第7話 正義の味方
どうにかして麻央に対抗できる手段を探さなくてはいけない。
学校の授業が終わり、勇士はそう焦る心に急かされるように下駄箱に直行して靴を取り出そうとしていた。
「ん?」
しかし、靴箱に手を入れたその時、カサリと手に触れる靴ではない何か。
靴の上に置いてあるそれを取り出すと、それは白い封筒だった。
封筒に宛名は無い。しかし、このシチュエーション……
これはもしかして――――ラブレターというやつなのでは。
勇士はついキョロキョロと辺りを見渡してしまうものの、特別に誰かの視線は感じない。
放課後すぐのこともあって下駄箱にはひっきりなしに生徒たちがやってくるので、ここでオチオチ封筒の中身を見る余裕はなさそうだ。
そう考えた勇士は一度下駄箱から離れて1階の男子トイレへと向かい、個室に入った。
(ちょっと困ったな……)
封筒を見て、ため息がこぼれる。
1日前の勇士だったならきっと胸がドキドキとして堪らないことだったろう。
だが今の勇士には、昨日の勇士とは決定的に異なる点があったのだ。
(俺は男と女、どちらが好きなんだろうか――)
手紙をきっかけにそれを考えてみれば、結構切実な問題に感じられる。
無論今の性別は男だが、前世の
そして残念なことに、
かつてレイシアだった時は男たちに言い寄られることもあったが、なによりも魔王討伐のための戦いを優先させてきたのだから、すべて考えもせずに断ってきた。
勇士はもう一度封筒に目を向けると、はぁと深く息を吐いた。
なにもかもが未経験な自分だからこそ、今ラブレターをもらったとしても俺はそれに対する答えをきちんと出せる気がしない。
(でもやっぱり向き合うことなく結論付けるなんて、せっかくこれを書いてくれた相手に失礼だ……!)
勇士は一呼吸置くと、「よしっ」と気合を入れて封筒を開き、中身を見た。
勇士へ
話がある。
放課後、相談室でお前を待っている。
必ず来い。
勇士の大親友 篤より
「――お前かよっ!!」
ついつい大きな声で手紙に対してツッコんでしまう。
隣の個室から「ひぃっ!」という声が聞こえて、勇士はつい驚かせてしまったことを壁ごしに謝ってから外へと出た。
確かにラブレターだなんて封筒のどこにも書かれていないし、完全に自分が早とちりではあるんだが……。
いやでも普通、たかだか呼び出しの手紙を下駄箱になんて入れないだろ!
勇士は疲れたようにため息を吐くと、しかしそれでも一応ちゃんと相談室の方向へと足を向けるのだった。
―――――――――――――
「おう、勇士。遅かったな? トイレでも行ってたのか?」
相談室のドアを開けると、部屋の中にいたのはまるでそこが自席であるかのように我が物顔で腰かける篤だけだった。
「うん、篤のせいでトイレに行く羽目になったんだよ」
「は? なんで俺のせいだ?」
心底わからないという顔をしてこちらを見返す篤に、それ以上話しても墓穴を掘って恥をかくだけだなと判断した勇士はそれには答えず、その代わりに別の疑問を口にする。
「篤、ここって勝手に入っちゃダメなところなんじゃないの?」
「ああ、まあな。でも今日は相談室は休みだから、誰も入ってはこないぜ?」
部屋の中の張り紙を見ると、確かに月・水・金の9時~16時が開放時間だと書いている。
そういえばどこかでスクールカウンセラーの人は週3日しか学校に来ていないと聞いたことがある。
今日は火曜日なので、通りで誰もいないわけだ。
「そうなんだ。それで、話って?」
「ああ、そうだな。その話をしよう」
篤は一呼吸置いて、指を組んで肘を机の上に乗せると重々しく口を開く。
「なぁ、勇士。この学校に『足りないもの』ってなんだと思う?」
「足りないもの……? なんだよ、藪から棒に」
「いいから答えてくれ。最近感じたこと、今思いついたもの、なんでもいいんだ」
足りないもの――勇士はとりあえず考えてみることにする。
最近感じた足りないもの、足りないことと言えば……。
「――真剣?」
「は?」
「い、いやなんでもない」
いったい俺は何を口走っているんだ……!
