第四章 英雄は悲劇の結末を許さない Ⅰ


   1


 天照大神がゆっくりと、その瞼を静かに開ける。

 たったそれだけの動作で世界の常識が覆された。

 天照大神の背後に輝かしい『輪』が花開く。暈とも呼ばれるそれが展開されると雨雲は散り散りになり、夜空が瞬く間に赤い空へ変わっていった。

「なっ……」

 先程時間を確認した時は八時過ぎだったはずだ。夜明けにしては早すぎるし、日暮れにしては遅すぎる。

「もしかして、時間を歪めたとか……っ!?」

『阿呆。天照大神にそのような権能はない』

「じゃあ、何を、どうやって……?」

『日本神話の太陽と月は仲が悪い』

「?」

 悪魔は空を見上げる。黎明と黄昏が共存しているような赤い空。しかし、見渡してもその空に太陽は無い。

『故に昼夜の概念が存在する。太陽が昇れば月は隠れ、陽の届かない場所は夜となる。

 理屈は単純だとも言いたげに、その悪魔は鼻で笑う。

『太陽がどこにあるかなど関係ない。天照大神がいる限り、永遠に夜は来ない。ただ法則として、世界が神に追随するのだ』

 世界の都合に神は振り回されない。構造としてはむしろ逆。

 神の都合によって、世界は自在に歪められる。それは、数多の神話を少しでも読み漁れば見えてくる事実でもある。

「あれは……」

 ふと気付く。

 結晶の縁に沿うように、赤黒い筋が見える。それが、まるで白地の布に色水が染みていくように、じわじわとその面積を広げていた。

『侵食だ』

「侵食……?」

 言われてみればそのようにも見える。明らかに天照大神から生じているのであろうそれは、今もなおその範囲を拡大させている。不気味で禍々しくもあるが、確かにその様は侵食と呼べるだろう。

『あの結晶は言うなれば殻なのだ。他者を拒み、外界から隔絶し、自身の神ですら阻む心の壁の極地。莫大な力を前に拒絶反応として現出したものの、天照大神は神の質量で心ごと塗り潰そうとしている。神の裁きとは残酷なものだ。人間の魂が希釈されるのも時間の問題だな』

 希釈されたらどうなるか、とは聞かなかった。

 その選択も、手段も、神様らしいと言われたらそうなのかもしれない。

 猛獣を制することが出来ないのなら、その獣に食い殺されても文句は言えない。それは偏に、『出来なかったそいつが悪い』という話なのだろう。

(でも……)

 状況は最悪だ。

 タイムリミットは迫っている。このまま何もしなければ、終わりの時はすぐに来る。

 だから。

「契約、覚えてるよな。ルシウス」

『愚問だな。……言ってみろ』

「どうすれば良い。あれはどうやったら倒せる。何をしたら、陽依を助けられるんだ」

『…………』

 ルシウスは天照大神を見ながら目を細める。

 演算か、諦観か。

 答えはその口から発せられた。

『貴様には不可能だ』

「……っ」

『人間は神に敵わない。言わずとも知れた真理であるはずだが』

「…………」

 確かにそうだ。

 人間は神様には勝てない。想いでどうにか出来る存在なら、それは神などとは呼ばれない。

 でも。

「それでも諦められない。あいつをあのまま……勘違いさせたまま終わらせたくない」

 絶望していた。

 夢も希望も失って。大切な人を傷つけて、存在することそのものが間違いだったと考えて。

 少女はああやって、目の前で消えようとしている。

 それは。

 それだけは、もう二度と───。

「頼む」

 想いを力に変える何かが欲しい。

 想いだけではどうにもならないというのなら、その想いで結末を変えられるほどの何かが欲しい。

 きっと、召喚獣はそのために存在している。

 存在の根源───誰にでもある宿業を果たすため、届かない領域へ届かせるために獣は人に力を与えるのだから。


「俺の宿業ねがいを果たすために、お前の力を貸してくれ」


『では審判の時だ。貴様がそれを望むなら、その真意を問うとしよう』

 世界にノイズが走った。

 気付いた時には、悪魔の姿はあの時のものに戻っていた。

 白から黒に反転した目。真っ赤に燃える炎のような瞳。

 そしてやはり、一二ではなく一三の翼が展開される。

 全ての感性を刺激する、綯い交ぜの姿で。

『人間・神和終耶。貴様の真我を、起源たる宿業を我が前に示せ』

 少しの間を置いて、口を開く。

「……ヒーローになりたい。それは今も変わらない」

 理想を口にする。それで終わっていたら、今度こそ『獣』は少年を価値の無いものだと切り捨てていただろう。

「あいつはもっと笑っていられるはずだったんだ。普通に学校に行って、友だちを作って、色んな経験をして大人になっていく……そんな当たり前の未来が待っているはずだったんだ」

