第一章 悪魔は荒唐無稽の正義を嗤う Ⅱ
3
ということでコンビニの前で待っていた。雑誌の立ち読みや商品を見るふりをして待っていても良かったのだが、それはそれで気が引けたので大人しく外で待つことにしたのだ。それに、半端に居心地の良い店内にいたら出るのが億劫になってしまうかもしれない。日が落ちたおかげで気温も下がり、冷房がない室外でも充分だったこともあった。
(しっかしどこもかしこも七夕ムードだな……。笹とか短冊とか、ちょっと歩くだけで目にするし)
そんな折、こちらへ近付いてくる複数の男の声が聞こえてきた。詳細はよく分からないが、何かの話をネタにバカ笑いしているらしい。
ふとそちらへ振り向いてみれば、向こうとも目があった。
「「……………………………………………………………………………………あ」」
知り合いだった。
いや、お互いに名前を知らないので知り合いというよりは顔見知りだ。
タンクトップを着たガタイの良いスキンヘッド野郎を筆頭に、金髪パーマ黒髪モヒカン青髪ツンツン頭赤色サラサラヘアーと中々髪型のレパートリーが富んだ連中だった。
昨晩も遭遇した、何かとエンカウントする不良の集団であった。
神和と不良の集団との間に静かだが不穏な空気が流れ出す。バチバチと視線が火花を散らしているような緊張感さえあった。
一発触発の空気の中、先に口を開いたのはスキンヘッドの方だった。
「テっメェ、テメェ!! おうおうおう、よくもまぁ昨日は台無しにしてくれたなぁ! あれで何回目だと思ってんだァ!? 今度こそ、今度こそ上手くいくはずだったのによぉ!!」
「えー、あれがぁ……? じゃあ聞くけど、どういうふうに上手くいくはずだったんだよ」
「そりゃあオメェアレだよ。こう、良い感じに少女漫画とかみたいな雰囲気になってだな……!」
何でこのスキンヘッドは少女漫画の内容なんて知っているんだろうと怪訝に思いながら、
「……いや、だったらもっと普通に声かけろよ。何でカツアゲみたいに話しかけたの? その
スキンヘッドから若干震えた声で抗議があった。ついでに言うと涙目だった。
「それが出来たら苦労してねぇよ喧嘩売ってんのか!!」
「お前本当に馬鹿じゃねぇの……?」
「あんた言葉くらい選べよ! 良いか! アニキはなぁ、この強面のせいで教師には睨まれるし女の子にはモテないし子どもには近付いただけで泣き叫ばれるんだぞ! 具体的には迷子を迷子センターに連れて行こうと話しかけただけで通報されたんだ! だからそこら辺頭の片隅どころかド真ん中に入れて発言しやが……アニキ? どうしてそんな泣きそうなんスか? っていうかちょっと泣いてません???」
「なんでも……なんでもねぇ……へへ、このくらいどうってことねぇよ……っ。俺は、俺は泣いてねぇぞォ……ッッ!!」
何故か味方から背中に追撃を貰っていた。涙目どころか半泣きのスキンヘッドは──タンクトップなのに──袖を捲くるような仕草をして、必死に怒りの形相を浮かべようとする。
……が、目尻に涙が溜まっているし口端もヒクついているためあまり怖くなかった。
どうして哀れな
「……なんかマリモでも飼ってそうだな」
ポロッと出た感想を聞いてスキンヘッドの肩が跳ねる。どうやら図星のようだ。
「(何でだ……何でこれだけでマリちゃんのことがバレるんだ……? 俺ってそんな分かりやすいか……???)」
なんだかぶつくさ言っている。マリちゃんというのはマリモのことだろうか。
頭はツルツルだけどペットはふさふさだな……などと冗談交えたふざけたことを考えていると、ぶつぶつ言っていたスキンヘッドが今度は怒りを込めて不敵に笑う。勿論涙は目頭に溜まったままだ。
「へへ、何が『頭はツルツルだけどペットはふさふさなんですね(笑)』だ……。これはスキンヘッドって言ってそういう髪型なんだよォ! べ、別に親父の家系がみんな禿げてて将来が怖いとかそういうのじゃないんだからなぁ!!」
「昨日の子に言われたことまだ気にしてるんスねアニキ……」
頭の中を読まれたかと思ったが、どうにも昨日ナンパした少女にも同じようなことを言われたらしい。どういう経緯かは分からないが多分自己PRで失敗したのだろう。
……と、ここまで色々あってメンタルズタボロなスキンヘッドの堪忍袋の緒がとうとう切れた。
