ってくれたんだけど、もしよかったらみんなでウチに来ない?』


 そんな誘いの言葉に『おぉ~!』と声を上げる面々の中で、やはり勇士だけは一瞬ポカンとしたものだった。


 魔王の口から『誕生日パーティー』、そして『ウチに来ない?』ときたものだ。


 だがそれに対してもう違和感を覚える必要なんてないのかもしれないと勇士は思い直す。


 なぜならこちらでの麻央は――いや、そうじゃない。


 そもそも、前世の頃から魔王の思想自体が人類憎しで固められたものではなかったのだから。


『勇士くんは? もしかして来ないのかしら』


 1人だけ考え事をするように黙ってしまっていた勇士は「いや」とかぶりを振る。


『もちろん、俺も行くよ』




 そうして勇士たちは麻央の家、そこは魔王城でも何でもない、一般的な賃貸マンションの2階の部屋で誕生日パーティーを楽しむことになったのだ。


「麻央ちゃん、これ……誕生日プレゼント! 気に入ってくれるかどうかはわからないけど……」


 ケーキを食べ終わったあと、花梨は自分のバッグからこじんまりと可愛くラッピングされた袋を取り出して、おずおずと恥ずかしげに麻央へと差し出した。


「本当に!」


 麻央はそう言って驚いたように反応をすると、そのプレゼントをにこやかに受け取る。


「花梨ちゃん、ありがとうっ! 開けてもいいかしら?」


「う、うん……!」


 リボンをほどいて袋口を広げると、中身を見た麻央は「わぁっ!」と高い声を上げて花梨へと向き直る。


「これってもしかして、お菓子作りのための?」


「うん! 麻央ちゃん、前にお菓子作りに興味を持ってくれてたみたいだったから……! それはね、クッキーを作るためのキットなの」


 花梨の説明の通り、袋から1つ1つ取り出して並べられていく器具はお菓子作りのためのそれだった。


 アナログはかりにゴムベラ、粉ふるい、型抜きなど、ミニサイズのそれらはどれも女の子受けしそうな可愛いデザインのものばかり。


「私こういうの持ってなかったから、欲しいと思っていたところなの。嬉しいわ」


「私も喜んでもらえてよかったぁ……今度一緒にお菓子作りしようねっ!」


 麻央は花梨が向けるその微笑みに「もちろん!」と満面の笑みで応えた。


「――次は俺だな」


 勇士の隣にいた篤はそう言って立ち上がると、いつの間に手元へ用意していたのか、シックな茶の紙袋を持つと麻央の隣まで歩み寄る。


「誕生日おめでとう。受け取ってくれ」


「あら、篤くんも。嬉しいわ。ありがとう!」


 麻央は差し出されたそれを受け取って、開けてもいいか確認をとってから袋を開く。


「かわいい……っ!」


 感嘆の声と共にその袋から麻央が取り出したのは、小さくて可愛い動物のイラストが描かれた便箋にセットの封筒が付いたレターセットだった。


「麻央は一見してクールそうだけど、実際は可愛いものには目がなさそうだったからな。どうだ? 気に入ってくれたか?」


「え、えぇ……別にこういうの好きだっていいでしょ……? しかしコレ、多分本来の目的では使えないわね……飾るわ……!」


 麻央はこのプレゼントもまた気に入ったようで、幸せそうに口元を緩ませる。


「そんじゃー次はオレだなっ!!」


 篤のプレゼントのお披露目も済んだところで、次はきららが立ち上がり、部屋の隅にまとめて置いてあった手持ちの荷物の中からプレゼントを取り出して麻央へと手渡す。


「 ホラよ、はっぴばーすでー! ゼッテー気に入ると思うぜッ!!」


「うん、ありがとう……って、デカっ!?」


 そのプレゼントを受け取った麻央が思わず驚きを口に出してしまう。


 それはこれまで花梨や篤が贈ったような小さな袋ではなく、頭より大きなサイズの包みだったのだ。


「えっと……開けてもいいかしら……?」


「もちろんだぜッ!!」


 恐る恐るといった様子で包みを開いた麻央が中身を覗き、「こ、これは……!?」と目を見張って取り出したのは、鮮やかな赤が目に眩い――ボクシンググローブだった。


「ちょっと、きらら……? 貰っておいてなんだけど、これはいったいどういう……?」


「お。なんだ、知らねーのか? しょうがないヤツだなー! ホレ、ちょっと貸してみろ、それと手を出せ」


 わけがわからないと目を白黒させて大人しく手を出す麻央の両手に、きららはやけに手慣れた様子でグローブを装着していく。


 しかもよく見ればグローブはマジックテープのタイプじゃなくて、ちゃんとした紐のものだ。


 キュキュキュッと紐を縛られた麻央は真っ赤でピカピカな自身の両手を見下ろして呆然とする。


「わははっ! どうだっ!? カッケーだろっ!?」


 一点の曇りもなく快活に笑うきらら目掛けて「せぇいっ!」とアッパーカットが飛んだのは数秒後だった。


 ノビたきらら側の代わりに花梨にグローブを外してもらった麻央は(紐式グローブは自分では外せないのだ)それから「ふぅ」とため息を吐いたものの、「ありがたく貰っておくわ」と床に撃沈するきららへと声をかけてグローブを丁寧に袋に仕舞う。


