第三章 少女は己の信仰に首を傾げる Ⅱ


   5


『……しかし禍津鬼か。言い得て妙だな。良い目をしているな、人間』

「お、おう……?」

 ルシウスに改めて禍津鬼の解説をしてもらった後、大佐から既存の情報とは別に追加があった。

 大佐から共有された情報は黒い霧。マスキングテープがそれに該当し、今も広がり続けているらしい。

「白はシンボルエンカウント、対して黄色はランダムエンカウントだ。見て分かる通り、シンボルを中心に黒い霧が発生し、その区画内にランダムが発生していると考えられる」

「大佐、多分それRPGやってないと分かんないヤツだ。一般常識で頼むよ」

「むぅ……。つまり、禍津鬼は何の前触れもなく出現するケースと黒い霧を媒介に出現するケースがある。シンボルの発生条件は不明。共通点も暗所で路地裏という点しかないな」

「よく特定したわね。一撃でも貰ったら危ないんでしょ?」

「使い魔に探らせた。直接目にしなければこちらに影響がないことも確認済みだ。二体程度なら常時稼働状態でも問題ないしな」

「なるほど、それなら私も数体街に放っておくのです。多少なりとも被害者の保護と防止になるでしょう」

「お願いします。……黒い霧についてはまだ分からない。俺には空気が変わったくらいしか感じなかったが、霧そのものも有害だった可能性がある。遅効性のことも考えると、見つけたら撤退が無難だろう」

 思わず顔が引きつる。

 禍津鬼が発生すると思われる黒い霧。それをマスキングテープが表しているわけだが、範囲はマップの七割を超えている。

「……避難指示とか出せないんですか?」

「困惑気味だったのでゴリ押しました。なるべく混乱が起きないよう、未召喚士を中心に避難を進めています。日没には八割以上の避難が完了するでしょう」

 強いなぁと思った。行動力の化身である。

「にしても、奇妙な縁もあるものですね」

「?」

「あぁいえ、偶然の一致だと良いのですが」

 雉郷先生は黒板の前へ移動し、近くの白プレートを指差す。

「私が記憶している限り、どれも大神さんの火柱の目撃情報があった場所なのです」

「……そうか、道理で」

「ナギが言ってたことはそういうことだったのね」

「ふむ。ナギ、お前確か『路地裏伊能大図』を作っていたよな?」

「そんな大層な名前つけられてもなぁ……。徒歩で日本地図作った人と比べたら子どもが描く宝地図みたいなもんだよ」

「構わない、今は少しでも情報が欲しい。後で送ってくれ」

「了解」

「そんなものを作っていたのですか貴方は……」

「えぇ、まぁ……。こっちに来た時は結構必需品でして……」

 不良と遭遇してそのまま殴り勝てれば良いのだが、喧嘩に不慣れな頃や人数不利の場合はそう上手くはいかなかった。だから逃走用や対策をするために不良がよく屯するポイントを地図上にメモしていたのだ。まさかこんなところで日の目を見るとは思いもしなかったが。

「私の火柱と禍津鬼の目撃情報が一致、ね……。偶然にしては出来すぎているわ。何か関係があるんでしょうね」

「力の残滓を嗅ぎつけて現れたとか、か……。仮説としてはあり得るな。召喚時期と最古の証言とも一致する」

「じゃあ私の力を狙ってきたとか? 退魔の力なんて取り除けるならそれに越したことはないだろうし」

「…………?」

 理屈は通る。大神陽依の力には魔を祓う力があるというのはルシウスの言葉と、目の前で実際に禍津鬼を祓ったのだから疑いようがない。

 ただ、そこまでだ。

 いくら退魔の力があるとはいえ、それを狙うという動機に首を傾げた。

『その推測に間違いはない。貴様ら人間もよく使う手法だろう?』

 警察犬のことだろうか。

 確かに麻薬の匂いを嗅ぎ分けたり、持ち物から犯人を追いかけさせるなんていう場面は刑事ドラマなんかではお馴染みだが。

「それもそう、だな……」

「では全会一致として、この仮説を前提に動こう。黒幕はまだ分からんが、退魔の力を潰そうとしているなら大神陽依の単独行動は危険だ。というわけで」

「……待て大佐。お前まさか陰キャを殺すあの言葉を言う気じゃ───!?」

「はいそれじゃあ二人組作ってー」

 やりやがった。

 雉郷先生は教師であるため放課後一緒にいるということは基本的に職員室ということになる。つまり除外。

 となると残りは神和と大佐。試しにその顔をチラリと見ると。

「良いのか? 仮に睨まれようものなら失神してその後一週間は寝込むことになるぞ。俺がな!!」

 何故か堂々としていた。どうやら目の前の天才はプライドをどこかに捨ててきたらしい。

「別に構わないわよ。私と組みましょうか」

「……まぁ、陽依が良いなら」


   6


 空気が重い。

 旧校舎にいた時はあれだけ晴れていたのに、今では曇天が広がっていた。街は薄暗く、避難指示の影響でいつもより人気がない。一雨来そうな気配も相まって、胃を鷲掴みするような苦しさがある。

 何となく分かっていた。

 陽依はあの時のことを無かったことのように振る舞っている。だから、このまま行けば───謝らずにいれば、この曖昧な関係は続けられる。以前ほど距離は近くないものの、明確に自分たちの関係が変わることはないという停滞が問題を先延ばしにしてくれる。

 でも、それは嫌だ。

「……陽依」

「何?」

 立ち止まって声をかけると、数歩進んだ後で陽依も振り返った。

 陽依は何も変わらない。

 可愛らしげに小首を傾げ、こちらの言葉を待っている。

 言葉も気持ちも整理はつけた。たとえこれで今までの関係に明確な変化が起きてしまうとしても、謝ることすら出来ない情けない男にはなりたくない。

 他でもない、この少女の前では。

「昨日は───」


「ナギ! 後ろ!!」


 ぎょっとして前へ飛び退く。遅れて、アスファルトを砕く音が聞こえた。

 光景がコマ送りのようにゆっくりと進んでいく中で、背後の襲撃者を目撃した。

 そこには何もいなかった。

 いや、それでは語弊がある。襲撃者が真の意味でいなかったのではなく、その形状を正しく認識できなかったのだ。

 禍津鬼のような影ではない。炎のような不定形ですらない。

 まるで陽炎のように、視界の一部が揺らいでいる。

 一時的とはいえ明確な危機から逃れたからだろう。スローだった光景は元に戻り、神和も改めて身構える。

 明らかに、そこにいる。

 大きさは二メートル以上。揺らぎの境界線から、おそらくは人型。目がありそうな場所に赤い光が二つ、横並びに浮かんでいる。

 分かるのはそれだけだ。相手の武器も、攻撃方法も不明。道路を簡単に砕ける攻撃力くらいしか情報はない。

「ルシウス!」

『未顕現なだけだ。しかし、それでもこれまでの禍津鬼とは違って物理干渉できるようだがな』

「ッ、陽依! 俺が惹きつける! 狙えるか!?」

「やってみる!」

 陽依が弓と太陽を形成する。同時に神和も駆け出し、陽炎の襲撃者へ向かっていく。

 その時、襲撃者が笑うように赤光を細めた。

「………………………………………………………………あ」


 バリィッ!! と、紙が破けるような音とともに目の前の景色が裂けた。


 その先は海底のような深淵だった。

 止まることは出来なかった。

 反応さえ許されなかった。

 幼馴染の呼び声を聞きながら、少年の体はあっさりと暗闇の中に飲み込まれた。


   7


 次に足をつけたのは何もない暗黒……というわけではなかった。視界の両端から奥にかけて見慣れたコンクリ製の壁が続いており、それに沿うように配管や換気扇、室外機なんかが散見できる。

「路地裏……?」

 しかし異なる点もあった。

 曇天だけではない禍々しい雰囲気。ただえさえ見通しが悪い路地裏を、更に悪化させる異常。

 黒い霧。

 呼吸するだけで害がありそうなそれが、路地裏全域を包み込んでいる。

『ゥゥゥゥ───……』

 獣のような唸り声に体が強張る。

 振り返った先に、それはいた。

 牙を剥き出しにした、禍津鬼の群れ。

「まずッ───!?」

 脇目も振らず駆け出した。

 多勢に無勢とはこのことだ。一対一でも敵わないのに集団で襲ってくるのだから容赦がない。

 同じ轍は踏まない。戦闘=敗北の勝負なんて逃げ出すに限るのだ。

 神和の勝利条件は二つ。

 一、禍津鬼を祓える陽依と合流すること。

 二、光が届く場所、つまり表通りまで逃げること。

 一つ目は望みが薄い。転移させられたのだから、登校中に転入生と曲がり角でぶつかるような奇跡ミラクルが起きない限りは無理だ。流石にそんな一縷な望みに命は預けられない。

 ともなれば目指すのは二つ目。つまり路地裏からいち早く脱出することだが……。

「いやどこだよここォッ!!」

 もう情けなく叫ぶしかなかった。どこまでも似た景色。入り口が分かってるならまだしも、路地裏スタートであれば道順なんて分かるわけがない。

 だから今は妥協案。禍津鬼を撒いて一時的に安全を確保するのだ。そうすれば脱出の道筋を探すことも現実的になる。

(まずは奴らの索敵範囲から抜けることが最優先……だから取り敢えず何度も角を曲がって視界から外れる!!)

 そして早速見えた一つ目の角を曲がったところで、急に近くの裏口が開いた。

「え!?」

 そこから伸びた手が神和を真っ暗な室内へ引きずり込み、即座に扉が閉まる。戸惑いの声は手で塞がれ、発する暇さえ与えられなかった。

「静かにしてください。バレますよ」

「……っ」

 足音が遠ざかると、声の主は抑えていた手を離した。

 後ろを振り返れば、そこには黒髪の少女が海を思わせる青い瞳をこちらに向けている。

「秋月……?」

「先週ぶりですね、先輩」

 呼吸が落ち着き、目も暗闇に慣れてきた。どうやら神和達がいる建物は廃墟になったオフィスビルのようだ。しかし、廃墟にしては荒廃が進んでおらず、壁や天井も無事な部分が大半であった。瓦礫はもちろん、お菓子の袋や空き缶といったゴミなども見当たらない。

(そういえば前に大佐がロケや撮影用に敢えて廃墟を残す場合があるって言ってたっけ……ここもその一つなのかな)

 神和が建物内を見渡す一方で、秋月は外の様子を伺っていた。

「……もう大丈夫かな。外に出ましょう、先輩」

「あぁ」

 廃ビルの外は変わらず黒い霧が充満している。気味が悪いことに変わりはないが、危機を感じるほどではない。

「で、何で秋月はこんなところに……?」

「……まぁ、隠すようなことでもないか。私の大事な人が、ここで怖い目に遭うって聞いたので露払いに。先輩も似たような感じじゃないんですか?」

「うん、まぁ確かに……そんなところだな」

「やっぱり」

 秋月は少し嬉しそうに笑う。今のやり取りにそんな要素があっただろうかと思う一方で、秋月の動機に感心していた。

「にしても露払いか。すごいな、友達……か分からないけど、誰かのためにここまで来るなんて」

「そうですか? そんな大したことじゃないと思いますけど」

 小首を傾げての回答だった。

「……なんかやけに達観してるな、本当に中学生か?」

「失礼ですね、私はどこにでもいる平凡な中学生ですよ」

「知ってるんだぞ、普通とか平凡を自称する奴に限ってだいたい普通じゃないんだ。趣味がプロレベルだったりコミュ力が異常だったり実は生まれが王族だったり!」

「別に趣味らしい趣味もないんだけど……普段も読書とか音楽聴くくらいだし」

「……普通だ」

「友達も数人……あ、でもクラスメイトは名前なら知ってる」

「普通だ!」

「それに父は管理職で母は専業主婦」

「普通だ!!」

 バッと秋月の手を握る。

 感激していた。海外旅行で親しみのあるファーストフードを見つけた時のような安心感であった。

 そんな少年に、傍らに現れた悪魔がため息一つ。

『その娘が手懐けているのはあのアナトだぞ』

「普通じゃない……」

『まぁ、あの偉才だらけの学園で言えば、そういった分かりやすい異常があった方がむしろ平凡と形容できるかもしれんが』

「なるほど!!」

「……………………………………………………………………………………………………」

『ククク、そう指を差してやるな。天才に囲まれているせいで「平凡」に飢えているだけだ』

 目を輝かせる神和に対し秋月は呆れ顔であった。

「取り敢えずきみに協力してほしいことがあるんだ。力貸してくれない?」

「それは別に構わないけど……あれ、敬語消えた?」

「うん。きみには使わなくても良いかなって」

「ポジティブに受け取っておくよ」

 秋月は路地裏の先。禍津鬼が去っていった曲がり角から先を伺うと、

「手始めにレッスンワンかな。この奥にいるヤツを見てほしいんだ。でも、一回見たらすぐに体を隠して」

「……?」

 身を引いた秋月と入れ替わるように、神和も覗き込む。

「ッッッ!!!???」

 角の先。

 距離にして一〇メートルほど。

 そこに、絶望が鎮座していた。

 体長は二メートルを優に超す巨躯。頭部の造形は人間ではなく牛骨に近く、両端のこめかみと額からそれぞれ角が生えている。

 直視するにはあまりにも強大だった。

 それこそ、以前遭遇した禍津鬼がただの小物であることを痛感するほど。

 悪寒なんて序の口で、浅くなった呼吸は安定しない。足の震えは止まることなく、気付けば全身から足が吹き出していた。

 それで理解した。分かってしまった。

 今感じている一つ一つが生存本能を刺激する恐怖。何よりも生命が忌避し、気合や根性といった生温い精神論では乗り越えられないものだった。

 まさに、形を得た『死』。

 不快感などでは済まされない、明確な拒絶反応。

 逃げろ、立ち向かうなと本能が警告しているのが分かる。

 頭では理解していても、心が、体がついてこない。

「気をしっかり持って。きみなら耐えられるでしょ、これくらい」

 少女の声が聞こえて、意識がようやく現実を認識する。気付けば禍津鬼は視界から外れていた。どうやら、秋月が腕を引っ張って身を隠してくれたらしい。

「何だ、あれ……」

『より密度の濃い「死」だ。ここらに蔓延る禍津鬼の首領であり、この霧の発生源でもある。しかし、あれではもう神格に足を踏み入れているな。禍津鬼ではなく禍津神と称したほうが的確か。あの程度であればまだ殺せるが、半端者では戦いにすらならんよ』

 首領。

 つまりは親玉。

 確かに、あれがそうだ。他の何者でもない、先程の拒絶反応がそれを証明している。

「大丈夫? 無理そうなら私一人で戦うけど」

「………………………………いや」

 パンっと自分の両頬に活を入れる。それで、幾分か心が安定した。一度大きく深呼吸して、少しでも動悸を落ち着かせる。

「戦うって、あれはただの攻撃じゃ触れることすら出来ないのに……あんたの攻撃は通るのか?」

「そうみたい。小さいので試したから間違いないよ」

「そ、う……?」

 いくら戦いの神でも、災厄そのものに効果があるのかは疑問だった。効いているから疑いようがないと言われればそれまでだが。

『アナトが殺した神は死を司る神だった。貴様も感じた通り、あの傀儡くぐつも死の形の一つであることに違いはない。理屈で言えば、その娘が干渉できることも不自然ではないだろう』

「……なるほど」

 となればあとは戦略だ。どう考えても自分の拳がダメージソースになるとは思えない。小物ですら怯ませるのがやっとだったのだから明白だろう。

「だったら、俺が出来るだけ囮になる。秋月はその隙に叩き込んでくれ」

「……きみは私と肩を並べて戦ってくれないんだ」

「俺じゃ出来て気を逸らすくらいだろうしな。拳なんかでダメージを与えられるほど柔じゃないだろうし」

「ふーん、じゃあ武器があれば良いんだね」

「へ?」

 秋月が目を閉じると、光が集まりそこから一振りの日本刀が出現する。それを、さも当然かのようにこちらへ渡してきた。

『日本刀』と画像検索したら出てくるような質素な装飾。実際に売っていそうな素朴な刀であっても、不思議なことによく手に馴染む一振りだった。

「……あれ、きみにはこれが一番だと思ってたんだけど」

「いや、大丈夫。合ってるよ」

「良かった」

 秋月も自分の武器を取り出す。その手にあるのは、やはり無骨な片刃直剣。

『面影はあるが、それでもまだ無形の域を出ない。となれば原点を探る必要もない。貴様らが持つ先入観だけで突破口を見出だせるはずだ』

「……ごめん、私そういう難しい話はよく分からないから通訳してくれない?」

「あー、多分だけどはっきりとした元ネタがないタイプの鬼なんだと思う。神話とか民話とかに出てくるようなヤツじゃなくて、鬼って言われてみんなが思い浮かべるような曖昧なヤツ」

 一通り話してもルシウスから訂正はない。ということは、この認識で間違いないようだ。

「ってことは弱点もそういう文化に溶け込んだところにあるはずだ」

「? 鬼でも神でも殺せば死ぬんじゃないの?」

「極論すぎるぞ中学生。他にも色々あるだろ豆投げつけるとか……節分に豆まきとかしなかったのか?」

「そういうのとは全然縁がなくって……」

 確かに言われてみれば見なくなった気もする。まいた豆の片付けが面倒だとかそういう理由だろうか。時代が進むに連れてそういった文化が衰退するのは少し物悲しくなるが。

『……鬼の弱点といえば炒り豆、鰯の頭、柊の葉などがあるが、それらは追儺……魔除けの側面が強く滅するものではない』

 撃退では足らない。神和たちに必要なのはあくまで討伐する手段だ。

『ならば思考の方向性を変えてみよう。鬼退治といえば?』

「……首を刎ねる?」

『御名答』

 神和自身も詳しい逸話までは知らない。しかし、鬼を追い払うのではなく滅する手段と聞かれると何となくだが斬首を連想する。ふわっとしすぎて不安が募るが、今回はそれで正解なのだろう。存在が曖昧な相手には曖昧な弱点が効果的と聞くとなんともトンチキな気がするが。

「うん、それなら単純で分かりやすい。そっちの方が得意だよ、私」

「それは何より」

 正直なところ、神和から恐怖は抜けきっていない。本能が拒絶する死の恐怖は、そう簡単には克服できない。

 それでも。

 傍らの共闘者と視線を交わし、頷き合うのを合図に禍津鬼……いいや禍津神の前に出る。

 敵も、気付いた。

 眠りから覚めるように、その双眸から不気味な赤光が浮かび上がる。

 両腕からも異音が鳴り響き、大木を連想するほどの太さまで巨大化していった。

 ぎこちなく首を回し、ギチギチと四肢を動かしていく。

 まだ鈍い。壊れたゼンマイ人形のような動きだ。

 だが、それでも攻撃に移せるほどの隙には見えなかった。

 無闇に突っ込めば、次の瞬間には半身が消し飛んでいる。そんな、漠然とした危機感だけがあった。

『ォォォォ…………』

 唸り声があった。

 死と災いと恐怖の傀儡。

 その格は鬼に留まらず、故にルシウスは禍津神と呼称した。

 たとえ忌み嫌われ、畏れられるものであったとしても、強大であればそれもまた神の一柱。

 そして。

『グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

 それを証明するような災禍の化身が、咆哮とともに起動する。

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