第四話 ちょっと待って


「急に後ろ向いた僕の方が悪いんだし」

「……すみません。ありがとうございます」

 

 薫は伏し目がちに陳謝した。

 すると、その時、路地に落ちた桜の花がやおら風にあおられて、二人の足元で薄紅色の渦を巻き、どこへともなく散り去った。

 

 風が吹いたせいもあり、彼の匂いは気のせいではなく確信に近くなっていた。

 間違いなくこの人は、佐伯堂に一度は来ているはずだった。

 薫が調香をした最初で最後のあの香は、本店でしか扱わない限定商品なのだから。


 けれども、あえて言わずにいた。

 薫は他に拾い忘れがないかを見て回り、彼から少し距離をとる。


 ともあれ『うちの商品、使ってくれてます?』なんて、わざわざ聞くのは不躾ぶしつけだ。

 聞きたい気持ちはあるのだが、贔屓にしている店の者から、『お客さん。うっとこの商品。使こうてくれはります? おおきに』なんて上機嫌で言われたら、自分だって不愉快だ。


 そうしてひと通り拾い終え、それぞれ腰を上げてみると、彼は平均身長のはずの薫が見上げるぐらいの長身で、薫はひどく驚いた。

 

 頭が小さいせいなのか、

 お互い屈んでいたからなのか、気づかなかったが、九頭身に近いはず。

 

 顎の尖った小さな顔に黒い髪。絹のように艶やかな肌や細い鼻梁。

 形のいい薄い唇。奥二重の凄いような切れ長の双眸が、生粋の都人であることを雄弁に物語っている。


「それじゃ、……すみませんでした」

 

 もしかしたら、いつか店で顔を会わせることもあるかもしれない。

 だとしたらいいなと胸を高鳴らせ、薫は会釈を残して去ろうとした。

 だが、彼は薫の肘を再び掴んで引き止める。


「……ちょっと、待って」

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