第1章 元勇者と元魔王のアンマッチ・ランデブー

第2話 謎の転校生

 中条勇士。小学生として一般的な服装に身を包み、一般的な身長・体重をしており、特別な外見を持つわけでもなく、性格は率先して騒ぐようなタイプではないものの決して明るくないわけではない、人並みに友達もいる日常にごくありふれた普通の男の子。


 そんな勇士はここ、公立・仲良小学校の3階に位置する5年1組の教室で、自席に肘をつき、睨むような眼つきで窓側の奥の席へと顔を向けていた。


 1時間目の授業が終わった小休憩の時間、クラスはいつもに増してガヤガヤと騒がしい。


 それもそのはず、今日は転校生がクラスにやってくるという非日常的なイベントがあったからだ。


 そしてそれは勇士にとっても同じ――いや、おそらくこのクラスにおいて今日という日が勇士の人生において最もな1日になったであろうという意味においては、その非日常性はクラスメイトたちとは比にならないだろう。


 なにせ、今日という1日を境に、勇士はごくありふれた普通の男の子ではなくなってしまったのだから。


 今のこの世界とは異なる世界において、魔王を倒す役目を担っていた勇者であり、魔王軍を滅ぼすためにアリルメトローズン王国反攻軍を率いた女剣士・レイシア・クルヴァートリー、それが勇士の前世だった。


 勇士は朝の会の時間、転校生が現れた瞬間のことを思い返す。


 それは奇妙な一瞬だった。

 

 転校生のその姿を認めた瞬間にフラッシュバックのように自分の前世の経験や記憶が頭の中に流れ込み、そしてその転校生――佐藤麻央がかつて自分の世界を侵略した魔王・グローツェスだと直感することができた、奇妙な一瞬であった。


 その事実にしかし不思議なほどに混乱は無く、むしろとても素直に受け止められていた。


 そして勇士は次に、甦った記憶の中にある魔王・グローツェスのことを思い返す。


 グローツェスは我らがアリルメトローズン王国に、多数の魔族・亜人類からなる魔王軍を率いて攻め入るやいなや瞬く間に数多くの都市を堕とし、女子供に至るまで容赦なく殺戮の限りを尽くしたと言われている。


 その身長は2メートルを超すもので筋肉はムキムキ、頭に雄々しい山羊の角を生やし眼光はそれだけであらゆる生物の動きを止めるほど鋭いもの。


 そんな恐ろしい姿、そして残虐無比な所業の数々で以前の世界のあらゆる人々を恐怖へと陥れた、そんな魔王が今――


「ねぇねぇ、前はどこに住んでたのぉ?」

「髪かわいい~! 自分で結んでるの?」

「前の学校で彼氏いた?」


 キャッキャッ、ワイワイ、キャッキャッキャッ。

 

 佐藤麻央というとして、早速クラスの女子たちにキャーキャーと囲まれて引く手あまたの大人気っぷりである。


 それは勇士にとってなんとも倒錯的な光景だった。


 前の世界であれほどの人間を殺戮していた魔王が、今や女子小学生と和やかな会話に花を咲かせているなんて、いったいどういうことだ?


 いや、やはり確実になにかがおかしい。


 だいたいHRで顔を逸らすなどの妙な反応からしてあの元魔王もこちらの正体には気がついているはずなのに、なぜそんなにも平静を装って「前は静岡市の学校にいたの。彼氏なんていないわ」なんて周りからの質問攻めに受け答えをすることができるのだ!?


