第二章 宿業は夢と願いを力に変える Ⅰ


   1


 召喚魔術を取り扱う教科『使役術』は、自身の能力を把握した後実践に移行する。専攻分野は大まかに戦闘、学問、技術に分かれ、それぞれの生徒が能力の制御と向上を図る授業になっている。……なっているのだが、未召喚士の場合、強制的に戦闘に割り振られる。理由としては、召喚士と敵対してしまった場合の対処法を身につける、いわゆる護身術に近いようだ。

(ま、該当者は俺だけみたいだけどな! 肩身が狭い!!)

 厳密には神和も召喚士である。しかし仮契約である以上、いつ未召喚士に戻ってもおかしくはない。

 だから現状維持。召喚獣がいる分もしかしたら以前より居心地が悪いかもしれない。

(……あ、また誰か吹っ飛んだ。しかし今日もよく飛ぶなぁ、ギャグ漫画か?)

 召喚士同士の模擬戦はバスケットコートくらいのフィールドで行われる。グラウンドにはそれが一二面。順番待ちの生徒は各々観戦していた。

 制限時間は一〇分。模擬戦の形式は生徒同士の一騎打ちか担当教師一人を相手に連続組手。今回は前者である。また、校舎を挟んで反対側でも中等部の授業が行われているため、負けず劣らずどんちゃん騒ぎの音が轟いていた。

 服装の指定は体操着。戦闘には武器の使用も許可されているが、召喚獣の能力に準じるもののみであり、それ以外は原則禁止となっている。

 とはいえ召喚獣の力を人間に向ければ、最悪人を殺しかねない。

 例えば陽依は天照大神の力で太陽を生み出すことができ、それを普段は矢の形に圧縮して相手を射ることで攻撃している。

 圧縮された太陽で出来た獄炎の矢。

 加えて射手である陽依の腕も一級品なこともあって、その精度は文字通り百発百中である。

 しかも更にここへ天照大神の力を上乗せしたら、物理法則や因果律すら捻じ曲げて、たとえ明後日の方向に放っても必ず標的に直撃する。接触したら巨大な火柱になって弾いて逸らすことも出来ないというおまけ付きだ。

 まさに絶対命中、迎撃不可。誰もが認める主神級チートクラスである。

 そんなモノを人にぶつけたらどうなるかなんてあまり想像したくないだろう。


「……………………………………………………いや、だからちゃんと加減してるじゃない」


 軽く物憂げな少年に陽依はふくれっ面であった。因みに昨日の雷で開いた大穴はちゃんと元通りに修繕されている。

 陽依も同じ専攻であるため体操着姿である。髪はいつものツーサイドアップではなくポニーテール。巫女の仕事や部活動をしている際、動きやすさを重視して髪型を変えているらしい。

「火傷対策で出力は衝撃だけに抑えてるし、火柱も出ないように調整してる。……だからそんな目で見ないでよ、もうっ」

 陽依の相手が務まる召喚士はそういない。主神クラスでもなければ手も足も出ないままのされてしまうのだ。だから基本的に、彼女の実力は射線変更の強制力や威力の記録など、どちらかといえば測定に近い扱いで評価されている。しかし偶に、本当に偶にだが対人戦を行うことがあり、これまた何故か対戦相手は必ずと言って良いほど神和が選ばれる。理由は『召喚獣の力を行使しても、絶対命中の一射が外れることがあるから』らしい。当然勝負がつくまでの時間が他より少し伸びるくらいで勝てた試しなど無いし、外れる時があるのも陽依が心のどこかでブレーキを掛けてくれているからだろうとは思っているのだが。

(……いや分かってる。分かってはいるんだ)

 陽依の力加減は絶妙だ。その力で不良から何度も助けられているのだから、それが致死性を持たないことくらい知っている。実際、戦闘中に命中しても火傷したことはほとんどない。

