第10話 始動! ジャスティス団!
ジャスティス団が発足した翌日のことだった。
「みんな聞いてくれ!」
1時間目の授業が終わって弛緩した空気の流れる5年1組のクラスへと、篤の声が響き渡った。
するとすぐに、なんだ篤がまたおもしろいことを始めるのかと注目が集まる。
「今日から俺と勇士と転校生の佐藤の3人で、みんなの悩み事を解決する『ジャスティス団』を結成した! この箱を見てくれ!」
そう言って篤が掲げてみせたのは100均で売っているような、表に安っぽいデザインが施された小さめの木箱であった。
その上部にはぽっかりと小さな穴が空いており、側面には中身を取り出すために開け閉めができるようになっているのだろう、同じく100均で売ってるような小さな南京錠が掛かっている部分もあった。
「これはお悩み相談ボックスだ! この箱を相談室前に設置した机の上に置いておくから、何か解決して欲しい悩み事がある人は悩みの内容と名前を書いて、この箱の中に入れてくれ! 以上だ!」
篤は言うべきことは言ったという風な面持ちで勇士と麻央にアイコンタクトをしてニヤリと1ついたずらっぽい笑顔を作ると、木箱を持って教室を出て行った。
さっそく相談室のところに設置にいくのだろう。
(本当にすごい行動力だな、あいつは……)
勇士は感嘆のため息を吐くと2時間目の授業の準備を始めるが、しかし案の定、勇士は周りのクラスメイトたちから「今度は篤と何を始める気なんだ?」なんて色々と訊かれてしまう。
だが勇士自身、ジャスティス団には誘われて入っただけでどんな活動をすることになるのか正直よくわかっていないのだから、
―――――――――――――
給食を食べ終わったあと掃除を終えて、勇士は篤に引っ張られるようにして連れられて相談室前までやってきていた。
「さぁて、何か入ってるかな~!」
篤は木箱を持ち上げて、とてもウキウキしたような表情を浮かべている。
勇士はそんな子供っぽい表情を見せる篤を見て、少し肩を竦めた。
「いや、今朝みんなに言ったばかりだぞ? さすがにまだ誰も入れてないんじゃ」
「えぇ? そうか?」
「でも中休みがあったんだから、その時に誰かが来てる可能性はあるわ」
達観したような物言いの勇士の言葉に返ってきた答えは2つ。
1つはもちろん篤のもの。そしてもう1つは――
(――佐藤、麻央……!)
篤に引っ張られるまでもなく、声を掛けられただけで自主的にここまでやってきた麻央に対して、勇士は目を細くして「お前はいったい何を企んでいる」という疑念を込めた視線を送った。
しかしそんな勇士への返事はもちろんあるはずもなく、麻央の視線は安物の南京錠を外そうとしている篤の手元に注がれる。
カチリっ! と解錠の音が響いた。
そして木箱の側面を開けて篤が手を突っ込み――
「――ぎゃぁぁぁぁあああっ!!」
木箱に手を突っ込んだままの篤から悲鳴が上がる。
「っ!! どうしたっ!?」
「ゆ、勇士ッ! 手、手がぁぁぁあああっ!!」
尋常じゃない篤の悲鳴に、勇士はハッと勢いよく横を向く。
そこにいるのは苦しむ篤へ、まるで無機物でも見るかのような冷たい目を向ける麻央の姿があった。
「まさか――――魔王っ!」
勇士は条件反射的に魔王から飛び退き距離を作ると、腰に差している剣を抜こうとして「しまった!」と心の中で舌を打つ。
(クソッ……! 今の俺には剣が無いんだった! くそっ、なんでもいいから武器になるものを持ってきていれば……!!)
焦る勇士はただただ目の前に超然として立つ麻央の様子をうかがうしかない。
そんな緊迫感が空間を占める中、今まで表情を変えずに直立の姿勢を貫いてきた麻央が動き始める。
(仕掛ける気か……!?)
勇士はとにかく剣が無くてもある程度の対応が取れるように腰を低くして麻央の出方を待つ。
しかし、そこで麻央が向かった先にいるのは――篤。
「まっ、まさかッ!!」
コイツ、篤を人質にでも取るつもりか!?
しかし、勇士の予想に反して麻央は篤の手首の先が食われたままになっている木箱を両手で持つと、
「えいっ」
スポンッ! とそれを引き抜いた。
「緑川くん、なにをしてるの?」
「えっ? いや、驚くかな~と思ってさ。てへっ、バレちった!」
篤は先程まで木箱に食われていた手で照れたように後頭部をかく。
怪我ひとつない綺麗な手である。
「はっ? えっ? どういうこと?」
勇士は指先を篤へ、お悩み相談ボックスへ、麻央へと忙しなく行ったり来たりさせ、絵に描いたような驚き方をしていると、「はははっ、勇士ビックリしてやんのーっ!」と篤が笑う。
「木箱が襲ってくるわけないじゃんよー! ミミックじゃあるまいし。まさかホントに噛みつかれたとでも思ったのか?」
勇士はその答えにポカンとした表情を浮かべ、そして麻央へと顔を向ける。
「……ぷっ」
表情を変えることなく、わざと言葉にして噴き出した麻央が勇士を嘲笑った。
(――さ、佐藤麻央ぉー!!)
ただの篤のイタズラを麻央の悪行と勘違いをして、完全なる独り相撲を取ってしまったことの怒りと恥ずかしさが勇士の顔を真っ赤に染める。
完全に自分の思い込みのために何も言い返すことができず、どこにもぶつけることのできない感情にプルプルと身体を震わせていると、こんな状況を作った張本人である篤が「まあまあ、そんな気にするなよ」とどの口で言うのか勇士の肩に手を回して耳元でささやいた。
「しかし、やるな勇士。もう名前呼びにするなんて攻めてるな!」
「……は?」
「とぼけるな。聞いたぞ、『まさか――――麻央!』って言ってたぞ?」
「いやそれは麻央じゃなくてまお――」
とそこで勇士は危なくも口を噤む。
(ばかばか、ダメだろ篤に言っちゃ!)
魔王だ勇者だなんてのはこの世界じゃファンタジーの、作り話の世界の中だけのものなんだ。
「ま、『
ものすごく苦しい言い訳だったが、勇士はこの世界で生活して培った11年のボキャブラリーを絞るようにしてひねり出す。
「え、漢方薬のか? 風邪気味か?」
「う、うん……そんなとこ」
篤はそんな勇士の苦しい言い訳になんだかやけにニヤニヤとした顔で、「そうか、あんまり無理するなよ」と、それから「いや、『熱がある』って意味では事実でもあるな」なんてからかう口調で肩に回した手を外して、今にも顔から湯気の出そうな勇士を解放する。
「それで? お悩み相談ボックスの中には何か入ってたの?」
今まで勇士たちの何やらコソコソした様子を遠目から見ていた麻央がそう切り出すと、篤は得意そうな顔で折りたたまれた一枚の紙を指先に挟んで2人へと見せる。
「それは……?」
「1枚だけだが、入ってたぞ。これはきっと相談内容に違いない!」
そういうと篤はさっそくその紙を広げて目を通すと、「フム……」とアゴに手を当てて何かを考える表情になる。
「なんだよ? なにが書いてあったんだ?」
勇士はそう言って篤の横へ並ぶとその手元を覗き込んだ。
そこには細く丁寧な字で、
『大切な本を失くしてしまいました。 田中 花梨』
と1行だけ書かれていた。
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