 そうだ、それはあまりにもおかしい。


 なにせ自分の前世の記憶が、佐藤麻央に出会ったというキッカケでいきなり甦ったこともおかしければ、かつての敵同士の転生先が世界も国も小学校も全て同じなんてありえないじゃないか。


 だからそう、きっと何か企んでいるに違いない。


 勇士はそう考えて、女子たちに囲まれる佐藤麻央の背へと狙いを定めて殺気を込めた視線を送る。

 

「――!」


 穏やかな教室の空気に不釣り合いな、しかし針ほどに細い剣呑な気配を、それでも明確にキャッチした麻央が顔だけをこちらに向けた。


 クラスの他の面々はそんな殺気に気付きもしない。


 充分な証明だ。やはりこいつは魔王で間違いない。


(――ついて来い。話がある)


 勇士が目でそう語って顎で一度廊下の方を差すと、麻央は勇士の考えを推し測るようにその大きな目を細める。


 それから勇士は返事を待たずに一足先に教室を出た。




―――――――――――――




「ここら辺でいいかな」


 階段の折り返しの場所、2階と3階を分ける中程の踊り場スペースまで来て、勇士は壁に背中を預けた。


 次の授業、2時間目が始まるまでの時間は短い。


 それゆえにその少しの休み時間を使って階段を昇り降りする生徒は少ないから、ここは包み隠さずの話をするには適した場所だった。


 さて、佐藤麻央が来たらまずどのように話を切り出すべきか。


 ド直球に「いったいお前はなにを企んでいるのだ?」と聞いてしまおうか。


 いやいや、狡猾さでも右に出る者はいないと謳われたあの元魔王が相手なのだ、そんなストレートで打ちごろな球はやすやすとバックホームに運ばれるに違いない。


 じゃあどういった変化球で攻めればよいか。


 そう考えるも、しかし勇士の思考は柔軟には働かない。


 というよりもあまりにも情報が少なすぎて、直球勝負以外に手段がない気もする。


 もっと頭の回転が早ければよかったのだが、勇士の学校での成績は中の中。


 前世に至っては幼いころから剣を振るう毎日だったので、考え事とはほとんど無縁の人生だった。


 そういえばかつての反攻軍の同僚たちにも散々に脳筋だとバカにされていたことを思い出してしまう。


 ムッとした感情が先に顔を覗かせるものの、しかしそれと同時に、転生してからの11年間すっかり忘れていた前の世界への郷愁のようなものが心に湧き上がってきた。


 前世の俺レイシアが魔王と相討って死んだ後も、彼らは果たして元気にやってくれているだろうか。


 みんな気さくでいいやつだ、血なまぐさい戦いが終わったあとは幸せな生活を送っていて欲しいものだが……。


 勇士は目を閉じて、今は遠いかつての世界へと想いを馳せる。


 ……。


 …………。


 ……………………。




「いや、おせえよっ!! はやく来いよ、佐藤麻央ッ!!」


 麻央が一向に勇士の元へと来る気配がないことに痺れを切らし、勇士が教室に戻るなり開口一番でそう声を張り上げると、麻央は一歩も自席から動くことなく未だ女子たちに囲まれて談笑しているところだった。


 ――ちくしょうコイツ、まったく来るつもりなかったなっ!!


 勇士が内心で歯嚙みしていると、瞬く間にクラスの女子たちからとてつもなく迷惑そうな視線が寄せられてしまう。


「中条くん、なんなの? 私たちは佐藤さんとおしゃべりするので忙しいんだけど」

「そうそう、急に叫んじゃって、"じょーちょふあんてい"なんじゃないの?」

「もしかして中条くん、佐藤さんに惚れちゃったとか? 一目惚れってやつ?」

「なにそれマジウケる!」


 麻央を囲むクラスの女子が容赦なく、あることないことを喚き散らして非常に面倒くさいことになっている。


 ちくしょうこれだから女子ってやつは! いや俺も前世は勇者で女だったから、わからんことはないんだけどね!


「――まあまあ、みんなそのくらいにしてあげよう?」


 しかし、そんな女子たちの野次のタイフーンが吹きすさび場を荒らしまくる中で、突如として、そしてまったく思わぬ方向から勇士に助け舟が出された。


「えぇと、中条――くん、だっけ? 私に話があるのよね?」


 その声は暴風の中にあって澄んで聞こえるようで、女子たちの甲高い声が一息に鎮まるものだった。


「佐藤――麻央……っ!!」


「それじゃあ早く行きましょうか。授業まで時間もそんなにないんでしょう?」


 麻央はそう言うと席を立ちあがって、睨みつけるような勇士の視線を真っ向から受け止めるのだった。

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