第3章 金髪おばけと正義

第16話 打ち上げ

 一般的な街並みの、家族4人が暮らすには充分な広さを持つ一戸建て住宅の中、一同はそのリビングのセンターテーブルを囲うように、それぞれの手には紫やオレンジ色のジュースが並々と注がれたグラスを持って座り、篤へと視線を集めていた。


 篤は1つコホンと咳ばらいをすると、メンバーを見渡して口を開く。


「みんな、今日は俺の家に集まってくれてありがとう! 俺たちジャスティス団の初依頼の達成を祝って、今日は目一杯楽しもうぜ!」


 それを聞いた勇士たちは口々に「おぅ」やら「えぇ」やらと頷いて、それから篤の「乾杯!」という音頭に乗っかって賑やかに飲み食いを始めたのだった。




――――――――――――――




 今日は土曜日、4月にして25℃を超える晴れやかな天気の休日に、ジャスティス団のメンバーである勇士・麻央・輝羅々川、そして花梨が篤の家へと集まっていた。


 勇士はその中でちまちまと柿の種をつまみつつ、篤と輝羅々川と3人で最近のドッジボール事情について語り合っていた。


 休み時間は取り合いになるほど大人気のスポンジボールを使ったドッジでは手首の回転を上手く使うことでもの凄い角度のカーブを投げられるが、体育の授業で使う時のゴムボールは重量がスポンジボールの比較にならないくらい重く、どうやればより目立ち相手に取られにくいボールが投げることができるようになるかという議論だ。


 そんな『運動神経が良い = クラスで目立つ』という簡単な図式を大切にした小学生男子たちのディスカッションが、ゴムボールでは見た目の派手さを出すことが難しい分、体育の授業で使うゴムボールは相手がキャッチした時に取りこぼしやすいジャイロ回転を積極的にかけていくべきだという決着になった時だった。


 どこかモジモジとした様子の花梨が「あ、あの……」とこちらに向けて声を掛ける。


「私、実は今日クッキーを焼いて来たんだけど……その……」


「――おぉ!? スゲーな!」


 その言葉に明るく、少し大げさに返事をしたのは篤だ。


「田中の手作りかっ! いいねぇ、食べたいぜ! さっそく出してくれよ!」


 おずおずと申し出る花梨の背中を押すように篤がそう言うと、花梨は嬉しそうにはにかみつつ紙箱に入れたクッキーを手提げの鞄から取り出してテーブルの上に置いて開く。


「「「「おぉ~っ!!!」」」」


 星、丸、ハート、動物などの形に綺麗に型抜きのされた、バターの甘い香りを放つクリーム色のクッキーを前にして一同が声を上げる。


「すごいわね、花梨ちゃん。とても美味しそうじゃない」


 麻央の朗らかな笑顔を向けられた花梨は「えへへっ」と照れたように笑う。


「私だけじゃ不安だったから、お母さんにも手伝ってもらったんだ。だから、ちゃんとできてると思うよ」


「そうなの? でも私じゃできないことだわ。だからやっぱりすごいことだと思う」


「そんな……麻央ちゃんならきっとやろうと思えばすぐできるようになっちゃうよ」


「そうかな。じゃあ今度作り方を教えてもらうかしら」


「うんっ! 一緒に作ろうねっ!」


 女子たちはクッキーを前にとても和やかな会話をしていて、その周りにだけたくさんの花が咲いているように爽やかだ。


「――あ~むっ! もぐ、もぐ、もぐ……」


 しかしそんな一見して神聖な空気も、まったくもってバカには関係ない。


 輝羅々川は開けられた紙箱の中にさっそく手を突っ込んだかと思うと豪快にクッキーを掴み口の中に放り込んでいた。


「ちょっと、バカきらら猿。アンタなんて持っていき方するのよ。一瞬ですごい量が無くなってるじゃない!」


「なんだとぉっ!? ダレがバカきらら猿だっ!! だいたいオカシはおしゃべりして見てるだけじゃハラもふくれないだろーが! 女子の話は長すぎるんだっ!!」


「見た目は大事でしょっ! クッキーは焦げないように調整するのがすごく大変なんだから! ったく、花梨ちゃんが私たちのためにがんばって作ってくれたものをしっかり見たいとは思わないのかしら、このバカ猿は」


「お前! バカ猿って、『きらら』抜かしやがったな! オレのヨウソなくなってんじゃねーか!」


「アンタなんてバカ猿で充分よ。花より団子もそこまできたら理性ある人間に分類するのが惜しいわ。いっそ改名したら? そういえば輝羅々川って長くて呼び辛いし」


「~~~~! ムガーッ!! わかったよ! 見りゃいいんだろ、見りゃあよっ!!」


 ものすごく容赦ない言葉を並べ立てる麻央にとうとう輝羅々川は爆発して頭をグシャグシャと掻きむしると、先ほどみたいに豪快にではなく紙箱に手を入れて、1枚だけクッキーをつまんで自身の目線まで持ってくる。


「おー、スゲーな! めっちゃキレイなハートマークだ! ハシっこが丸くなってるのもスゲーな! このチョーシなら田中はきっと次の粘土を使った授業で良いセイセキが取れるぞ、オレがホショーするぜっ!」 


 輝羅々川はきっと型抜きの存在を知らず、花梨が粘土板の上でクッキー生地をコネてクッキーの形を成形しているところを想像しているに違いない。


 麻央は『スゲー』以外に褒め言葉のボキャブラリーがなさそうな輝羅々川を少し呆れたように見ていたが、勇士はその隣の花梨がまったく違った反応をしていることに気がつく。


 なんだか照れているような、麻央に褒められていた時と同じようにはにかんだ顔で……でも少し頬が朱いような。


「あむっ! うん、やっぱりウメェやっ! 田中はゼッタイ、将来は良いおヨメさんになれるなっ!!」


「――ッ!!!」


 なんの裏も無い輝羅々川の無邪気な笑顔を向けられた花梨は顔を伏せてしまう。


 でも表情が見えないそんな反応の中でも真っ赤になった耳は見えるわけで、勇士と篤は「ほほぉ……」と、麻央は「まさか花梨ちゃん……?」と信じられないようなものでも見たように目を見開いてそれぞれに事情を悟った。


 そんな一瞬静かになったリビングで、やはり輝羅々川だけはそんな空気の蚊帳の外。


「なんだよ、ちゃんと見てホめたぞ? まだなんかあんのかよー」


「いや、別に?」


 勇士がそう返すと篤と麻央もそれ以上気にした素振りはせず、それぞれお菓子に手をつけていつも通りに振舞うのだった。

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