 だが、それはもう叶わない。

『貴様がいくら悔やもうと、その過去は変えられん』

 ただ無慈悲に告げる。

「そうだな」

 対して、神和の返答も短かった。

 それは単純に、『タイムマシンを使って歴史を改変したって未来は変わらない』という意味ではない。

 ここに『守れなかった神和終耶』がいる限り、その事実を無かったことには出来ない。購入した記録を全て消去したとしても、商品があれば購入した証明になるのと同じように。

 だが、少年は挫けなかった。

「それでも、未来なら変えられる」

 ヒーローになりたいというのは理想だ。理想でしかないのだ。

 では、その発端は?

 ヒーローがいれば、あの日の悪夢は起きなかった。だがそんな都合の良い存在はいない。だから自分がなってみせると心に決めた。それも決して嘘ではない。

 だが違う。それはあくまできっかけに過ぎず、少年の真意にはなりえない。

 ヒーローは手段であって目的ではない。目的を達するための分かりやすい象徴だっただけで、それは少年の本質とは違うものだ。

 目的と手段を履き違えるな。

 過ちをバネにして、前に進む力にしろ。


『───私が、いなければ良かったんだ。あの時、瑠璃ちゃんじゃなくて……私が、わたし、が……』


『───そうすれば、きっと。禍津鬼が誰かを傷つけることも、雉郷先生が倒れることも……あなたが、あなたがそうなることも、なかったのに……』


 あれだけは。

 あの言葉だけは、真実であってはならないのだから。

「いなければ良かったなんて、そうすれば救える命があったと思えるような世界なんて、受け入れられるわけがない」

 気付けば、それは言葉になっていた。

「俺は、俺の大切な人たちに笑っていてほしい。誰一人欠けることなく、この先もずっと」

 押し留めようとしても溢れ出していた悪意とは違う。まるでマグマが地表に噴出するかのように、心の底で眠っていた感情が剥き出しになって流れ出す。

「だから、無限の可能性を一つの悲劇に輻輳ふくそうする脚本なんて真っ平だ」

 ただ、それでも世界が言っている。

 神とやらが定めたシステムは、お題目にそれを掲げている。

 ───間違いを犯した人間は、須らく破滅へ向かうべきである。

「俺はそんなの認めない。人間でも、怪物でも、神様でも。誰であろうと許さない」

 それこそが原初の宿業。存在としての起源。

 今、この時、この場所で。その少年は自身の真我を知る。


「不幸に転がり落ちる人なんて見たくない。宿命の糸も、収束する非業も赦せない! それが俺の宿業こたえだ!! 召喚獣ルシウスッ!!」


 それを耳にして、『召喚獣』は豪快に笑った。

 本当に、心の底から。それだけを待ち望んでいたかのように。

『合格だ。貴様の答えは契りを交わすに値する』

 つまり。

『───承認。召喚士・神和終耶。我が名、汝の意を以て契りをここに。その意志を貫く限り、私は貴様の願いに呼応しよう』

「虚言の禁止も忘れるなよ」

『無論だとも』

 契約は締結された。『獣』の姿はそれを証明するかのように、再び二翼一対と黄金の目を持つ悪魔の姿に遷移する。

『求めるモノを思い描くだけで良い。さぁ、貴様の宿業を見せてみろ』

 胸の中央に拳を当てる。

 壊すための兵器はいらない。傷つけるだけの力も欲しくない。大切な人たちに笑ってほしいという願いを叶えるために、そんなものは望まない。

 悲劇を討てればそれで良い。邪悪を祓い、宿命を断ち切るやいばが欲しい。

 少年の手に光が灯る。彼の想いに応えるように、少しずつ輝きを増していく。

 ───その想いを形にしろ。

 ───進み続ける道を拓け。

 難しいことは何もない。ただ心の在り方を表すだけだ。


「───心銘、抜刀───」


 黎明の輝きを握り潰す。光は弾け、そこに真髄が現れる。

 海色の柄を持つ、一振りの日本刀。気付けば、腰には鞘が差されている。

『刀、か。それが貴様の求めた在り方なのだな』

 日本刀は戦いだけに用いる武器として扱われてきたわけではなかった。

 守り刀。或いは枕刀。

 生まれたばかりの子どもや花嫁、故人など。古来より、大切な誰かを守るために贈られる風習があったのだ。

