第3話 お前、魔王だろ
「――佐藤麻央。お前、魔王だろ」
「――ああ、そうだ。そういうお前は勇者・レイシア、だな」
教室から出て、階と階を挟む階段の折り返しのスペース。
勇士は自身が開口一番で放った質問に対して、驚くほどに素直な返事をされたことにむしろ動揺を隠せずに目をしばたいた。
「驚いたよ、レイシア。クラスを見渡してお前を目の端にとらえたその瞬間、かつての記憶が一気に甦ったんだ」
コイツ、あっさりと認めやがった……!!
口調も先程クラスの女子たちと話していた年相応な女の子の言葉ではない、感情の起伏を見せない淡々とした
しかし、『かつての記憶が甦った』とは。それはまさか先ほど麻央を見た自分と同じように?
――そんなこと、絶対にありえるはずがない。
前世で殺し合った因縁のある相手とたまたま同じ世界線の同じ国の同じ小学校の同じクラスに転校してくるなんてことが本当にあるだろうか?
いや、ない(反語)。
それっていったいどんだけの天文学的な確率だよ。
麻央が自身を魔王だと素直に認めるという予想外の反応によって与えられた衝撃から回復して、勇士は改めてそう結論付けた。
そして再び鋭く睨みを利かせて麻央へと問いただす。
「なぜ、ここに来た? 目的はなんだ? 俺がここにいるとどうやって知った?」
「いきなり質問が多いな……。第一、お前の質問に素直に答えてやる必要がどこにある?」
「ある。なぜなら答え次第では俺はお前を――」
「――殺す、か? 物騒なヤツだ」
麻央はフンッと鼻を鳴らすと口元に薄く笑みを浮かべた。
その仕草の1つ1つに前世の憎き魔王の姿が重なり、自然と奥歯を強く噛み締めてしまう。
「――それが嫌ならば答えろ。 改めて問うぞ? なぜここに来た? かつてお前を討った勇者の生まれ変わりである、今のこの俺の命が目的か?」
「違うさ」
「ならどうしてだ? やましいことがないのであれば全て答えろ」
「言ってもどうせ信じないのだろう?」
「それは聞いてから決める。さあ言え、早く言え、とっとと企みを吐いてしまえ」
「いや、もうそれ私にみがあると決めつけてるだろう……。まあ良い、それならば聞かせてやろう」
「…………!」
まさか、こんなにも簡単に答えるのか?
驚きはあったがしかし、それが罠の可能性もあると踏んで、勇士は気を張って後の言葉に備える。
「私がここに来た理由、それは…………」
「……………………!」
「――――パパの転勤だ」
――――は?
「――――はぁっ?」
「だからパパの転勤の都合だと言っているだろう。単身赴任は可哀想だから、家族そろってついてきたんだ」
淡々と言葉を続ける麻央に、勇士は絶句する。
答えの内容が罠の可能性は充分に考慮していた、いやむしろ100%罠だと考えていたと言っても過言ではない。
しかしその答えによって魔王の出方がわかるのであればそれはそれで良しだと思っていた。
だがそれ以上に今は――
「――パ、『パパ』だとっ!? ふざけてるのかっ!?」
「え? そこ? 『転勤などと嘘を吐きやがって!』とかではなく?」
勇士の叫びに、しかし麻央はパチクリと大きく丸くした目をしばたいて、驚きの表情を浮かべる。
そう、勇士とて転勤などという言葉を信じるはずもなかったが、しかし今はそれどころじゃないと勇士は寒気を感じたかのように自身の腕をさすった。
「いやいやいや、元筋肉ムキムキの強面魔王が言うに事を欠いて『パパ』だと!? あり得んわ、寒いぼが立つ!!」
「そんなこと言われてもな……。佐藤麻央として生まれてから、パパのことはずっとパパと呼んでいるんだが」
「やめろやめろっ! お前がパパなんて連呼するなっ!! 前世のお前の姿を知ってる俺からしてみたら今の光景は超絶気持ち悪いんだからなっ!!」
「そんなこと言われてもな……じゃあなんと呼べばいいというんだ……」
ゴツイ筋肉質の男が父親に向かって使いそうな呼び方なら例えば――そう。
