第4章 家族への想い
第24話 クラリス
翌日の火曜日の1時間目の授業を終えての休憩時間、5年1組の教室にはいつにも増して偏った騒がしさがあった。
「なぁなぁ、お前見たんだって? どんなだったどんなだった?」
「スゲーよ! めちゃくちゃ美人でさ、しかもおっぱいがボーンって!」
「うっへぇっ!! いいなぁ、俺も相談室行っちゃおうかなぁ……」
「お前に何の悩みがあるんだよ、抜け駆けは許さんぞっ!?」
「いやいや、これはれっきとした……恋の悩みさ!」
教室のあちこちで男子たちによるこのような浮足立った会話がなされていて、対して女子たちは女子たちで固まって、そんな彼らに冷ややかな視線を向けている。
そんな賑やかな集まりに参加せず、勇士が自席でボンヤリと考え事をしていると、急に後ろから背中を突かれた。
「おい、勇士。お前も聞いただろ?」
篤がニヤリと笑みを浮かべて勇士へと話しかけてくる。
「もちろん。金髪オバケの正体見たり、って感じだな」
「やっぱり勇士もそう思ったか」
ほほう、と感心げに篤はそう言って続ける。
「しかし突然だよな。火曜日と木曜日にも相談室が開放されることになって、しかもその先生が外国の人だなんてさ。名前はなんて言ったけか、えぇと……」
「――クラリス・フェルテール、だよ」
「あぁ、そうそう。そんな感じの名前だったな。しかしすごいな勇士、朝の会で1回聞いただけなのによく覚えてたな」
「まぁね……」
そう答えたものの、しかし勇士にとっては名前が言えるのは当然のことだった。
なぜならクラリスという人物は、前世からよく知っている人物だったのだから。
勇士はクラスの喧騒から耳を遠ざけつつ、昨夜の出来事を思い返した。
―――――――――――――――――
理科準備室に突如現れた魔法陣から飛び出してきた金髪の女は、勇士を一目見るなり駆け寄って、彼を自らの豊満な胸へと強く抱きしめるとボロボロと涙をこぼし始めた。
「うぅ~~~!! レイシア、レイシア……!! あぁ、また会えた、また会えました……っ!! 私はいったいどれほどこの時を待ちわびたことか……っ!!」
「~~~~~~ッ!!!」
「魔王城の玉座の間にようやく追いつけたと思ったら……ごめんなさいっ!! 間に合わなくて……ッ!! うぅ~~~ッ!!」
感情を爆発させたように言葉を次々にこぼして、女はより一層強く勇士を抱きしめてその頭に顔を埋める。
「~~~~~~ッ!!! ~~~~~~ッ!!!!!」
「それでもあなたに再び出会おうと、私、いっぱいいっぱい、色んな系統の魔術を極めて、ゲートを作って……とにかくあなたをひたすらに求めるための11年間を過ごしてきたんですっ!! それで、それで、私はもう一度あなたと共に……」
「~~~ッ! …………~ッ……………………」
「あ、あれ? レイシア? ちゃんと聞こえてますか……? ……あっ! ごめんなさい、私ばっかり話して、いきなり色々と話してもわかりませんよね? ええっとですね――」
「――おい、お前。そいつ窒息死しそうになってるぞ」
「えっ…………? あぁ~~~ッ!?!?」
麻央の指摘に対して、魔法陣から登場するなり勇士に抱きついた女が、ようやく自分と勇士の位置的な情報を悟って大きく声を上げた。
その女の豊満な胸が勇士の顔を圧迫して、空気がまるで吸うことのできない状況を作り出していたのだ。
「大丈夫ですかっ!?」と肩を掴んで勢いよく自分の身体から勇士を押し離した女に対して、勇士は咳き込むことで応える。
「ゲホッ……! あぁ、死ぬかと思った……!!」
「ご、ごめんなさい、レイシア? 私、つい興奮しちゃって……!」
「い、いや、いいよ。それでお前は……クラリス、だよな……?」
「そうですよっ!! あなたのクラリスです。世界の壁を乗り越えて、再びあなたと出会いにきましたよっ!!」
勇士に向かってわざとらしい敬礼でそう言って微笑んだクラリスを見て、勇士は『間違いない』と記憶の中の彼女を思い返す。
――クラリス・フェルテール。
勇士の前世、レイシアがリーダーを務めたアリスメトローズン王国反攻軍の副リーダーを務めた天才魔術師だ。
補助系の魔法に優れた才を持つクラリスは、魔王城での決戦の際もレイシアと同じ精鋭部隊で戦った同僚であり、そして同じ年頃の容姿をした女性同士、そして同じ境遇の者同士ということで、お互いにとって唯一の理解者であり親友と言っても過言ではない仲だった。
同じ年頃の容姿というのはそのままの意味で、クラリスがエルフであることに起因する。
エルフの年齢は人間の10倍近くあるのだ。
だからこそ、11年間会わずともクラリスの今の容姿はレイシアの記憶にあるままで、特別に変わった部分は見当たらない。