 だから、神和終耶の想いはその形に象られた。

 殺すためではなく守るため。

 魔を祓い、悪しきものを断つために。

「行こう」

 短く、それだけ伝えた。

 悪魔は黙して姿を消し、少年は納刀して一直線に駆け抜ける。

 日本神話の主宰神、天照大神。

 その中央に眠る少女を目指して。


   2


 天照大神への道中は思いの外妨害らしい妨害はなかった。あの女神も何をするということもなく、ただ佇んでいるだけである。静かすぎて却って不気味に感じるほどだ。

 ビルも住宅も吹き飛ばされたためか、原形を保っている建物もない。危険な点を挙げるとすれば、瓦礫の上を走り続けなくてはならないため、足元が悪すぎる点か。

「ルシウス! それで俺は具体的に何をすれば良いんだ!?」

『結晶に触れて心の中に侵入しろ。拒絶されるようならこちらで道を繋いでやる。案ずるな、それで心が崩壊するような失態はせん』

「結晶に触れる!? どうやって!?」

 天照大神の全長は高層ビルに匹敵する。ただえさえ地表から数メートル浮いている上に、その足元はクレーターだ。爪先から地表まで一〇メートルはあるのではないだろうか。そこから結晶までの距離はあまり考えたくない。

『ククク、良いだろう。貴様の惨めさに免じて今一度象ろう。……ふむ、刻下ではこの程度か。しかし架け橋にするには充分だろう』

 言葉が終わると同時であった。

 振動とともに地面が割れる。

 そこから這い出てきた『それ』は細長く、四肢らしいものはない。地表に出てきた部分だけでも体長は天照大神より巨大であった。

 肉はない。その構造は骨格しかないように見える。半透明な何かで構成されたものが、天照大神を見下ろすように頭をもたげていた。

 得体の知れないそれは、表現するのであれば。

(蛇……? いや……)

『人間、それの背を伝って飛び降りろ。迷っている暇など無いぞ』

「迷いはないけど大丈夫なのか!? こんなバカでかいもの、敵だと思われて攻撃されても文句言えねぇだろ!」

『そうだな。神とはいえ周囲を羽虫が飛んでいれば鬱陶しくもなるだろう。敵視はされずとも、手で振り払われるくらいは想像がつく。現に奴はこれの頭蓋を破壊しようともしているのだしな』

 見れば、天照大神が右手を掲げている。その上に現れたのは、誰もが知る天体の一つ。

 即ち、太陽。

「なっ、おい! 不味いんじゃないかあれ!!」

『そう声を荒げるな。案ずるなと言っただろう? 焦らずとも、あの太陽は落とされんよ』

「何を、言って……」

『知れたこと。あの神に立ち向かっているのは貴様だけではないということだ。己の縁に感謝すると良い』

 首を傾げた直後であった。

 突如として光弾の連射が遠方から飛んできた。マシンガンのような集中砲火を浴びた太陽は、形成を崩し爆散する。

「まさか……」

 見覚えがあった。

 テレビや雑誌といったメディア越しではない。もっと身近で、しかも最近のこと。

 ある意味で馴染み深い。今まで散々拳を交わした彼らの顔が脳裏に浮かぶ。

 自分の縁に感謝しろと、悪魔は言っていた。

「まさか、あいつら!!」

 縁とは、何も友人や家族といった味方にのみ用いられるものではない。

 敵対して、喧嘩してばかりの相手であっても縁はあるものなのだ。


   3


 神和たちから数キロメートル離れたビルの屋上。そこで数人の男たちが大歓声を上げていた。

「やった! ちゃんと当たった!! 当たったぞお前ら!!」

「すげぇ……俺たちみたいな落ちこぼれでも神様の攻撃防げるんだ……。なんか新しい可能性を感じた気がする……!」

 大興奮の金髪パーマと黒髪モヒカンに対し、呆れるように息を吐いたのはタンクトップのスキンヘッドだった。とはいえ、冷静を装う彼の口端も嬉しそうに上がっている。

「そうは言っても位置調整専任が一人、着弾点の計算に天才を起用して、他全員の一点集中砲火でやっと通常攻撃をキャンセルできるくらいだけどな。まだエンドコンテンツのレイドボスの方が良心的なんじゃねーのか。なぁ?」

(正直、それだけで最高神の力を相殺できるとは思えんが……となるとあの女神、リソースの大部分を別のことに割いているのか?)