 だが違うのだ。絶叫マシンを傍から見るのと、実際に搭乗するのとでは恐怖心がまったく違うのと同じように。

 正直怖い。超怖い。

 毎度裏路地で召喚士の不良どもにステゴロで挑みかかる無謀さを持っていても怖いものは怖いのだ。

「何をモタモタしているのですか。まぁ貴方と大神さんの仲ですし、気は進まないかもしれませんね」

 違うんですそうじゃないんです先生。

 ……などと言えるわけがない。

 首からホイッスルを下げたジャージ姿の雉郷先生は、出席簿を持たせたあの鬼女を後ろに侍らせていた。呆れ顔にも関わらず絶対君主の風格をひしひしと感じる。

 その面倒見の良さと多人数の召喚士相手に真っ向から制圧できる戦闘力の高さから生徒指導まで任されている。個人的な感覚では委員会と生徒会と部長を兼任しているような状態に思えてならない。しかし、見てくれは子どもに見えてもやっぱり大人。キツい辛い面倒くさいと不平不満を言う子どもとは違い、凛然と自分の仕事を熟す姿はやはりカッコいいと思うのだ。

 そんないつも通りの雉郷先生は、鬼女から手渡された資料をパラパラと流し見していた。

「では相手を変えますか? ちょうど相手がいなくて困っている子がいるのですよ」

「あ、じゃあそれで」

「即決!?」

 それを聞いてすぐに指令を出すと鬼女は音もなくどこかに消えてしまった。これが雉郷先生流の呼び出しなのだが、無音で前触れなく目の前に現れるため頭が真っ白になるほどびっくりする。心臓に悪いのでちょっと本気でやめてほしい。

(体少し動かしとくか)

 アップをしながら待っていると、呼び出されたであろう女子生徒が小走りで向かってきた。神和側のグラウンドでは見たことがないため、どうやら中等部の子のようだ。

 肩に触れる程度の黒髪に、海を連想する透き通った青い瞳。その顔立ちに幼さは残っているものの、もしかしたら人生二周目なのではないかと思うほどあどけなさを感じない。

「……あれ?」

 どこかで見たことがあるような気がした。

「お相手していただいてありがとうございます。同じ学年の人はみんな嫌が、って……?」

 年頃の女の子にしては少し低めの、どこか聞いていて安心するような落ち着いた声だった。

 そして向こうもこちらに気付いたらしい。

 そこでようやく思い出す。その少女は一昨日路地裏で助けた子であった。

「あ、先日はどうも……中等部の、秋月あきづきです……」

「おう。あれから何もなかったか?」

「はい、おかげさまで」

 そんな折、少し下の方からピッピッと高い音が鳴った。視線を少し下げると眉間に皺を寄せた雉郷先生が仁王立ちしている。

「仲が良好なのは結構ですが、そろそろ準備してほしいのです。時間は有限なのですよ」

「あ、すいません」

「すぐ準備します!」

 一二面あるフィールドの一つ。その両端で、神和たちは対峙する。

 神和の武器は拳。一方で、秋月はいつの間にか身の丈以上の大剣を握っていた。

 形状は片刃直剣。刀身のシルエットがカッターナイフに近い無骨なフォルムだ。

『おい人間』

「? ルシウス?」

 声の方へ目を向けたら今まで音沙汰無しだった悪魔がふわふわと浮かんでいた。

『貴様、何気なくこの申し出を受けたのだろうが、あの娘のセリフを覚えているか?』

「セリフ? えっと……」

 神和が特例なだけであって本来『使役術』の専攻分野は希望制だ。国語が途中から現代文や古典に分かれるように、得手不得手関係なく自分が望む専攻分野を選ぶことが出来る。その中でも、戦闘分野を選ぶ生徒は大方血の気が多い戦闘狂か、それ以外に召喚獣の使い道が分からない脳筋が多い。まぁ、大神陽依のように戦闘狂でも脳筋でもないのにこの専攻を選んだ例外ものずきもいるにはいるのだが。

 そう、とどのつまり神和は失念していたのだ。

 確かにあの時、秋月という少女はこう言った。


『お相手していただいてありがとうございます。……?』


「…………」

 神和の顔色がみるみる青くなっていく。

 中等部の人がみんな嫌がった?

 血の気が多い戦闘狂と脳筋が集まるこの専攻を選んだ連中が?

『ま、ひとまず相手をしてみろ。武器が大剣というだけで萎縮しただけかもしれんしな』

「…………あの、ルシウスさん」

『何だ』

「勝てると思う?」

『………………………………………………………………………………………………あー』

 姿が消えた。残ったのは声だけだった。

『死ぬなよ』

「嘘だろそこまで!?」

 後悔しても遅いのだ。

 雉郷先生のホイッスルが鳴った。

 同時に。

 前方に巨大な土煙が上がり、無慈悲な破壊の嵐が襲いかかってきた。

「ッッ!?」

 目視では追いつけなかった。

 だから頼ったのは第六感。

 すれすれで、ほぼタッチの差だった。腰を曲げ、体をくの字のようにして頭を下げることでその一撃を回避する。

 一方で、秋月もただ静かな目を下ろすだけ。

「今の、躱せるんですね」

「ッ、だったら、何だ……っ」

 くるりと。

 まるで見た目ほどの重量なんて無いかのように大剣を回して切っ先を地面に突き刺す。

「いえ、大抵は今の一撃で腰を抜かして当たらないだけでしたから」

 つまり、元々当てないように動いていた。

 だから雉郷先生も動かなかった。

 雉郷先生の役割はブレーキだ。模擬戦とはいえ召喚獣によっては人を殺せる一撃も扱える。万が一それで大怪我を負ってからでは遅い。それを防ぐために、召喚魔術の監視員は存在するのだ。

「じゃあもうちょっと真面目に戦っても大丈夫かな」

「え、は?」

「頑張って避けてください。貴方の召喚獣は戦闘向けじゃなさそうですし……私も恩人に怪我とかしてほしくないですから」

 言っていることとは裏腹に声色はどこか弾んでいるし、表情も楽しそうだった。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものような純粋な(?)顔をしている。生半可に回避するんじゃなかったと今更ながら頭を抱えそうになった。

 しかし、そんな余裕など最初からこの戦場に存在しない。

 猛攻が始まった。

 大剣だけではない。蹴りや拳などの体術も含め、神和が防戦一方になる形で押されていく。

 体術は明らかに日本のものではない。大剣用の剣術があるかは詳しくないので分からないが、太刀筋と足運び、立ち回りから少なくとも剣道由来ではないことは判断できた。そして、それよりも特徴的なのは、その体の使い方に独特な規則性があることだ。重心の動き、呼吸の仕方や攻撃の癖に武術や武道に共通する整った動きがない。

(つまり、独学でここまで……っ!? でもっ!!)

 一撃が重い大剣は受けるのではなく極力回避。拳や蹴りは重心がズレるように受け流す。あとは武器である大剣の重量に引っ張られるはずだ。

(これで崩せ───、ないっっ!?)

 どれだけ無茶な方向に力を逸らそうと、バランスが完全に崩れる前に体勢が戻る。戦闘センスがそこらのごろつきとはまるで違うのだ。

 相当鍛錬を積まなければ出来ないような洗練された動き。それをさも当然かのように熟す目の前の少女に、確かにこれの相手は荷が重いと実感した。


   2


『ほう、あれを躱せるのか』

 その戦いを見ていたのは陽依や雉郷先生だけではなかった。

 悪魔がいるのは精神世界とも言える少年の内在世界。

 三六〇度どこを見回しても何もない真っ暗な場所で、魔王が座るような玉座に腰掛けていた。

 ルシウスの周囲には幾つかの映像がぼんやりと浮かんでいる。

 視点は特定の誰かの目線、というわけではない。ドローンを数機飛ばして撮影していなければ絶対に撮ることが出来ない角度と高さであった。

 あの初撃。

 秋月という娘は本当に当てる気など更々なかった。腰を抜かす以前に、棒立ちしていても当たらない。頭頂部の髪の毛が数ミリ斬れるかもしれないが、それでも頭上から斜めに斬り落とす剣筋だ。間違っても人に当たりようがない軌道だったのだ。

