第5話 頼りになる友人?

 赤色と白色の帽子の組が、石灰で引かれた白線を境に2つに分かれてワイワイ盛り上がりながらボールを投げ合っている。


 今は体育の授業中で、今日はドッジボールが行われていた。


 教室の男女を混ぜ合わせて3等分の組にした中で今は休憩中の組に所属していた勇士は、フィールドから離れた校庭のグラウンドに両手を後ろについて座り、ただ1点だけを見つめていた。


(――佐藤麻央)


 勇士がこうして頭の中でその名前を反芻はんすうするだけで、その胸の中はモヤモヤと曇ってしまう。


 そのモヤモヤの正体はもちろん、不安と疑念と憂鬱に他ならない。 


 そんな勇士の心を悩ませる当の本人、元魔王で現小学生の麻央は、飛んでくるボールを最小限の動きで避け、敵味方から必要以上に注目を集めないようなプレイをしていた。


 ただドッジボール自体で目立った活躍はしていないものの、動く度に揺れる二つ結びの長い黒髪やその美少女然とした動きに違う意味で男女両方の視線を集めている。


 本当に、アイツはいったい何を企んでいるんだ……?


 勇士は朝から悶々とした悩みを抱えながらも、他の授業中や休み時間の中でさえ麻央の行動を観察してきたが、今のところ別段怪しい行動はとっていないように思える。


 すぐに動く気はないということだろうか、そんな風に考えながら今も一挙一動を見逃すまいとして麻央の動きを目で追っていると、突然後ろから勇士の肩を叩く手があった。


「どうした勇士? なんだか眉間にシワが寄ってるぞ?」


「なんだ、あつしか……」


 勇士が振り返った先にいたのは同じクラスで、今は同じドッジボールの組でもある緑川篤だ。


 前の3、4年生の頃も一緒のクラスで、それからずっと仲良くしている友だちだ。


 ただ性格は勇士と大きく違っていて、篤は飛び抜けた行動力と底抜けの面倒見の良さからクラスを引っ張っていくリーダーのような存在で、実際に学級委員長でもある。


 勇士はクラスであまり目立つような言動をするわけでもないし、篤と出会った当時の3年生の頃はとある事情から特に心を塞いでいた時期でもあったため、目立たないに加えて暗い性格だった。


 そんな勇士と篤がなぜ友だちになったのか、実際に勇士自身にもわからなくて一度本人に聞いたことがあった。


 なんでも第一印象が弟みたいなヤツだったから、だそうだ。


 身長も体重もそれほど変わらないのにどうしてそう思ったのかはわからないが、内面にどこか頼りなさを見出したのだろう。


 篤には妹がいるから、そんな年下みたいに心もとない自分を放っておけなかったのかもしれない、と当時の勇士はそう考えるに留まったのだった。


 そうして友だちになった篤はそれからの勇士をグイグイと色んな場所へ引っ張りまわして、巻き込んで、否応なしに楽しい気持ちにさせてくれて、勇士の性格もそれにつられるように次第に明るくなっていったのだ。