「へっ、ここで会ったが百年目だぜ
あの野郎ナチュラルに全ての元凶をこっちに押し付けやがった。
取り敢えずあの顔面を一発殴ってやろうと顔を引きつらせながら一歩前に出る。
その時だった。
「ごめんねナギ、待たせちゃった? 乾電池以外も買おうと思ったら時間延びちゃって───」
そんな軽いノリで幼馴染が不良との間に割って入ってきた。
武器らしい武器を持っていないにも関わらず、その姿を見るだけで不良全員が震え上がった。
「あばぁ! あばっばばばばぁ!?」
「アニキ! 日本語になってません! 何言ってるか分かんないっスよ!!」
「うっさいわねぇ。またアンタたち? 路地裏とかならともかく
陽依の手元に光が集まり、一張の弓が現れる。
別段珍しい光景でもない。召喚士は召喚獣に関係した武器や防具をいつでも取り出すことが出来るのだ。それ以外だと使い魔と呼ばれる形を得た力を使役するパターンもある。こちらも形状は様々で、動物や植物、怪物など人によって千差万別だ。雉郷先生に説教されている時に現れた鬼女たちも使い魔である。
そんな、数多ある武具や使い魔の中でも、陽依が主に使用するのはこの弓だ。弓そのものに威圧感があるわけでも、怪物の使い魔を侍らせているわけでもない。
それでも不良の顔は真っ青だった。
「こっ、こここ今回は見逃してやる!! これで勝ったと思うなよォォォォォォッッ!!」
そんなお馴染みの捨て台詞を叫びながら脱兎のごとく逃げていった。あそこまで見事な逃げっぷりだとむしろ清々しい。陽依は弓を霧散させながらため息を一つ。
「ほらね? アンタがあっちこっちで喧嘩を売るからよ。もうちょっとスマートに解決するようにしなさい」
「あだっ」
優しくおでこにデコピンされた。陽依はふわっと笑うと、ビニール袋の中から乾電池だけを取り出して自分の学生鞄に仕舞っていく。
そして、まだ中に何か入っている状態の袋を手渡してきた。
「はい、付き合ってくれたお駄賃」
「え、良いよそんな。むしろ俺の方が世話になってるっていうのに」
「つべこべ言わずに受け取りなさい。こういう時は遠慮するより感謝した方が相手は喜ぶもんよ」
もちろん例外はあるけど、と付け足した。
中身はおにぎり二つと五〇〇ミリリットルのお茶に、スポーツドリンクが入っている。前者の二つは夕飯の足しにしろということだろうか。
ともあれ、こういう時の陽依は強情だ。だから素直に従うことにした。
「ありがとな」
「ふふっ。えぇ、どういたしまして」
4
私立明星魔導学園には学生寮がある。
まず中等部と高等部に分かれており、そこから更に男子寮と女子寮へ分岐する。実家が寮より近いとかでない限り、生徒の大半が寮住まいだ。無論、神和や陽依もその一人である。そのため、陽依とは途中で別れて帰宅した。
学生寮の一室は質素な1Kだ。正面にはバルコニーに続く窓があり、外の通りがよく見える。そこから差し込む陽光が部屋をほんのりと赤色に染めていた。
右手には机とベッド。机の上にはノートパソコンが閉じられたまま放置されている。ベッドはシングルベッドなのだが、安物だからか最近ギシギシ言い始めた。乗った拍子に床板が割れそうで少し怖い。早めに買い替えた方が良いだろうか。
左手にはテレビや書物が詰められた本棚が壁に沿って並んでいる。書物の種類は小説漫画参考書と様々であるが、参考書の上には僅かに埃が被っていた。しかも本棚と銘打っているにも関わらず最下段はゲームソフトだ。当然参考書なんかより数も種類も断然多い。
癖のように、本棚の上にあるいくつもの写真立てを見る。クラスメイトと撮った集合写真や家族写真だ。
「…………」
自室を薄っすらと包む本の匂いが、僅かにさざ波を立てる心を落ち着かせてくれた。
「我が家へようこそ。何もないけど寛いでくれ」
『凡庸だな。これでは
「言ったな? じゃあその隠し場所当ててみ?」
『本棚に参考書のカバーでカモフラージュしたものを隠している……と見せかけて本命はパソコンに保存されている暗号化した隠しファイルだろう?』
「嘘でしょこんな淀みなくバレることある?」
『貴様が粗雑すぎるのだ間抜け』
中身の方も見破っているのか気になったが、そこまで完璧に当てられたらもう立ち直れなくなる気がしたので触れるのはやめておいた。世の中には知らない方が良いこともある。