クラリスはそんな勇士の前世の記憶と変わらぬ穏やかな笑顔を向ける。
「本当に、本当に良かったです……! 私の想いがようやく報われました……!」
そうやって重たい一言を漏らすと、クラリスはそれまでの経緯を説明し始めた。
まず、この理科準備室で行使されていた魔術は『ゲート』と呼ばれる魔術なのだそうだ。
それはある世界から並行世界へと繋がる扉を開く魔術で、戦争が終結した直後からクラリスがその技術の実現のために必要だと思われたあらゆる種類の魔術を極めて開発した新体系の魔法技術らしい。
そしてこれもまた自分で開発した新しい魔術を使用し、レイシアの魂の情報から転生先の世界を割り出して、その近くへとゲートを開いた結果がこの理科準備室での先程の出来事である、とのことだった。
それを一通り聞いた勇士は一言、「す、すごいな……」と感嘆の声を漏らす。
「肩を並べて戦っていた当時から天才だとは思っていたが……しかしゲートなんて、もはや魔術の革命的な発展だぞ……!? 他の魔術師たちや王国の上層部が放っておくとは思わない……」
「そうかもしれませんね。でも大丈夫です! こうしてあなたの世界にやって来れた以上はもはや無用の長物ですから、研究ノートなどは悪用されないように全部燃やしてきましたからっ☆」
「えぇっ!?!?」
それは……なんとももったいない。
今までの常識を完全に塗り替えるだけの発明なのだ、それだけで人生を贅沢に暮らしてあまりあるだけの財産が築けるだろうものなのに。
しかしクラリスの表情には本当に1つの曇りも見出せない。
「あなたのいない世界に未練などありませんからっ!! その想いがあったからこそ開発できた魔術でもありますし」
そう言いながら再びハグをしようと近づくクラリスだったが、しかし勇士はそれををやんわりと押し留めて他の疑問についても訊ねる。
「でもクラリス、急にこっちの世界に来て色々と大丈夫なのか? ぜんぜん知らないだろう、この世界のことを」
何せこの世界は前のレイシアとして過ごした世界に比べて文明の進み方が全く違う。
今勇士たちが生活している地球は科学文明の発達が著しく、電気・ガスなどを主軸として日常が回っているが、前の世界はすべての原動力の源に魔力があった。
クラリスが元いた場所とはまるで世界観も常識も異なる、だからこその勇士の心配だったが、しかし、クラリスはそんな勇士に向けて「フフフ……」と余裕の笑みを見せつける。
そうしてVサインを勇士の眼前に突き付けた。
「それに関してはまったく問題ありません。こちらの世界の常識の大体は学習済み、さらには住む部屋から戸籍まで全部用意してあります」
「へっ?」
住む部屋から戸籍まで用意してある……?
言葉の意味が理解できずに呆ける勇士だったが、しかし言葉はそれで終わらなかった。
クラリスは勇士の手をギュッと握るとその先を続ける。
「それと私、明日からこの学校のスクールカウンセラーとして勤務することになりましたから、どうぞよろしくお願いしますねっ!!☆」
「は、はいぃぃいッ!?!?」
―――――――――――――――
昼休み、ジャスティス団の面々は1年生の教室を訪れて篤の妹・
「――というわけだ。初、お前が見たのはお化けなんかじゃなくて、今日から新しくこの学校に来ることになった相談室の先生だったんだよ」
「うん、わたしもみたよっ! あの人だった!」
「そっか、それならもう怖がることもないな。多分、初が気づかなかっただけで、あの先生は初が目を離した時に準備室の奥のドアから理科室へと移動していたんだよ。だから次に準備室を覗いた時に消えたと思っただけなんだ」
「ういぃ~!! オバケじゃないならもうコワくないねっ! よかったぁ!」
篤はパァッと明るい笑顔になった初の頭を「よかったなぁ」と優しく撫でる。
「これでカイケツなのか? なんかちょっとヒョーシぬけだなぁ!」
「まあいいんじゃないかな? 初ちゃんの不安も取り除けたわけだしね」
実はオバケと戦いでもしたかったのか少し不満げな言葉をこぼしたきららに対して、勇士は篤たちの穏やかな雰囲気に顔を綻ばせながらきららをそう諭した。
「――なんだか、やけに嬉しそうね」
突然、勇士の隣に立った麻央が勇士にだけ聞こえる小声でそう耳打ちした。
「いや、やっぱり家族っていいものなんだな、って思ってさ」
麻央は勇士のその答えに納得したのかしていないのか、特に言葉を返すでもなく勇士の視線の先にいる初たちを眺めるのだった。
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