少女に転生してもなお体術に衰えの見えない元魔王の麻央に対抗するために必要な武器が足りないと思ったのだが、普通に考えて篤が求めている答えじゃないだろう。
それからしばらく考えを巡らせてみるものの、答えはまったく浮かばない。
そんな勇士に痺れを切らしたのか、それとも本当のところははなから答えを求めていなかったのかはわからないが、篤が切り出し始める。
「生きていく限り、生徒たちの悩みは尽きることがない。この相談室はそんな生徒たちの悩みの相談場所として設置されているわけだ」
「まぁ、そうだな。だから相談室なわけだし」
「そう。だが、あくまでそれは相談という範囲にとどまってしまう。この相談室で実際に悩み事はどれだけ解決できているんだろうか」
いまいち、勇士には篤の言いたいことがわからず、ついつい口を挟んでしまう。
「それはまあ相談した内容にちゃんとスクールカウンセラーの先生が答えてくれれば、解決したってことになるんじゃないか?」
「果たしてそれは本当だろうか? 世界には相談だけで解決できない悩みだってある。例えば、家庭内不和やイジメ、持病の悩み」
篤の口から急に飛び出した不穏な言葉の数々に、勇士はつい身体を揺らしてしまう。
「そういえば今日の昼もあったな。
「そうだな。まあ輝羅々川のように、バカみたいにわかりやすいのは解決し易いからまだいい方だ。陰湿なやり方をするやつだっていっぱいいるわけだしな」
身の周りでそんな話は聞いたことがなかったが、表立って聞かないからこそ水面下には存在しているのかもしれない、勇士はそう思って頷いた。
「だからな、勇士。俺は相談だけじゃ解決できない悩み事を解決する何かが、この学校には足りてないんじゃないかって思うんだよ!」
「そこで足りないものの話に戻ってくるのか。それで?」
「――だから俺たちで、作ろうぜ」
「――へっ? なにを?」
「だから、『相談だけじゃ解決できない悩み事を解決する』チームをだよ」
「……な、なんで?」
ポカンとした表情で返してしまう勇士だったが、しかし篤は不敵な笑みをこちらに向けたままだ。
「なんでって、そりゃあ『相談だけじゃ解決できない悩み事を解決する』何かが足りてないからだよ」
「な、なんで俺たちが?」
「俺とお前ならきっとできるからさ。『相談だけじゃ解決できない悩み事を解決する』ことがな」
「なんでそんなことがわかるのさ……」
「勇士、お前『なんで』って言葉好きだなぁ。ちなみに別に『わかる』わけじゃないぞ。誰もやろうとしてないから『やる』だけだ」
拳を勇士の眼前に掲げて「だろ?」と歯を光らせて言う篤に、勇士の口からはついついため息が漏れてしまう。
人一倍行動力のある篤は、たまにこういった強引なところがあるんだ。
ブランコがないと不満を漏らした1年生のために学校の一番高い鉄棒に縄跳び紐と図工室の板を使って作った簡易的なブランコをぶら下げて先生に怒られたり、おもしろそうだからと学校の階段を最上階から1階まで一気に降りれる滑り台を作ろうとして先生に怒られたり、輝羅々川とは違って意味での問題児なのだ。
まあ、やることなすことがおもしろいので、生徒たちからの人気はとても高いのだが。
そんな篤が今度はなんだって? 『相談だけじゃ解決できない悩み事を解決する』チームを作るって?
それってまるで――――
「一緒にやろうぜ、勇士。校内の平和を守る『正義の味方』をさっ!!」
そう言って、きらきらとした眼差しが勇士を覗き込む。
篤は一度決めたことを覆さない。
勇士は頭を押さえながら、なんとも面倒なことになりそうだと、もう一度深いため息をついたのだった。
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