「なぁ、
『要らん。生理的欲求も存在しないしな』
「そっか」
ともなれば、神和の生活もこれと言って変わらない。ただ生活の一部に、いつでも意思疎通が出来る存在が現れただけだ。……これだけだと充分な変化とも言えるだろうが、最近は話しかけるだけで電気やテレビをつけてくれる機能もあるらしいし、これも似たようなものかもしれない。……と本人に言ったら、流石に眉をひそめるだろうが。
『私からも一つ良いか?』
「ん?」
『先程の連中との会話、話の流れから奴らが女に言い寄っていたところへ割って入ったようだが、それが貴様の理想に基づく行動という解釈で間違いないな?』
「あぁ、そうだな。それで間違いないよ」
どうやら姿を消していてもこちらの状況が分かるらしい。
悪魔の反応は予想通りであった。
『……クク』
「
『まぁな。だが、そういう滑稽さも含めて人間らしい。果敢に励めよ。どうせ、その
そこで悪魔との会話は終了する。
結局、あの悪魔がこちらのことを応援しているのか、ただ馬鹿にしているのかは判断がつかなかった。
5
シャワーも夕食も終え、あとは寝るだけになった状態でベッドに倒れ込む。
『……ところで。貴様、召喚魔術はどういうものだと認識している』
「んぇ? 何だ藪から棒に」
『大した理由ではない。ただの好奇心だと思えば良い』
「???」
自分を召喚した魔術がどういう原理なのか知りたいのだろうか。悪魔召喚は悪魔召喚で色々方法があると耳にしたことがあるし、そう考えると得体の知れないものは明らかにさせておきたいのかもしれない。
「確か召喚魔術には力が流れている土地と魔法陣、呪文の詠唱が必要で、召喚獣は術者と最も縁が強い奴が喚ばれるらしい」
『ほう。それで? その召喚獣は何に起因する』
「確認されてるのは神話や伝承に出てくる、存在を伝えるモノはあっても実際にいたかどうかは分からないモノみたいだ。そいつらはこの世界の『上』にある上位世界にいくつも内在しているらしい。召喚魔術はその上位世界と現実世界との間に『門』を作って、そいつらの『力』を引っ張り降ろしてくる魔術だって云われてる」
今までの理論は授業で教えてもらったことの受け売りだ。先生が言っていたことだから全部正しい、なんて暴論を吐くつもりはないが、召喚魔術についてはどこを調べても同じようなことしか書いていない。多少認識の違いはあれども、基本的には習った通りのものなのだろう。
『召喚獣に霊の類は含まれていたか? この国には三大怨霊と呼ばれる者もいるだろう』
「いや、聞かないな。妖怪とか神様の召喚獣なら知ってるけど、幽霊なんかはガセネタが多いみたいだし」
『では小説はどうだ。獣の定義を拡大解釈すれば、あれも「存在を伝えるモノはあっても実際にいたかどうかは分からないモノ」に該当するが』
「小説で伝承とか逸話っぽいものって言えばあれだろ? シャーロック・ホームズとか、あとは
『優劣はどうなっている。神と妖、貴様はどちらが優れていると思えた?』
この問いは迷わなかった。
「そりゃ神様だよ」
『……そうか』
普通に考えて、宇宙を創ったり壊したり出来る連中に最大被害が街一つや大陸一つの存在が敵うはずもない。『ゼウスと猫又が戦ってどっちが勝つでしょうか』という二択に、猫又が勝つと本気で考える者はいないだろう。
『なるほど、そういうふうに認識しているのだな』
「あれ、何か間違ってたか?」
『こちらの話だ。言っただろう。大した理由ではないと』
「そう、か……」
ルシウスは何かを逡巡するように、顎に手を添える。
『宿業という言葉を聞いたことはあるか?』
「?」
首を傾げる神和を見て、ルシウスの頬が不気味に痙攣した。
『……人間の言葉でいえば、前世の行いが善悪問わず今世に影響を及ぼすという仏教用語の一つだ。因果応報のスケールが拡大したものだと思えば良い』
「なんか含みがある言い方だな。本当は違うのか?」
『それでは少し語弊がある。宿業は仏教用語としてだけでなく、魔術用語としての意味も持つはずだったのだ。……どうやら私の認識とズレが生じているようだがな』
説明すること自体が億劫だとも言いたげに、悪魔は部屋の宙を漂いながら続ける。
