第17話 『呼び方』と『妹』
花梨の持ってきたクッキーにみんなが
「しかし、輝羅々川って確かに珍しくて長い苗字だよな」
クッキーを食べる際のやり取りで麻央の言っていた言葉が耳についていて、なんとなくポロっとこぼしたものだったが、その割にはみんな興味ありげに頷いた。
「確かにそうね。輝羅々川くん、その名字って父方のお名前なの?」
「チチカタ? よくわかんねーけど、輝羅々川って名前はオレも他には知らねーな! シンセキにもいねーぐらいだからよっぽどめずしいんだろーな!!」
麻央の問いに輝羅々川は「スゲーだろ」と胸を張って応えるものの、しかし親戚にも同じ名前がいないってどういうことだ? と一同の疑問はより一層深まる。
勇士たちが首をひねっていたそんな折、空になったグラスをテーブルにタンッと置く音が軽快に響いて、みんながその方向を向いた。
「――よし、輝羅々川! 今日からお前の呼び名は"きらら"だ!!」
そして、集まった注目の中で突然脈絡のないそんな声を発したのは篤だ。
「おぉ? オレがきららなのか?」
「そうだ。それでもって勇士は"勇士"、佐藤は"麻央"で田中は"花梨"。俺たち、クラス替えとか転校をきっかけに知り合ってまだ日も浅いけどさ、充分仲良くなったと思わないか?」
「だから、名前呼びにしようってこと?」
勇士がそう尋ねると篤は1つ「そうだ」と頷いて先を続ける。
「呼び方なんて定着しちまってからだと変え辛いだろ? まぁそれでも、無理にとは言わないけどさ」
「別に私はいいけど。花梨ちゃんとも名前呼びできる友達になっていたところだしね」
そういえばそうだったなと今さらながらに勇士は気がついた。
麻央と花梨はそれぞれお互いを"ちゃん"付けで呼んでいたし、いつの間にそんな関係になっていたのだろうか。
最近よく連れ立っているのを見かけるし、この前の1件の放課後も2人して先に帰っていたみたいだから、その時にでもそういった話の流れになったのかもしれない。
「篤くんにきららくん、それに勇士――くんね。もし誰もイヤなんて言わないのであればそう呼ばせてもらうわ」
「……」
明らかに勇士の方を向いて言ったその麻央の言葉に、しかし勇士は努めて冷静に「別にイヤじゃないよ」と返した。
「花梨にきららに、麻央。俺もそう呼ばせてもらうよ」
麻央はそんないつにも無く自分に対して素直な勇士の言葉に怪訝な顔をするが、あえてそれに突っかかるような反応を勇士はもうしない。
ただそれは決して元魔王の存在を受け入れたわけではなかった、少なくとも頭の中では勇士はそう思っている。
残虐で極悪非道な魔王が前世でやってきたことは決して許されるべきことではないからだ。
しかし麻央は元魔王とは決定的に異なる点がある。
それはかつての魔王という魂を宿す器が、今や佐藤麻央という人間の少女だということ。
「じ、じゃあ私も……篤くん、勇士くん、それに……きらら――くん……」
花梨もまた少し恥ずかしがりながらそう口に出して勇士たちの名前を声に出す。
そんな花梨の頭を「よくできました」とでも言いたげに優しく撫でて微笑むのは麻央だ。
魔王が自らの敵である人間の少女に対してそれほどまでに慈愛に満ちた顔で接することがあるなど、いったい前世の誰が想像できたことだろうか、とその光景を眺める勇士は思う。
そしてそのギャップが生まれた背景として勇士は今こういう仮説を立てている、『11年間に渡って人間の少女として生きてきたその人生経験が、魔王・グローツェスとしての人格を薄めているのではないか』、と。
この世には『中和』という言葉がある。
それは理科の実験で習うものでもあるが、酸性とアルカリ性の溶液を混ぜれば化学反応を起こして中性に変質するというものだ。
ただ必ずしも化学的な意味合いでのみ使われるものではない。
抽象的な概念にも使われるくらいだから、人格を語る上でだって使えないことはないだろう。
ようは麻央の前世の魔王としての悪性と現在の女子小学生として生きてきた麻央の善性が混じり合うことで、少なくとも悪を願うような性格ではなくなったのではないだろうかと、勇士は最近そう考えるようになったのだ。
(とは言っても、なぜわざわざ俺の小学校に転校してきたのか、それは未だに謎な部分ではあるんだけど……。本当に偶然……? いやまさか……)
きららが「考えてみれば、オレだけ"きらら"って、名前呼びじゃねーんですけど!?」なんて騒いで暴れる賑やかな光景を眺めつつ、勇士はそれについて頭を悩ませる。
