第11話 輝羅々川――<愛すべきバカ>――
「さて、じゃあ話を聞かせてもらおうか」
放課後の教室に、諭すように優しい空気をまとった篤の声がよく通った。
終わりの会のあとに教室に残ったのは4人。
篤、勇士、麻央のジャスティス団のメンバー3人に加えてもう1人。
「う、うん……」
長い前髪から覗かせた潤んだ目で篤を見上げるようにして、オドオドとした様子が見た目通りに気弱であると裏付ける、同じ5年1組のクラスメイトの田中
「私、いつも休み時間には本を読んでるんだけど、今日の中休みの時間にお手洗いに行って帰ってきたら、いつも学校に持ってきている本が机の中から無くなってて……」
「ほう、それはどんな本なんだ?」
「これくらいの大きさの、ハードカバーで赤の背表紙をしている
そうして花梨がジェスチャーで空中に表したサイズはだいたい教科書ほどの大きさのもので、文庫本サイズのような小さなものではなかった。
「うーん、それは落としたりしたらすぐに見つけられる大きさだな。それが無くなるとは……事件の香りがするな」
「篤、おもしろがるなよ。田中は困ってるんだからさ」
さながら探偵のように顎へ手をやって不敵な笑みを浮かべる篤に勇士がそう
「おじいちゃんが亡くなる前に私にくれた本なの。同じ本ならいくらでも見つけられると思う、でも私にはあの本じゃなきゃダメなの……」
そう言うと花梨は目の端に涙の玉を作り始めてしまう。
「わ、悪かったよ。初めての依頼だからちょっと舞い上がってたんだ……」
そんな2人のやり取りにやれやれといった表情で1つため息を吐いた麻央が、慌てて言葉を繕おうとする篤を押しやって俯く花梨の前にしゃがむと、その顔を覗き込むようにして口を開く。
「中休みに入る前にはその本はちゃんと机の中にあったの?」
「うん。中休みの時、その本を読んでた途中でお手洗いに行ったから、お手洗いに行く前はちゃんとあったよ」
「じゃあ、やっぱりどこかに落としたとかそういう線はないな……」
勇士の一言に「そうね」と麻央が同意して頷いた。
「これは人の手によるものだと考えるのが自然だわ」
「……やっぱりそうなのかな」
花梨が再び悲しみを帯びた声で弱々しく呟いた。
「お手洗いに行く前まで確かにあった本が勝手に消えるわけがない。でもクラスメイトの中にそんなことをするやつがいるなんて考えるのは、俺も嫌だけどな」
篤はそう言うと腕を組んで考え込むようにすると続けて口を開く。
「とりあえず地道に、今日の中休みに田中の席に近づいた人を見た目撃者を探すしかないか」
そう言って2人を見る篤に、勇士は頷いたが麻央は違った。
「確かにそれは真っ当な方法ではあると思うけど、容疑者といったらアイツが一番怪しいんじゃないの?」
人差し指をピンと立てる麻央に、「アイツ?」とその場にいる3人は首を傾げる。
「
その言葉に「あぁ~」と勇士と篤は声を重ねて2人で顔を見合わせる。
「そういえば昨日はそれで大騒ぎになったもんな。主に佐藤の大活躍によって、だけど」
「昨日の件で懲りてるならそれでいいけど、そうじゃなくて逆にエスカレートする場合もあるからなぁ」
まだクラス替えもしたばかりで、篤も勇士も4年生の時から同じクラスだった生徒以外の人となりはまだ把握できていなかったが、それでも昨日の1件で輝羅々川が花梨の本を正面から堂々と取り上げるような問題行動を起こすやつだとは知ることができた。
性格の端々まで掴めている訳じゃなかったが、輝羅々川が犯人の線は充分にあると2人がコクコク頷くと、「そうでしょう?」と麻央はニヤリと口端を斜めに上げて、
「だから一応、呼んでおいたから」
となんでもないように言った、その直後。
教室のスライドドアがガタンッと乱暴な音を立てて開く。
「誰だこらぁぁぁぁぁああああああっ!! オレと決闘しようってやつはぁぁぁぁぁあああああっ!!」
麻央以外の全員が、一瞬ビクリとして肩を震わせる。
そんなドデカい声を上げながら教室にのしっと足を踏み入れたのは、まさに今この場の話の渦中にいたその人、輝羅々川だ。
手には何か紙のようなものをくしゃくしゃに握り締めていて、輝羅々川はこちらを向くとハッとした表情になって身構える。
「ま、まさかっ……! この決闘状をオレのゲタバコに入れたのはお前か、テンコーセーッ!!」
「そうよ。私よ」