『宿業とは貴様ら人間の個が秘める根源だ。決して変わることのない絶対の中枢核であり、魂に刻まれた存在の記憶。あぁ、悲願や渇望と形容しても構わんよ』
ちんぷんかんぷんな神和は顔を顰める。予想通りと言った調子で、ルシウスは短く笑った。
『難しく考える必要はない。貴様が住む世界は宗教や科学が当然のものとして蔓延っているから正しく認識できていないだけだ。本質を見るだけであれば、実にシンプルな答えになる』
ルシウスが指を鳴らす。
直後、目の前でホログラムのような情景が現れた。
火薬と電気の武器を振りかざす世界ではなく、石と木の棒を用いた武器を手にする太古の世界であった。
『宗教も科学もない時代。言葉すら存在しない原始時代に、人間はどうして『生』に執着した? 他者と手を結び、火や道具を用いてまで文明を発展させたのは何故だ? 答えは常に変わらない。今でこそ俗に埋もれてしまったが、結論は本能の先にある』
つまり。
『全ての人間が「生きたい」と願うほど果たしたい宿業があった』
『死にたくない』ではなく『生きたい』と思えるほどの何か。おそらく、宿業が無い人間はいないのだろう。誰もが自分だけの宿業を持っていて、それを叶えるために生きている。
では、神和の宿業は?
無意識に本棚の上にある写真立てへ目が行った。
どれも神和が写っているが、その中に一つだけ、少女が単独で写っている写真が置いてある。
「…………」
『……この話はここまでにしておこう。続きはまた、機会があれば話してやる』
ルシウスが原始時代の情景と共に姿を消した。
神和も、まるで目を逸らすかのように瞼を閉じる。
そしてそのまま、ゆっくりと神和は眠りに落ちていった。
6
それはどこにでもあるような住宅街の一角だった。
まだ幼い少年と少女が一緒に遊んでいる。少年の方は年齢が六つか七つ、少女はそこから三つほど幼く見える。顔は似ていないが、歳に差があることから兄妹だろうか。
といっても、彼らが遊んでいるのは外ではなく家の中だった。年端もいかない子どもの遊びと言えば鬼ごっこやかくれんぼなどをするイメージがあるが、彼らはそれを選択しなかったのだ。
仲良く肩を並べて、楽しそうにやっているのはテレビゲーム。
ごくありふれたRPGで、自由にキャラメイクが出来るタイプであった。そのゲームの中で、少年は戦士を、少女は魔法使いを使っていた。
魔法使いが戦士をサポートして、戦士が敵を薙ぎ払う。
そんな、子どもながらに立てた戦術で攻略していった。負けた時は不満で唇を尖らせ、どうすれば勝てるのか、どんなアイテムが有効か、それを話し合っては実践して勝利を収めていった。
戦術や装備を変える中で、変わらないものが一つだけ。
職業を変えられる場面になっても、少年は戦士から、少女は魔法使いから別の役職に乗り換えることは一度もなかった。
たとえタイトルが変わっても。
たとえもう一度やり直すことになっても。
ゲームの中で少年は戦士であり、少女は魔法使いだったのだ。
こんな日々がずっと続いていくと思っていた。
子どもだから世界の厳しさなんて知らない。
子どもだから未来がどうなるかなんて分からない。
それでも無邪気に信じていた。
無垢で、愚かしくも。
当たり前だ。
これはどこにでもいる平凡な家族の、ありふれた日常だったのだから。
7
ゆっくりと目を開ける。
窓から朝日が差し込んでいた。時計を見れば、起きるには少し早い。といってもまだ鳴っていない、という意味でだが。
部屋の電気が消えていない。おそらく消さないまま寝落ちしてしまったのだろう。
「……お前も見たか」
誰もいない部屋で呟くと、浮かび上がるようにルシウスが現れる。
どうやら普段は姿を隠すようにしているらしい。この悪魔がそういう性格なのか、それとも姿を誇示しない他の召喚獣に合わせているのかは定かではないが。
当の本人は、やはり興味がなさそうだった。
『一応な。どのようなモノであれ、想いが強いと流れ込むモノだ』
「そうか……」
時間が来たのか、頭上の目覚まし時計がジリジリとけたたましく音を立てる。それを消すのも億劫で、しばらくそのまま横になっていた。
……最悪の目覚めだった。
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