第4話 悪夢

「貫けッ――<聖なる薔薇の一雫ティア・ドロップ・ローゼン>ッ!!!」


「――消えよ黒夜こくよに。理を屈する邪智なる神祖を我が身に――<光呑み込む大闇ダークネス・オーバロード>ッ!!!」


 勇士の目の前で、紅いオーラに包まれた1人の女剣士が一筋の光となり、魔王を中心として空間を吞み込むように広がる闇を切り裂いていく。

 

 ――俺はこの光景を知っている。


 ここは王国から西に数十キロ離れた孤島にある、魔王城の最上階。


 目の前の女剣士は帝国の各地で厄災をもたらした魔王軍四天王を倒し、とうとう魔王城へと乗り込んで、この最上階の玉座の間で魔王との一騎打ちに臨んでいたのだ。


 荒れ果てたその部屋にはもはや天井はなく、威勢よく雷の走る黒雲が間近に感じられる。


 紅い光の矢と化した女剣士が真横に一直線、闇の空間を飛び抜けてとうとう魔王の元へと辿り着く。


 突き出された剣があと少しでその胸へと突き立つ、そんな場面。


 しかし、俺はすでにその結末を知っている。

 

 その一撃はのだ。


 魔王の身体を覆った魔力障壁に阻まれて、闇を切り裂いて威力の細った一突きはキンッと軽やかな音を立てて弾かれる。


 ニヤリと魔王が口元を歪めた。


 ああ、そうだ。魔王には確か予知夢の力があるのだと誰かから聞いている。


 恐らく女剣士のその特攻じみた攻撃がそんな結末に終わることを、魔王もまた知っていたに違いない。


 だからこそ避ける素振りもないままに、わざわざ魔力障壁によって弾いてみせたのだ。


「くッ……!!」


 女剣士は屈辱に顔を歪めながら、力尽きた様にその膝を地面へと着けた。


 魔王が放った闇の魔法はそれに触れる魔力を根こそぎ奪っていく、まさにこの場においては正義を呑み込む悪そのもの。


 見下ろす魔王の視線の先で、女剣士は力なくその身体を伏せようとする。


 ――決着だ。


 魔王がそう確信して一瞬だけ気を緩める、しかしその間隙かんげきを女剣士は見逃しはしなかった。


 紅い閃光が2人を中心に広がったかと思うと、その光は魔王の身体を駆け抜ける。


「がッ……!!」


 光が止んだ時、そこに姿を現したのは背を丸めるようにして苦悶の表情を浮かべる魔王と、その胸に突き立てた薔薇の剣を支えにするようにして膝を着いている女剣士の姿。


 確かに女剣士の身体に纏う魔力は枯渇したはずだった、しかし彼女は倒れる直前に自分の残りの命の灯全てを、たったの一撃を実現するためだけの魔力に変えて、そうして放たれた最期の0距離攻撃が魔王へと炸裂したのだ。


 そして、女剣士は愛剣をグローツェスの胸に突き立てたままにして、とうとう地面へと倒れ込む。


 命を使い果たし、しかしそれでもまだなおその眼は生きている。


 なぜなら魔王の死を、消滅を、見届ける義務が彼女にはあった。


 女剣士は顔を上げる。


 魔王は――――しかし、倒れなかった。


 そして、その光景をただ見ているだけだった勇士の全身から、突如として嫌な汗が噴き出し始める。


 ――おかしい。


 魔王は仰向けに大字になったあと、確かに灰になって消滅したハズだ!


 なぜならあそこで伏せる女剣士は前世の俺レイシアなんだから!


 俺は魔王の死を見届けてから果てた、それだけは間違いない!


 それでも魔王は一向に倒れない。


 なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ!


「そんなの簡単さ――」


 魔王は目の前に倒れる女剣士などは気にも留めず、悠然とした振る舞いで勇士のいる方へと顔を向ける。


 勇士は絶句して目を見開いた。


「だって私は佐藤麻央なんだもの」


 ――その姿はいつの間にか、長い黒髪を二つ結びにしたツリ目の少女のものへと変わっていた。




―――――――――――――




「――――うぁっ!?」


 勇士は弾かれたように飛び起きて、忙しなくブンブンと顔を動かして辺りを見渡した。


 目に入るのは出しっぱなしにされている折り畳み式の机、教科書の詰め込まれた本棚、そして床に放り出されたランドセルなど。


 そこは先程の荒れ果てた魔王城などではなく、ただの4畳ほどの狭い部屋――勇士の自室だった。


 勇士が荒くなった息を整えていると、カーテンの隙間から膝元に僅かに差し込んだ光に気付く。どうやら朝のようだった。


「夢、か……」


 勇士はそう呟くと大きくため息を吐いた。


 とてつもなく嫌な夢だった。前世の俺は魔王の消えゆく姿を見て、責任を果たせたことに満足して逝ったはずだったのに。


 昨日転校してきた前世が魔王の少女・佐藤麻央に出会ってしまい、前世の記憶が一気に甦ってしまったことが相当な衝撃を俺に与えたのだろう。


 時計を見ると7時を少し回ったところだった。


 とにかく、学校に行かなくちゃいけない。


 勇士はトースターで食パンを焼いて食べて牛乳で胃へと流し込むと、ランドセルに時間割通りの教科書が詰まっていることを確認して学校へと向かった。

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