どうやら輝羅々川が手の中でくしゃくしゃに握り潰しているそれは決闘状らしく、その誘いにまんまと乗って放課後のこの教室にやってきたらしい。
「ちくしょー……相手がテンコーセーだったとは……! 昨日お前に負けてから、オレはまだシュギョーが終わってないんだ……! だからまだお前には勝てないんだぞ……!?」
くぅっ! と輝羅々川は悔しそうに歯を食いしばるも、麻央はあっさりと「大丈夫よ、その決闘状は嘘だから」と言い放つ。
「なにぃっ!? ウソだったのかっ!?」
「ええ、嘘よ」
「じゃあいったいなんで呼んだんだっ!?」
怒るかと思いきや輝羅々川は意外にも頭の切り替えがはやく、すぐにそのように問いかけてくる……というよりかはどちらかというとこちらの言葉に対して裏表のない自然な反応をしているように勇士は思えた。
そんな輝羅々川に対して、麻央はキリッとした鋭い視線で問いかける。
「あなた、昨日田中さんの本を取り上げたでしょう?」
「ああ、それでお前とバトったんだ」
「ええ、そうね。実は今日も田中さんの本が無くなっているのよ」
「なにぃっ!? そうだったのか!」
「ええ。だからもしかして、今日もあなたが田中さんの本を取ったんじゃないの?」
「はぁ? それはいったいなんでだ?」
輝羅々川はポカンとした表情でノータイムにそう聞き返した。
そこには一切の動揺もない。
もっと何かしら不審な反応があるものだと期待していた麻央はちょっと驚いたように身じろぎをしたが、それでも続けて問い重ねる。
「なんで……って、昨日は取ったでしょう?」
「ああ、それでお前とバトったんだ」
「そうね。今日も田中さんの手元から本が無くなっているのよ。やっぱり今日もあなたが取ったんじゃないの?」
「はぁ? それはいったいなんでだ?」
「……昨日、あなたは田中さんから無理やりに本を取り上げたわ」
「ああ、それでお前とバトったんだ」
「そうね。それで私とバトったのは置いておいて、今日も田中さんの席から本が無くなっているわ」
「なにぃっ!? そうだったのか!」
「……今日あなたは田中さんから直接本を取り上げるんじゃなくて、田中さんが席を外している間に、その机の中に入った本を勝手に取ったんじゃないの?」
「え、なんでそうなるんだ?」
「いや、だから…………」
麻央は言いかけて口を噤むと、「ちょっとタイム」と片手で頭を押さえた。
「なんだか永遠にこの問答がループしそうな気がして……」
「ああ、聞いてた俺たちもそう思ってたところだ……」
篤は戦々恐々とした様子で輝羅々川を見やるも、当の本人は自分の受け答えになんら疑問は感じていないように、相変わらずのポカンとした表情で腕を組み首を傾げていた。
「もしかして、輝羅々川じゃないんじゃないか……?」
輝羅々川のその本当にわけがわからないといった様子は嘘を吐いて誤魔化そうとしている風には見えず、勇士は思わずそう口に出してしまう。
「今の言動を見てて、輝羅々川はバ――……こういった回りくどいやり方ができるタイプじゃない気がするんだ……」
少なくとも本を隠して困らせようなんてことに頭が回るやつではない、そう思って勇士が言った直後に麻央が「明らかにバカだものね」と言葉を上乗せする。
せっかく濁した言葉が台無しで勇士はガックリとくるが、幸い輝羅々川には聞こえていなかったようだ。
そもそも輝羅々川はここになんで集まっているのか、自分がなぜ呼ばれたのかもいまだにわかっていない様子で「もうオレ帰ってもいいか? シュギョーしたいんだ」という旨の発言を繰り返している。
篤も麻央も、決闘状に釣られてノコノコやってきた輝羅々川の姿と、あの問答の繰り返される様を見ていたからか、勇士に深く同意を示すように首を縦にした。
そんな折、「あの……」というか細い声が3人の後ろから掛けられる。
「私も、これは輝羅々川くんじゃないと思う」
花梨がオズオズと、しかしハッキリとした口調でそう主張したのだ。
「それは、どうしてだ?」
促すようにして篤がそう尋ねると、花梨はそれに従って言葉を続ける。
「4年生の時一回だけ、今回無くなっちゃった本も取り上げられたことがあるんだけど、『それは大切な本なの』って説明したら『そっか。それじゃあこれからは俺が取り上げてもいい本を持ってこい!』って言ってくれて、それ以来その本を読んでる時は取り上げなくなったから」
「いやそもそもなんで取り上げる前提なんだよ……」