「大佐?」

「ん? あぁ、そうだな。……しかし、よくあの説明で理解できたな。我ながら情報の匿名性が高すぎてイマイチピンとこないと思うんだが」

「あぁそれな。少女漫画で見た」

 この範囲塾でやったところだみたいな調子であった。因みに、大佐が共有した情報はかなり限定的だ。前提として、神和と陽依の間に何があったのかは知らない。その上、名前も伏せたまま『仲の良い幼馴染の間で諍いがあり、それにより能力が暴走した』としか伝えていないのだ。にも関わらず、神和と陽依だと看破した上で(もちろん不良たちは二人の名前を知らないので、思い浮かべた人物が偶々正解だっただけだが)協力すると言い出した。夢見る少年の想像力は逞しいということだろうか。

(危険だって何度言っても折れなかったし、結局こうなってしまったが……まぁ、間違いだったとするには大きすぎる功績だな)

 同時に疑問もある。

 聞いた話ではこの不良は神和と喧嘩するたび、あの矢でコテンパンにボコされていたらしい。自業自得とはいえ、一方的に虐げられれば恨みの一つや二つを持っていても不思議ではない。大佐がわざわざ神和たちの存在をボカした理由もこれを危惧していたからだ。

「聞き忘れていたが、どうしてお前たちは協力を申し出たんだ? 実のところ、俺は逆恨みの可能性も視野に入れていたのだが」

「恨みはねーかな、トラウマはあるけど。むしろトラウマしかないけど」

 スキンヘッドの言葉を継いだのは監視役をしていた赤髪の不良であった。

「それに、一人を囲んで袋叩きしてる時点でこっちは端から悪役なんだ。それであーだこーだ文句つけんのはダセーだろ」

 他の不良も頷く。そうなって当然、とは思っていたらしい。分かっているならやめれば良いのに、そうしないのは彼らにもプライドがあるからなのか。

「確かに俺たちは口も悪けりゃ頭も悪いし、学校もロクに行かねぇで毎日喧嘩と馬鹿騒ぎに明け暮れるような落ちこぼれだけどよ」

 スキンヘッドは笑う。バカはバカなりに、守るべき一線があるのだと胸を張って。

「そんな俺たちでも、純情な想いを持った奴に邪な感情を向けるほど落ちぶれちゃあいねぇのさ」

(何でこいつらモテないんだ)

「ま! それはそれとしてあの兄ちゃんはムカつくからボコすけどな! チキショー純情美少女幼馴染とか羨ましーッ!!」

「「「「そーだそーだ!!」」」」

「だからお前らはモテないんだ」

 だが、それでも。

 彼らの引いた一線は、確かに超えてはいけないラインだろう。それを超えるものは、もはや人ではなく獣であり、擁護できないクズに成り下がるのは間違いない。

 だから、そんな彼らも守りたいと思った。

「ひっ、お、おい! 神様が、神様がこっちに矢を向けてるぞ!!」

 同じ轍を踏むことはないらしい。天照大神は、再び妨害されないために、神和たちよりも先にこちらを標的に定めたようだ。

「ど、どうすんだよ! 今からじゃ攻撃のキャンセルなんて間に合わねーぞ!?」

 どよめきが伝播している。あの巨体だ。無理もない。

「心配するな。俺がなんとかする」

 大佐が一歩前に出たことで、彼らは少し落ち着きを取り戻したようだった。

「なんとかするって……どうやって……」

「どうも何も、真っ向勝負こうやってだ」

 大佐が右手を掲げると、そこに巨大な雷霆が出現した。

 端から端まで一〇メートル以上の莫大な力の塊。近くにいるだけで痺れるような感覚が全身を走り、それが規格外のものだということを知らしめる。

「直視はするな。目が潰れても責任は取れんッ」

 天照大神がついにその矢を放つ。

 対して大佐も動いた。

 まさに一息。

 投槍のように、その雷霆を投擲する。

 放物線など一切ない。どちらも直線を描き衝突する。

 拮抗は一瞬。

 瞬きをすれば天照大神の矢を穿ち、雷霆はその神体に到達する。


 その直前で、巨大な鏡が現れ雷霆を反射した。


 一瞬だけ呆気にとられたが、即座に思考を切り替える。禍津鬼の時と同じ過ちを犯すわけには行かないのだ。

 跳ね返された雷霆は、確実にここにいる全員をビルごと蒸発させる。しかし、それほどの威力を相殺するには同等のものをぶつけるしかない。

 どちらにせよ、衝突は避けられない。そこから生じる衝撃波は、人間の体など容易く屋上の外に弾き出してしまうだろう。

 雷霆を相殺した上で、五人の不良に被害が及ばないようにする。

 そんな方法は、一つしかない。

「お、おい! 何やってるんだよ大佐!!」

 どうやら、自分の思惑に気づいたようだ。

「そんなふうに両腕を突き出したら、あの雷霆に腕ごと持ってかれちまうぞ!?」

 違いない。しかし、今の状況で雷霆を防ぐにはこれしかないのだ。当たる直前に、もう一度雷霆を出現させて受け流す。そうすれば衝突の衝撃波は起こらず、後ろで縮こまっている不良に及び被害は最小限に抑えられるはずだ。無傷とまではいかないが、軽傷で済むだろう。代わりに、この両腕は焼失するかもしれないが。

 後ろでやめろと叫ぶ声を聞きながら、大佐は先程の分析をしていた。

(あの女神、一体何をしたんだ……。鏡……反射? 何だそれは……いや、理屈は分かる。だが、何をどうやって!? !!)

 反応すらできないはずだ。雷霆が天照大神の矢を破った瞬間から対応するには、あまりにも時間が足りない。

 だが、雷霆は反射された。それは事実だ。

(……いや、そういうことか)

 ならば、考えられるのは。

。はは、流石神様。デタラメの極みだな」

 目の前が白く染まる。

 雷霆は目前まで迫り、そして。

「……ぁ?」

 想定していた衝撃は来なかった。

 目が眩むほどの閃光は一瞬で視界の外に消えていった。

 妨害したのは一つの影。

 ビルの下から跳んできたらしいそれは、回し蹴り一つで雷霆を逸らしたのだ。

「やべぇ……あの雷、直撃した山を消し飛ばしたぞ……」

「いや、じゃあそれを一蹴したあれは何なんだよ!! 紛うことなき化け物じゃねーか!!」

 不良たちが思い思いに叫んでいる。

 当の本人は目の前にいる。何も言わず立っているそれは、不良が言うように紛うことなき化け物だが、大佐にとっては親しみのある化け物だった。

 大きさは人並み。造形は女。武器らしい武器はなく、服装は黒を貴重とした和服。

 乱れた長い黒髪の間からは、不気味な顔が覗いている。

 つまり。


「鬼、女……?」


   4


 その骨の背を駆ける。

 天照大神は神和を見ていない。大佐の雷霆が跳ね返された時は肝を冷やしたが、それでも注意はあちらに向いた。周囲を飛び回る羽虫より、石を落としてくる鳥の方が目障りだと思ってくれたらしい。

 マシンガンのような光弾の連射は続いている。全て天照大神の頭部に向けて放たれているが、届くどころか全て反射されていた。どうやら雷霆がトリガーとなって、全ての遠距離に対し自動的に発動するようになってしまったらしい。

 しかし、大佐たちの目的はあくまで誘導だ。太陽の矢は大佐の雷霆が、反射された攻撃は受け流すことが出来る何者かが全て対応している。

 だから時間稼ぎは充分であった。神和はとうとう、天照大神の真上を取る。

 黄金の結晶は、もう半分も残されていない。

『私は精神世界まで同行しない。そこから先は貴様一人で進むことになる。あの人間を連れ戻すも、天照大神が肉体を掌握するも、全ては貴様次第というわけだ』

「あぁ、分かってる」

『では征け。今度は貴様自身の手で、天岩戸をこじ開けてくるが良い』

 飛び込む。

 高さとしては二〇メートル強。感覚としては七階建てのマンションの屋上から飛び降りるようなものだ。心臓が縮み、恐怖で絶叫しそうになるがそれでも意識を一つに束ねる。

 ズバチィッッ!! と。結晶から稲妻のような力の残滓が飛び散った。

 理由など一つしかない。


 神和終耶の右手が、黄金の結晶に触れたからだ。

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