「なんだとは失敬な、親友の俺が悩みを受け止めてやろうとわざわざ足を運んで来たっていうのに」


 やれやれ、という大袈裟なポーズをとって篤が隣に腰を下ろす。


「しかし、さっきから1点を見つめてボーっとしてるみたいだったぜ? 本当に何もないのか?」


 ふざけた様子を抑えて、少し真剣みを増した篤が再び問いかける。


 勇士はそうやって自分を心配してくれる篤に内心で感謝を送りつつも、しかし首を横に振って応える。


「……本当になんでもないよ。ただちょっと観察をしてただけで……」


 なぜなら篤に麻央の正体をバラすわけにはいかない。


 実はアイツの前世は魔王なんだ、なんて言っても信じるわけはないだろうが、しかしそれを伝えたという事実のみで篤を危険な目に遭わせる可能性だってないわけじゃないのだ。


 だから勇士は返す言葉を濁した――つもりだった。


「観察……? いったい何を――って、ほほぅ……」


 勇士の考えとは裏腹に、なぜか篤はしたり顔でそう頷いて、ポンポンと再び勇士の肩を小気味よく叩いた。


 そして白い歯をキランッと光らせながら、勇士に向けて親指を立てる。


「なるほどねぇ――勇士、お前あの転校生のことを好きになったのか?」


「――はぁっ!? いやいやいや、何をどう見たらそうなるんだっ!?」


「はっはっはっ……俺とお前の仲じゃないか、そう照れるなよ」


「いや、全然違うからさ……」


 勇士はあからさまに迷惑そうな顔を作って篤に向けると、篤は少し驚いたような、面食らった表情をする。


「そうなのか?」


「そうだよ」


「でも、それじゃあなんでそんなに転校生のことをジッと見てるんだ?」


 その質問に対する答えは勇士にとって非常に明確で簡単なものではあったが、しかし前世の事情など知らない篤に説明するのは少し難しい。


「それは……ただ、目を離せないってだけだよ」


「ほほう?」


 なんとかあいまいな言い方で誤魔化せないかと、勇士は言葉を濁しながらトツトツと話していく。


「見てないと危ないというか、危なっかしいというか……」


 いつ人間を生贄にした黒魔法を使うか分からないし、今だって突如として身体強化で普通の人間くらい破裂させてしまうほどのスピードでボールを投げ始めることもあるかもしれない。


「そうしていないと胸の中のこのモヤモヤした気持ちを膨らんでっちゃうんだよ」


 教室にドンと置かれたいつ爆発してもおかしくない不発弾から目を離すなんて、スリリング過ぎて俺の心の中の不安が先に大爆発してしまいそうになる。


「それに俺はアイツのことをもっと知っておく必要がある――いや、知りたいんだ」


 残虐非道な性格であることは充分に知っているが、それだけじゃ不十分だ。


 いったいどういう思考回路をしているのか、また今はどれほどの力を持っているのか、それにどういった弱点があるのかなどもできる限り早く知っておきたかった。


 監視し、情報収集を徹底する。そうすることで俺はこの平和な日々を、篤を含めたクラスメイトのみんなを――


「――守ってやりたいんだ……!」


 そう、この手で再び。魔王に侵略された前の世界の王国と同様に。


 守るべきクラスメイトたちの顔を思い浮かべながら、今のその胸の中の決意と同じくらい硬く、勇士は拳をギュッと握った。


 そう言い切って篤を見やれば、何や肩を震わせるようにして勇士を見ている。


「勇士、お前ってやつは……!」


 篤が感極まったような声を出した。


 そうか、篤。俺の気持ちをわかってくれたか……!


「そういうことだ、本当にそれだけだよ。だから好きとかそういうのじゃない」


「……勇士。お前は多分自分の気持ちに気付いていないだけで――って、これは多分ヤボってやつだな……」


「うん? なんだよ?」


「いや、なんでもないさ。忘れてくれ」


 頭を手で押さえて、熱を払うように篤はフルフルと頭を横に振った。

 

 たまに変な行動をするヤツではあるが、なんだか今日は一段と変さに拍車がかかっているような気がするなと勇士は首を捻る。


 そしてそれから篤は気を取り直したように俺の両肩に手を置くと、


「――だが、力を貸すくらいはいいハズだ。お前の胸に巣食ったモヤモヤに関するその1件、この俺にドンと任せておけ」


 と一言そう残すと「さて、どんな準備をしたものかな」と呟きながら1人でフラフラと歩いて行ってしまった。


 ――任せる? 何を……?


 4月のまだまだ涼しい風がグラウンドを吹き抜けて、素肌がさらされている部分が冷えて勇士は身体をブルっと震わせる。


 なぜか、胸のモヤモヤが増した気がした勇士であった。

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