「バカね」
「バカだな……」
勇士たちは輝羅々川の行動基準がまるで理解できずについツッコんでしまうが、それを気にせず花梨の話は続く。
「それに取り上げた他の本も授業前にはちゃんと返してくれるし、前に私がそれで指を切っちゃったときには保健室から絆創膏を持ってきてくれる、そんな優しいところもあるから……」
「ホントになんで取り上げるんだ……」
「ホントにバカね」
「ホントにバカだな……」
「うがぁぁぁあああっ!! おまえらバカバカうっせーーーっ!! それに田中もうっせーんだよっ!! イチイチそんなカコのこと言ってんじゃねーよ!! うっせーんだよっ!! もうっ!!」
花梨が話し始めてから、そこに自分の名前が出てきて自身の事が話されているのだと気付くと、輝羅々川は吠えて花梨に詰め寄った。
「お前は超バカなのかっ! なんでそんなことを今言ってるんだっ!? 実はウルトラバカなんじゃないのかっ!?」
「ごっ、ごめんね……? でも輝羅々川くんはやってないって思ってほしくて……」
輝羅々川のその顔は真っ赤でひどく恥ずかし気に勇士の目には映って、「ああ、そういうことか」と少し納得した。
つまり、花梨の本を取り上げるような真似をしてたのは、女子に対しての感情表現が苦手な輝羅々川にとって、好きな子に意識してもらいたいがゆえの行動だったわけだ。
篤も麻央もそのことにはすぐに気がついたようで、「はぁ……」と脱力したようなため息を重ねてこぼした。
「輝羅々川はシロだな……」
「そうね……」
しかしそうなると、やはり地道な目撃証言を集めるしかなくなるのだが……
だがそこで勇士の頭に閃きが
「なぁ、今日の中休みの時間ってどこにいた?」
よっぽど恥ずかしかったのか、いまだに「ごめんね?」と謝る花梨にそっぽを向くようにして窓の外へと視線を向けていた輝羅々川に勇士はそう尋ねると、まだムッとした表情をしつつも素直に答えてくれる。
「……オレはずっと教室にいたな。シュギョーについて色々と考えてたんだよ。そしたらスゲーメニューを思いついたんだが……もしかして聞きたいのか?」
「いや、それはいいや。ところでその考え事をしてた時は、もしかしてこの田中の席の方を見ていたんじゃないか?」
「ん? あぁ……そういえばたまたまオレの首がそっちの方にネジれてた気がしなくもないな」
やっぱりな、好きな子の姿というものは自然に目線が追ってしまうと聞いたことがあった。
しかし首が捻じれてたってどんな言い訳だよとは思ったが、話をずらしたいわけもなく勇士はツッコまずに先を続ける。
「中休みの時間中に田中以外の誰かがこの席に近づいたところを見てないか?」
「ん? ……ああ、そういえばいたな。なんか田中の机でガサゴソとやってたな」
「へっ? ガサゴソ?」
勇士がビックリしたように問い返すと、しかし輝羅々川は「ああ」と平然と言葉を返す。
「なんか机の中からなんかを引っこぬいて、ケラケラ笑いながらクラスから出てったぞ」
それって手掛かりどころか完全に犯行現場の目撃情報じゃん、と勇士が返そうとするとそれを遮るように、前のめりになって麻央が輝羅々川に詰め寄った。
「それ……間違いなく犯人じゃないのっ! なんで止めなかったのよっ!」
「なんでって……! なんだよ、オレ、なんか悪いことしたのか……!?」
急に強い口調になった麻央にのけ反った輝羅々川だったが、そこに篤が「まあ落ち着け」と仲裁に入る。
「佐藤、さすがにそれで輝羅々川を責めるのは酷だ。誰だってソイツが何をしているのかわからない以上は悪者だなんて決めつけられない」
「それは……そうだけど……」
もっともな篤の言葉に麻央は口惜しそうに押し黙った。
勇士はそれから場が落ち着いたことを確認すると、最も大事な1点を輝羅々川に問う。
「それで、ソイツは誰だった?」
「ああ、アレは――――――――――だな」
そうして輝羅々川が挙げた人物の名前を聞いて、4人は顔を見合わす。
「それはちょっと、難敵かもな……」
篤がポツリと呟き、勇士と花梨もそれに頷いたが、しかし麻央だけは違った。
普段となんら変わらぬ淡々とした口調で、
「犯人がわかっているなら私に作戦があるわ。大丈夫、私に任せなさい」
と言い切り、少し悪い顔をしてニヤリと笑った。
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