麻央の転校は本当に偶然だったのだろうか。
同じタイミングで死んで転生を果たしたから同じ世界線に生まれてきた、そこまではまあ納得できなくもない。
しかし同じ国、そして同じ地域の同じ小学校の同じクラスへの転校となってくると、やはりそれはあまりにも出来過ぎなことだった。
(きっと、何か意味があるのは間違いないんだ。でも……)
あまりにうるさいきららをコブラツイストで黙らせている麻央に、それを見て楽しげに笑う面々を見て勇士は気詰めていた息を吐きだした。
(どんな意味があろうとも、俺にはどうしても今の麻央がコイツらを傷つけるような真似をしでかすとは思えない――)
今は少しだけ警戒を緩めて、そうしてこの輪に身を委ねてもいいかもな。
勇士はそう思って馬鹿騒ぎへと加わっていった。
――――――――――――――――――――
「ただいまー」
ジュースやお菓子の飲み食いをしてのお喋りが一通り済んで、リビングの家庭用ゲーム機で遊んでいた時だった。
玄関から幼い子供の声が聞こえてきて、篤は「おっ、ようやく帰ってきたか」と腰を上げた。
「もしかして、
そんな篤に対して、今誰が帰ってきたのか見当のついた勇士はそう問いかけるも、篤は首を横に振る。
「いや、大丈夫。むしろ初に関してのことも、今日ウチにジャスティス団の面々を招待した理由の1つでもあるんだ」
篤以外の勇士を含める全員が何の事だろうかと顔を見合わせるも、篤は「ちょっと待っててくれ」と言い残すとさっさとリビングから出て行ってしまう。
そうして宣言通り1分も経たないうちに、篤はその子の背中を押して再びリビングの戸を開けた。
そして女子たちが無意識に高くなる声を重ねたのは、直後の事だ。
「「か、か――――かわいい~~~っ!!」」
篤の前にちょこんと立つ少女、いや幼女は、頭の上にチョンと跳ねるように結われた髪の毛に大きくクリンとした丸い目をしており、まさしく世の中の『妹』を体現したような女の子だった。
「紹介するぜ、俺の妹の『
「う、う――ういぃ~~~……!」
「「照れてるぅ~~~、かわいい~~~っ!!」」
恥ずかしがるように篤の服の裾を掴んで後ろに隠れる初がよっぽどツボだったのか、麻央も花梨も目をキラキラさせて初のことを見つめている……って、麻央もっ!?
あの前世では筋肉モリモリで身長2メートル越えのゴリマッチョの魔王が今や陶然としたような甘ったるく甲高い声で、小動物のように篤の後ろで震える少女を可愛いと愛でているだとっ!?
勇士は唖然とした表情で麻央を凝視してしまう、そしてそんな視線を感じたのか麻央はハッとした顔になると1つ咳ばらいをして佇まいを直した。
「えっと……篤くんには妹さんがいたのね、知らなかったわ」
「まあな。勇士は何度かウチに遊びに来てたから知ってるけど、初はウチの学校に入学したばかりの1年生なんだ。知らなくても当然だぜ」
「……あっ、ゆーしお兄ちゃんっ」
初は遅れて勇士に気付くと、篤の陰に隠れながらも勇士へと小さな手をヒラヒラと振ってくるので、勇士もそれに返すように手を上げた。
「ところで篤、初ちゃんがジャスティス団にどう関係するんだ? 入学早々で何かあったのか?」
「いや、本人に何かあったわけじゃないんだが、な。まぁ話を聞いてやってくれないか?」
そう言うと篤は後ろで恥ずかしがる初の両脇をガッチリと抱えて持ち上げると、こちらにやってくる。
「う、うぃぃいぃぃ~~~!!!」
「なあ初、この前兄ちゃんに話してくれたことを、もう1回ここにいるみんなにも教えてやってくれよ」
照れてジタバタとする初を押さえつつ、篤がそう言うと初はピタリと暴れるのを止めて少し項垂れた様になってしまう。
できれば話したくないことなのだろう、勇士はそんな無理に話させなくたってと篤に言おうかと思ったが、さすがそこは長年兄妹の関係を続けている篤だけあった。
「話してくれたら、そこの花梨お姉ちゃんが作ってくれたすごい美味しいクッキーを初にも食べさせてやるぞ?」
ボソッとそう口にすると、初の耳がピクリと反応する。
「甘くて、美味しいぞ……?」
「う、ういぃ~……! わ、わかった、はなす~!!」
初はそう言って大人しくテーブルの前に座ったかと思うと、テーブルの上のお菓子を素早く見渡してクッキーを探し始めるのだった。
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