「親父」
「親父……? 確かにそういう呼称もあるようだが、さすがに不躾過ぎないか? 小学5年生の娘が実父に用いるものではないんじゃないか?」
「じゃあ親父殿」
「それも……いや、いいだろう。もうやり取りが面倒くさい。これからパパのことは親父殿と呼ぶことにしよう」
麻央はやれやれと諦めたような深いため息を吐くと、こちらに背中を向けて上り階段に足を掛ける。
「もういいか? そろそろ授業が始まるだろう?」
「いや、待て。肝心なことが話せてない。転勤だと?」
「そこで話が戻るのか……。そうだ、親父殿の転勤だ。」
「ならお前は、本当にこれが全て偶然だとでも言うつもりか? 俺と転生先の世界がたまたま同じで、その上たまたま同じ小学校に来たと?」
「そういうことになるな」
「そんなこと信じられるものかっ!! これほどの超自然的なめぐり合わせ、現実にあるわけない!!」
「だからお前はきっと信じないだろうと言ったんだ。それに『現実は小説よりも奇なり』とも言うじゃないか」
「~~~ッ!! 第一、どうしてお前はそう簡単に受け入れられるっ!? お互いを世界の誰よりも憎しみ合っていた2人が、同じ世界で、学校で、性別が真逆で、歳も同じな小学生だぞっ!?」
「そんなの受け入れる他ないだろう? まったく捻じ曲げようのない事実なんだから」
他に返せる言葉が尽きて、勇士の喉がグッと詰まる。
「そろそろいいか? 初日から授業に遅刻して先生に怒られるなんてご免だからな」
なんだよ、先生に怒られるって。お前は元魔王だろう、先生を恐れる魔王なんて前代未聞だぞ。
そうツッコみたい気持ちは山々だったが、なんだか疲れて言葉がついていかない。
もう話は終わりだとばかりに階段を上っていく麻央を横目に、勇士は気を張っていた肩の力を諦めたように下ろして背中を壁にもたれさせた。
今の勇士にはこれ以上麻央を追求できる言葉が浮かばなかったが、しかし依然として疑ってかかってはいる。
ヤツは狡猾な魔王だったのだから勇士がいくら問いただそうとも簡単に口は割るまいし、第一、本当に企みがあるのかないのかなんてことはその胸のうちを直接見ることでもできない限りわかるものではない。
せめて証拠でもあれば別だったのだが、出会って1時間も経たない中ではそんなものがあるはずもない。
はぁ、とため息が勇士の口を突いて出る。
これからの学校生活は常に気を張る必要のある大変なものになるだろうと考えると、とてつもなく気が重い。
「――ああ、そうだ。これだけは言っておこう」
勇士はバッと声のした方向へと勢いよく振り返る。
「お前は1つ勘違いをしているぞ。レイシア」
階段を上り切った麻央が、勇士を見下ろす形でこちらを向いていた。
「……いったい何のことだ」
麻央がいったい何を言い出すのかまるで予想のつかなかった勇士は左足を前に出して腰を低くして警戒の姿勢をとる。
それは何が起こっても臨機応変に対応するために染み付いた前世の癖だ。
麻央はそんな勇士の姿を見止め、懐かしむようにフッと小さく笑うと背中を向ける。
「『憎しみ合って』などはいない。少なくともこちらは、な」
麻央はそれだけ言い残すと、さっさと教室へと戻って行ってしまった。
「……どういうことだ?」
まるで脈絡のない言葉に、勇士の頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。
と同時、キーンコーンカーンコーンと授業開始のチャイムが頭上で鳴った。
「うぉっ! やっばい!」
勇士は階段を2段飛ばしで駆け上がり、教室へと急いだ。
「絶対に、油断なんてしてやらないんだからな……!!」
ヤツは腐っても(美少女になっても)元魔王なんだ。
勇士は改めて決意を口に出し、対・魔王の心もちを確かにしたのだった。
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