第29話 暗闇の中で・決意
暗闇の中で毛布を被ってずっと考えていた。
幸せとは何を指すのだろうかと。
毎日が自分にとって嬉しいと思えるような出来事の連続であることなのか。
それとも自らが幸せであるということすら知覚しない、何事もない平凡な日常を当たり前のように享受できることなのか。
そのどちらかが幸せだったとしても自分は当てはまらないなと、口元を歪めるようにして勇士は自嘲した。
家に自分が求められるような居場所はないから、学校からの帰りは毎日とても憂鬱で、そして土日の休日が近づくのがとても嫌だ。
その分学校で授業を受けたり友人と遊んでいる時はとても楽しいが、そう感じるのは家に居場所が無いという事実との対比の結果であり、それは自分の背景の暗闇が浮き彫りにしたからこそ目立つ小さな光明に過ぎないと思えばとても辛かった。
だが家に居場所がないだけで、家庭内暴力やニグレクトほど酷いものでもなかった。
これまで母は働きながらも勇士のために一応ご飯は用意してくれたし、1人でいる間に困らないようにと決して少なくない金銭も与えていた。
ただただ、勇士を見るその彼女の目には著しく『関心』が抜けていたのだ。
それは小学校で渋々『生きもの係』に渋々任命された生徒たちが見せるような瞳と同じ色で、『死んだら困るからエサはやらないといけない』という程度のものに勇士は見えた。
小学校の低学年くらいまではそんな母親と自分のそんな関係性に落ち込んで塞ぎ込んでしまうこともあったが、篤という友人に恵まれてからは、勇士は学校生活の楽しさというものに気付くことができた。
それから3、4年生と歳を、そして学年を重ねていく毎に勇士の心もまた強くなっていき、自分の家庭のおかしさというものをよく言えば許容、普通に言えば開き直って受け止めることができるようになっていた。
――しかし、そこで勇士へと新たな2つの変化が訪れてしまう。
1つ目は勇士に本来以上の明るさが戻ってきた4年生の冬、かねてから彼女が交際をしていたらしい彼氏が初めて家にやってきたことだ。
彼は勇士のことを邪険にしており、顔を見る度に暴力を振るった。
そのせいで勇士の服の下は痣だらけになってしまったが、勇士自身それに関しては耐えることができていた。
それ以上に問題だと思っていたのはその男が、本当に彼女を愛しているようには思えないという一点だった。
彼女はそんな違和感に気付くことなく毎日を幸せそうに送っていたが、しかし事実、やはり男が母親に近づいてきたのには裏があり、決してこのまま捨て置ける問題ではないということがわかったのだ。
2つ目はもちろん転校生・佐藤麻央がクラスへやってきて、勇士の前世の記憶が甦ったことだ。
これによって勇士は過去の世界で自分が掲げた正義を思い出すと同時に、孤児だったレイシアがどれだけ家族という温かな存在に飢えていたかも思い出してしまう。
母親へと迫る危機と家族愛への
(――――再び、俺は正義の味方になるんだ……!)
自分に対しての関心がいくら欠けていようとも、前世でいくら求め焦がれても手に入らない血の繋がった本当の家族が今、手を伸ばせば届く場所にいるのだ。
ならば愛するべきだろう、守り抜くべきだろう。
しかし、それが決して自分の幸せへの行動に繋がるとは言い切れないと勇士は理解していた。
男が来る前の生活に戻ったところでそこに幸せは無いように思えたし、それに彼氏を失った母親が感情的になることも目に見えている。
だからこそ、これはまったく見返りのない、むしろ小さなマイナスを得るか大きなマイナスを得るかを選ぶための報われない戦い。
幸せとは何を指すのだろうか、その疑問が再度首をもたげて勇士へと重くのしかかったが、勇士は強くかぶりを振った。
(それでも家族のためなんだから、いくら自分が犠牲になることがわかっていたとしても、守ろうと立ち向かうのは当然のことじゃないか……!)
勇士は迷う心を断ち切るようにして立ち上がり、被っていた毛布を打ち捨てる。
(もう一度だけ、正義の味方に。母さんを救うためだけの、正義の味方に……!)
そして真っ暗な部屋を歩いて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます