第三章 少女は己の信仰に首を傾げる Ⅳ


   10


 大佐は寮の自室で静かに息を吐いた。視線の先はスマートフォンのチャットアプリ。送り主は神和だった。

「禍津神か。ただの固定シンボルだと思っていたんだがな……」

 人が畏れる天災の破壊力を忠実に再現する死の化身。だから災害同士では干渉しない。噴火の熱で氷は溶けないし、落雷が隕石に阻害されることもない。確かに、神と称するには充分だ。

 神ではないから禍津鬼と名付けたのに、これは一体何の皮肉だろうか。

「これはまた厄介な敵と出くわしたな、ナギ」

 念のため個人チャットに切り替えて確認したが、仲直りは出来ていないらしい。禍津神に邪魔されたのだから当然といえば当然か。

(……しかし)

 何か、どこかに違和感がある。少し視点を変えれば簡単に分かるようなものが、見えていないような気がしていたのだ。

(前提が違う……? 大神陽依と禍津鬼は関係なく、路地裏の件はただの偶然なのか?)

 いいや、だとすれば路地裏の出現場所はもっと乱雑になるはずだ。それに、これはあの理事長が直々に調査を依頼した案件。どれだけ腐っても理事長は一人の教師だ。子どもに解決できないことを押し付けはしない。

(禍津鬼が大神陽依を追っていたとして、何故学園に出現しない? 寮もそうだ。『匂い』や『痕跡』なら路地裏よりも濃く残るはず。力を使わなければ感知できないのだとしても一切出現しないのは妙だ。……人が集まるところは情報が混ざって正確に判別できないのか? いや、それも無いな)

 即座にその可能性は切り捨てる。根拠は単純。路地裏でもそういう場所はあるからだ。

 路地裏の中には不良が屯する一定の領域がある。大佐にとってはあまり縁のない場所だが、そういうポイントがあることは手元にある一つの資料が教えてくれた。

「まさか、ナギの『路地裏伊能大図』がこんなところで役に立つとはな……」

 その名前を出して、止まる。

「……………………………………………………………………………………ナギ、だと?」

 証言が張り巡らされたマップを俯瞰する。

 点々とした被害現場と、今まで聞いた証言を照合していく。

「……まさか」

 禍津鬼が出現した場所は、陽依の行動順路と一致する。それは神和と本人の口から聞いたのだから間違いない。

 ではなぜ、あの少女は路地裏に出向くことになった?

 なぜ、本人だけではなく神和や雉郷先生までそのことを知っていた?

 逢引なんて浮ついた事情ではない。あの二人はそんなことで路地裏に行っていない。そのような理由では、火柱が目撃されるのはおかしいのだ。

 あの二人が路地裏にいて、雉郷先生も把握する火柱が目撃される理由なんて一つしかない。

 禍津神の一件でもそうだ。陽炎状態の時、禍津神は陽依ではなく神和を狙った。自分の元へ引き寄せたのも神和だけで、陽依にはノータッチだ。本当に禍津鬼らの狙いが陽依なら、そこまで執拗に神和を狙う必要はない。

「……違う、のか」

 着眼点が正しいのだとすれば、間違っているのは結論の方だ。現状、神和たちが出した結論は禍津鬼が大神陽依を狙っているということ。それが、もし間違いなのだとすれば。

 いいや、そもそもとして。

 禍津鬼が誰かと敵対しているという考えそのものが間違っているのだとすれば。

(……落ち着け。焦ると視野が狭くなる。焦って何かを取りこぼすのはもうごめんだ)

 ───例えば、路地裏や人目につかないような場所に禍津鬼が溢れたら。

(当然、そこに屯する不良は表に出ざるを得なくなる。わざわざ路地裏なんか選んで喧嘩してるんだ。表に出たら喧嘩なんて出来ない。特に、召喚士が多くいるこの辺りでは)

 それで得する人間は?

 不良の喧嘩が不利益だった人間は?

「…………」

 ───不可解である点はもう一つ。会議中のルシウスの言葉だ。神和の召喚獣はその契約により嘘をつけないと聞いた。だとすればおかしい。もし、禍津鬼が大神陽依を狙っているという仮定が間違いならば、あそこで『その推測に間違いはない』とは言わないはずだ。あの時はルシウスもそう考えていたのだとすればそれまでだが、禍津鬼の特性を正確に見抜く知性と知識があるのにそこだけピンポイントで見誤るのはしっくりこない。

 そして、あの中で一人だけ陽依の言葉に怪訝な顔をした人物がいたはずだ。

「……………………」

 例えば、畑に発生する害虫を駆除するために、それらを餌とする益虫を放つことで植物を守る手法がある。ルシウスの『人間もよく使う手法』が、これを指してたのなら。

 そして、極めつけは禍津神の行動。

 そもそも、禍津神はどのタイミングで現れたのか。

 あれだけお膳立てして背中も押したのだ。神和終耶は、そこまでされて日和るような男ではない。だから、二人きりになった時に神和がしようとすることは簡単に想像がつく。

 なのに、未だに仲直りができていない。

 だとすれば、乱入したタイミングはその言葉を口にする前か、返答をする前ということだ。

 もし、そのタイミングに意味があるのなら。

 神和の謝罪を成立させたくない人物がいるのなら、それは───。

「…………………………………………」

 ゆっくりと、視線を一つの資料に向ける。

 記載されているのは最初の目撃証言。しかしそれは禍津鬼としてではなく、『死神の使徒』と呼ばれていた時代のものであるが。

 その日付は、一年前の四月七日。

 私立明星魔導学園の入学式は四月六日。その翌日は、新入生が召喚魔術を行う一つのターニングポイントでもある。

(……これで、全て説明がついた)

 目撃と襲撃の時期のズレも。ルシウスが告げた『言い得て妙』の意味も。あの異常なまでのスペックも。

 出したくない結論だった。

 出来れば否定したい答えだった。

 しかし、納得できる解だった。

「───この騒動の、犯人は……」


   11


 梅雨明けにはまだ早い。だから、突然降り出した雨にも驚きはなかった。雨が窓を叩く音が夜の職員室に響く。

 コトン、と雉郷先生は口にしていたマグカップを置いた。職員室で一人、次回の授業に用いる資料をまとめていたのだ。

 あれからというもの、陽依のあの目がどうしても頭から離れなかった。

 だから、いつもならすぐ終わるような作業でもここまで時間がかかったのかもしれない。

「…………」

 それから、そもそもの原因は何だったのかという思考に行き着くのに、さほど時間はかからなかった。

(まぁ、これに関しては考えなくても分かりますが)

 彼女たちをちゃんと見ていれば、雉郷先生ほど付き合いが長くなくとも気付けるだろう。おそらく、あの大佐も分かっていたはずだ。

 神和終耶。彼との間に何かがあったのは間違いない。もっと言えば、神和側に非があるところまでは確定か。

(しかし何が……)

 パソコンをシャットダウンさせ、戸締まりの確認をすると職員室を後にする。

(おそらく、あの子と喧嘩をしたのは昨夜。あぁでも、彼への感情に少し変化が見られたのはもう少し前でしたね。確かあれは……)

 そこから更に、六日前。

「…………………………………………………………ぁ」

 何故気付かなかったのか、だなんて問答している場合ではない。

 その日を思い出して、繋がる。

「もしかして……いや、でも……そんな、はずは……」

 否定したくとも、情報は既に連結を始めていた。

 その日は、二人にとって重大な出会いがあった日のはずだ。

 その出会いは、一人にとっては今の停滞を突き崩し、もう一人にとっては心の安寧を脅かすものであったはずだ。

 それが、発端なのだとすれば。

 抑えきれなくなって、感情が溢れ出していたのだとすれば。

「ッ!!」

 気付けば駆けだしていた。荷物は使い魔に預け、学園を無我夢中で飛び出した。


   12


「……雉郷先生」

 雨の中で、その少女は佇んでいた。

 暗闇のあちこちで『影』が泡立っている。あれが、大佐が言っていた禍津鬼が発生する前兆か。

「はぁ……はぁ……っ、大神、さん……っ」

 荒い呼吸を落ち着かせる。

 間違いであってほしかったが、どうやら嫌な予感というのは往々にして当たるらしい。

「先生が聞きたいことは、なんとなく分かります。どうやら、そういうことみたい……ですね」

 召喚獣の力が反転して発現するという事実は確認されている。あの学園にも、そういった生徒が在籍していることも。

 曰く、

(宿業を知りながらそれを諦めた状態、でしたか)

 能力発現の仕方にはパターンがある。

 通常発現、逆凪さかなぎ発現、不発現の三つ。もっとも、不発現は特定の生徒にのみ見られたもののようだが。

 その中で、最も危険だとされている状態がある。


 それは、正負の力が同時に発現すること。


 理由が未だにはっきりしていないため、公然の事実にはなっていない。

 一説によれば、それは術者の中に相反する強い感情が同時に存在している状態であり、どちらかに傾かせなければ自我の崩壊に繋がりやすいからだとか。

 そして、泡立っていた『影』が禍津鬼として形を成す。

 動きは俊敏で、あっという間に雉郷先生の周囲を取り囲んだ。即座に重心を落とし、自身の武器である『槍』を出現させる。槍に纏う雷が禍津鬼を牽制し、一匹たりともその場から進めない。

「これが禍津鬼ですか。生で見たのは初めてですが……」

 鼻をつく死の匂い。周囲を取り囲む禍津鬼からは、どれも命を簡単に屠る『可能性』を感じる。

「……………………」

 手の中にある槍の感触を確かめる。

 雉郷先生の能力に魔を祓う力はないが退治は出来るはずだ。

 しかし。

(あぁ、なるほど……)

「先生……?」

 槍を仕舞う。

 退治は出来る。

 自分を取り囲んでいる、密度が薄い禍津鬼を倒すことなど造作もないだろう。

 しかし、だ。

(そういうことだったのですか。少々癪ですが、あの子達を想うなら、そうすべきなのでしょうね)

 抵抗をやめた。

 戦うことを放棄した。

 それを、陽依も理解したようだった。

「ダメっ、逃げてください先生! 今の私じゃ禍津鬼を抑えられませんっ!! だから!!」

「えぇ、でしょうね。分かっています。……陽依ちゃん」

 生存を諦めるわけではない。

 だが、自分の命を使って生徒の未来を守れるのであれば……それは、吝かではない選択だった。

 雉郷先生は祈る。ただ静かに。

 どうかこの選択が、より良い未来に繋がりますように。


「ちょっと痛いでしょうが、ちゃんと我慢するのですよ」


   13


 雉郷先生の言葉を聞けたのはそこまでだった。

 次に目に映ったのは赤。

 バケツの中身をひっくり返したかのような水音と、嗅ぎ慣れない鉄の匂いが鼻孔をつく。

 周囲を取り囲む禍津鬼によって胴体を貫かれ、その小さな体は力なく揺れていた。

「ぁ……、っ…………ぁ…………」

 禍津鬼が音もなく消え、支えを失った雉郷先生は地面に落下する。

 ぐしゃ、と。まるで熟れたトマトでも落とした時のような湿った音が聞こえた。

「……せん、せい……? どう……して、そんな……」

 そして、どうやら。


「陽依?」


 世界というものは、間違いを犯した人間にとことん厳しく出来ているらしい。

 走ってきたのだろう。彼はスマホを片手に肩で呼吸していた。そしてすぐに、血の海に倒れる雉郷先生に気付く。

「……ぁ…………」

 カタン、と。神和が手にしていたスマホが地面に落ちた。その画面から漏れる光は心許なく、この場の闇を照らせない。

「な、んで……か、さ───…………」

 腕の中で冷たくなる雉郷先生を抱きかかえる。

 その体に力はない。普段見せる強かさも、その裏にある優しさも。血とともに体から出ていってしまったかのように。

「……………………………………何が」

 神和が見上げる。

 その場にいて、事の顛末を知っているであろう少女を。

「何が、あったんだ……どうして雉郷先生は、こんなことに……」

 能力の一端が暴走した。

 雉郷先生は気付いていながらも、止めることなく攻撃を受けた。

 自分は、雉郷先生に手をかけてない。

 事実で言えばこうだ。だが真実は違う。

 だから。

「……黒幕登場~、みたいな? 驚いた?」

 その状況に似つかわしくないほどの笑みを浮かべる。空虚で、何の感情も感じない、仮面のような笑顔を。

「そう、禍津鬼を生み出していたのは私なの」

 軽く、薄く。ただ語る。

「全部、嘘だったんだ。頭脳明晰? 文武両道? みんなが頼りにするクラス委員長? そんな大神陽依なんて、最初からどこにもいなかったんだよ。これが本当の私なの」

 剥がれていく。

 剥がしていく。

 隠す必要がなくなったから、少しずつ。

「……何で、こんなことになっちゃったのかなぁ」

 降りしきる雨空を見上げた。

 血も汚れも流してくれるのに、その背にある罪は流してくれない。

「私じゃあなたを助けられなかった」

「…………ぁ」

「私じゃあなたと肩を並べられなかった」

「待て、違う! 俺は───!」

「でも、きっとそういうことなんだよね」

 だから。

「心のどこかでは分かってた。分かってたけど、分からないふりをしてた」

 少年だって言っていた。

 あの時、誰も助けてはくれなかった。

 ヒーローが颯爽と現れて、彼女を守ることは出来なかった。

 少年が拳を血に濡らしても、止める人間はいなかった。

 だが、それでも。

 一人だけいる。

 それさえいなければ、最初から悲劇なんて起こらなかった人間がここに。

「私が、いなければ良かったんだ。あの時、瑠璃ちゃんじゃなくて……私が、わたし、が……」

 続けろ。

 続けろ。

 誰のせいでこうなった。誰がこの惨劇を生み出した。

「そうすれば、きっと。禍津鬼が誰かを傷つけることも、雉郷先生が犠牲になることも……あなたが、あなたがそうなることも、なかったのに……」

 最初から、間違えていた。

 あの日。

 少年が自分を見つけてくれた日。

 初めてで、嬉しくて。暗闇を照らしてくれた彼の隣にいたくて。そんな彼と一緒にいれば、何か変わるかもしれないと夢想して。

 ただ、それが間違いだった。

 夢を見てはいけなかった。

 希望を抱いてはいけなかった。

 運命だなんて、思ってはいけなかった。

「私はただ、あなたの隣にいられれば……それで良かったのに……」

 何かが自分を覆っていく。

 パキン、パキンと。砕けるように響く音。それに反して現れる、少女の体を蝕む結晶。

 黄金色の、琥珀のような結晶の中に、大神陽依は消えていく。

 ずっとずっと、間違えてきた。

 精算の時が来たのだ。

 借金はいつか返さなければならないのと同じように、幸せを前借りしていたから、世界がそれを取り立てに来た。

「待て、やめろ……おい! お前まで……お前までそっちに行くな! 陽依!!」

 少年が駆けてくる。

 手を伸ばしてくれる。

 どこか嬉しい一方で、視界の端の恩師を見た。

 彼が自分を勘違いさせるたびに、この悲劇は繰り返されるだろう。

 因果は巡り、こうやってまた帰ってくる。それが少年から大切なものを奪っていく。

 大神陽依では、そんな彼の心を晴らせないことをもう知っていたから。

 あぁ、だから。やっぱり───。

(私は、いてはいけない存在だったんだ)

 せめて。

 せめて、彼がこれ以上何かを背負わないように。

 誰にでも手を差し伸べる彼が、自分を忘れて前に進めるように。

 今は、笑って。


「ごめんね」


 少女の希望は失われ、己を律する枷が砕け散る。

 故に。

 結晶の完成とともに、それは世界に降臨した。


   14


 絶大な衝撃が波となって周辺を吹き飛ばした。

 アスファルトを砕き、ビルも住宅もなぎ倒し、巨大なクレーターを形成する。

 しかし、それは余波でしかなかったのだ。

 中央に浮かんでいたモノは、黒く長い髪を下ろした女だった。

 全長は高層ビルほど。身に纏う服は巫女服に見えるが、違う。紅白を基調としたその衣の縁には、稲を模した金色の刺繍が施されている。

 頭に太陽を模した冠があった。首には幾つもの勾玉が通された首飾りをかけており、周囲を複数の鏡が漂っている。腰には二本の太刀を佩いていたが、うち一本は鞘だけのようだ。

 そして、何より目を引くのは胸の中央にある黄金の結晶。その中には、神和がよく知る少女が眠っている。

「何だ、あれ……」

 気のせいだと否定して、それ以上の理解を拒む。

 その顔立ちに幼馴染の面影があることも。日本神話に登場する女神を連想させるのも。出現した場所もタイミングも。

 全部、全部、全部。

 だから───。


「───目を逸らすな、神和終耶」


 否定するな。拒絶するな。受け入れろ、あれはお前が引き金を引いたものだ。

 頭の中で言い聞かせる。

 思考は止めさせない。向き合うと決めたのだ。だから、逃げることなど許さない。

『驚いたな。あれを見て貴様は理解を放棄するとばかり思っていたのだが』

「結構ギリギリだよ。気を抜いたら叫びだしたくなるくらいには。でも、ここでまた感情に負けるわけにはいかない」

 冷静を装ってはいるが、実際に神和の心はギリギリなのだ。それは、溢れ出る感情を理性で叩き潰していると表現できるほど。だが、ギリギリでも良いから踏みとどまれる理由があった。

 悪友に背中を押してもらった。後輩には励ましてもらった。恩師の想いを無駄にはしたくなかった。

 だから、喚く感情を『でも』で叩き潰す。『だからこそ』で理性を結ぶ。

「ここまで来て目を逸らすのは、あまりにも無責任だから、こうやって意地を張ってるんだ」

『……ほお。ならば貴様は、その責務を果たすために立ち向かうわけか』

「それだけじゃない」

 陽依の言葉は、どれも神和が気負わないようにするためのものだったのだろう。最初の黒幕のような言動も、最後の謝罪の一言も。神和が後腐れなく忘れられる、そんな『大神陽依』になろうとした、継ぎ接ぎだらけの仮面だったのだろう。

 怒りを通り越して笑えてくる。

 その程度で忘れられるほど、大神陽依は軽い存在ではないというのに。

 だから。

「伝えたいことがある。伝えなくちゃいけないことがある。謝らなくちゃいけないのは俺の方なんだ。そして何よりも───」

 真っ直ぐ見据える。

 結晶の中に、涙を流す少女の姿が見えた。

 どうしても受け入れられない。

「あれが大神陽依の最期だなんて、俺は絶対に認めない」

『では復習の時間だ、人間』

 ルシウスは笑っていた。

 佳境に入ったスポーツの試合でも見るかのように、傍らの悪魔は愉しげであった。

『人の身では召喚獣を抑えきれん。だからこそ統率し、制御する意志が必要なのだ』

 喩えるならば操縦桿。

 己に宿る力、宿業に基づいた意思のままに導く制御盤。

『獣の力は召喚士の宿業と信仰に起因する。宿業が内なる獣を司り、信仰がその手綱を握る。しかし、そのどちらも手放す時が人間にはあるのだ。もう想像がつくだろう? その縛鎖が尽く千切れた時、そこに繋がれた獣がどうなるか』

 宿業も信仰も、心を形成する要素の一つだ。それを完全に手放すということは、自我が崩壊することを示している。

 宿業を見失い、信仰は虚空に呑まれ、真我を埋没させた先。

 それは、つまり。

『あれが答えだ』

 そこに凛然と佇む存在は、立っているだけでやっとの威圧感を放っていた。

 それは、太陽を神格化したものと謂われる最高神。

 それは、皇族の祖先とも伝えられる皇祖神。

 三貴子の長子として生まれ、神々が住まう高天原の頂点に君臨する主宰神と記される者。

 即ち。


 召喚獣・天照大神。


 神代を制する召喚獣が、召喚士の意に反して人の世に降臨していたのだ。

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