 そして最後に勇士の順番が回ってきた。


「俺からはコレだ……その、麻央の好みじゃないかもしれないけど」


 勇士は努めて照れが出ないように目線を少し横に逸らしながら、それを渡す。


 そのリボンでラッピングされた手のひらに載るサイズの包みを受け取った麻央が勇士に目線を送り、それに勇士は頷いた。


 麻央の手の中でリボンがほどかれて、袋口が開かれる。


「これは……」


 袋の中から取り出され、そして麻央の手で広げられたそれはタオルハンカチだった。


 青色のタオル地にデフォルメされた赤色の竜がプリントされた、いかにも男の子が好みそうなデザインだ。


 それが恐らく大半の女の子の趣味ではないと、それくらいは前世が女剣士だった勇士ならばわかることだったが、しかしそのデザインを選んだのは意図的だった。


「もしかして……憶えて……?」


 麻央の問いかけに勇士はコクリと1度頷くことで応える。


 かつての世界において、魔王はある1匹の竜を配下として従えて幾多の戦場に騎乗して現れていたのだが、それはきっと単純に竜が強いからというだけの理由ではないと当時のレイシアは睨んでいた。


「……懐かしいな。アイツは今頃元気でやっているだろうか……」


 ボソリと、魔王の口調に戻った麻央が呟く。


 最期の決戦の時、レイシアが辿り着いた先の玉座に竜はいなかったが、しかし誰かが倒したという報告も聞いていない。


 そのことを考えれば、恐らく魔王がどう転ぶかわからない決戦を前にどこかへ逃がしたのだろうと、今の勇士には想像がついた。


 きっとその竜は、魔王にとって特別に大切な存在だったに違いない。


「――ありがとう、勇士くん。大切に使わせてもらうわ」


「あ、ああ、うん。麻央が好きな可愛い感じではなかったと思うけど……」


 素直な感謝の言葉に照れた様に頬を掻く勇士に、麻央はクスリと笑って答える。


「竜は好きよ。それに、私にとってはあの子との大切な日々を思い返させてくれたとても嬉しいプレゼント。だからありがとう」


 両手で大切そうにハンカチを持つその麻央の姿は本当に美少女然としたもので、勇士はつい目線を逸らしてしまう。


「そ、それならまあ、よかったよ……」


 それでも胸の奥でドキリと高まる鼓動までは誤魔化せない勇士だった。




 一通りプレゼントを渡し終え、床でノビていたきららも復活したので再び佐藤宅のリビングには子供たちの賑やかさが戻った。


 取り留めもない会話に花を咲かせていると、「麻央、ちょっと手伝って~」とキッチンから佐藤母の声がかかる。


 麻央はそれに素直に返事を返して立ち上がるとキッチンへと向かって行った。


 佐藤宅のキッチンとリビングの間には壁がなく、料理している姿がここからも見えるような作りになっており、だから勇士は麻央が母親とニコニコと笑顔で話す姿を見ることができる。


 ダイニングテーブルで座る父親も話に混じって、笑い合う。


 何とも理想的な家族の光景がそこにはあり、それは傍目から見ているこちらの心も温かにするもので、知らずの内に勇士の表情は微笑みをたたえていた。


「はい。これ新しいお菓子よ」


 麻央は木製のボウルに入ったお菓子を持ってくるとジャスティス団の面々が囲むセンターテーブルに置いて、それから勇士の隣へと腰を下ろした。


「さっき私の方をずっと見ていたな。何かおかしかったか?」


 麻央はいつも勇士の前でするような口調で、そう尋ねてきた。


 キッチンでの家族の談笑を眺めていたことについて言っているのだろうと勇士は自分の行動を振り返り、確かにちょっと露骨に見過ぎていたなと思い、少しの気恥ずかしさに鼻頭を掻く。


「ん……いや、やっぱり家族っていいなってさ」


 勇士はジッと自分を見る麻央にそう答える。


「『いいな』?」


「なんていうか、家族っていうのは日常的にいつも近くにあるものではあるんだけど、それでもそんな中で常に幸せを感じられるすごく貴重な居場所だと思うんだよ」


 問い返した麻央の言葉に対しついポロっと柄にもないような真面目な語りをしてしまい、勇士は内心「しまった」と思って横目で麻央を見やる。


 変な風に思われていないか、茶化されるんじゃないかと心配した勇士だったが、しかし麻央は予想に反してその先を聞きたそうに耳を傾けていた。


 だから勇士も言いかけてしまったことだと割り切って先を続けることにする。


「居場所っていうのは寝食ができる場所があるって意味じゃなく、心の置き所があるって意味でだ。自分がそこにいることを許されて、そしてどんな時でも無条件で自分の味方でいてくれる人たちがいる場所だ。家族っていうのはきっとそんな風に温かく自分を包み込んでくれるもので、優しいものなんだと思う」


 一息にそう話した勇士に、麻央は深く頷いた。


「そう……だな。私もそう思う。私は佐藤麻央として、この家族の中でとても大切に育ててもらったし、とても多くの愛情をもらってきた。すごく幸せなことだと思うよ」


 麻央はダイニングテーブルに座って仲睦まじく話を楽しむ父と母を見てそう言ってから、勇士へと向き直る。


「なぁ、勇士。家族は大事か?」


 勇士はそれがいったいどんな意味を込められているものかは察せなかったが、しかしそれでも力強く「もちろん」と応える。


「大事にして、愛すべきものだと思ってる」


 麻央はその言葉に一瞬目を細めたが、それ以上何も言うことはなかった。

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