 しかし、少なくとも悪魔と少女は『回避した』と認識した。

 棒状のものを振り回せば分かるが、斜めに振り下ろせば腕の可動域が関係してどうしても上下に限界が生じる。両手で握っているなら尚更だ。その長さはおよそ肩幅からその二倍程度。武器のリーチが長ければその分範囲は広がる。

 それを加味しても当たらない。

 仮に当てるつもりで振り下ろしても、少年が同じ行動をすれば回避できる位置まで頭を下ろしていたのだ。

 だから『躱せる』と判断した。

 目視で認識できず、リーチや軌道も計算に入れて動こうとしたら絶対に間に合わない速度に対応した少年に対して。

 そして、ルシウスは少女の方に視線を移す。

 あの少年も理解しているだろう。秋月の戦い方は武道や武術を根底に敷いたものではない。

 野性的で一方的。勝負というより狩りに近い。武道や武術を根底に敷かない戦い方は、それだけで観察に徹するしかなくなる側面も相まって、神和は防戦一方だった。

(…………あの神格か。人間には少々荷が重いかもな)

 思い浮かべたのはとある女神。今は無き古代都市に伝えられた、愛と戦いを司る神であった。

『さて、お手並み拝見といこうか』


   3


 地面を削りながら大剣が振り上げられる。なんとか身を捩って回避すると、今度は横殴りのような一撃が振るわれた。

 しかも大剣の向きは地面に平行ではなく垂直。まるで扇を仰ぐかのように、巨大な剣で薙いできたのだ。

 距離は離れていない。速度も初撃と同等で、バックステップやサイドステップなどの回避は間に合わない。

 少なくとも、神和はそう判断した。

 だから回避は諦めた。

 まるで肩からタックルするように大剣の一撃を迎え撃つ。

「ッッッッ!!」

「え!?」

 左腕から鈍い音が響く。

 腕が痺れる。体に衝撃が走っている。

 それでも耐えた。回避ではなく、わざと受けることで動きを止めたのだ。

 左腕がぶらりと垂れ下がる。しかし気にしている余裕はない。即座にその腕を大剣の柄に絡めて固定した後、まだ動く右手を手刀にして武器を手放させる。

 攻守交代。

 手から放れ、重力に従って落ちていく大剣を掴み取って振り上げた。

 秋月は虚を突かれて動けないのだろう。ただ呆然としている彼女に、大剣の切っ先は迫り───。


「そこまでっっ!!」


 寸前で止められた。神和と秋月の関節を、それぞれあの鬼女が抑えている。

 勝った……のではない。さっきまで手にあった大剣は消えているし、素手になっているはずの秋月の手は棍棒のようなものが握られている。大剣よりリーチは短いが機動性は高い。片腕では振ることでしか攻撃にならない神和に対し、突くだけでも有効打となる武器だ。あのまま続いていたら神和は攻撃から防御に転化できないまま、その一撃を貰っていただろう。

 どこかホッとしたような様子で秋月が武器を仕舞った。

「……まぁ、こんなところでしょう。不完全燃焼かもしれませんがここまで。これ以上の戦闘は認めないのです。秋月さんもよろしいですね?」

「むー……はい」

 どうやら納得してない様子。しかし逆らうつもりはないのか、駄々をこねるということもなく引き下がった。

 結構なのです、と雉郷先生も頷くも束の間。今度は不自然なほど笑顔で神和に振り向いた。

「では神和くん」

「はい」

「腕、上げてみてください」

「こうですか?」

「いえ右腕そっちではなく左腕です」

「…………」

 その姿勢で固まった。

 腕を上げるくらい訳ないと思うだろうがそんなことはない。というより、実際に訳なかったら大剣を受け止めた後にわざわざ左腕を絡ませたりなんかしない。

 脱臼である。

 肩を上げるどころではない。そもそもピクリとも動かないのだ。

 雉郷先生は大きなため息をつくと、ハンカチを手渡した。

「えっと……?」

「そのくらいなら治せるのです。ほら、ちょっとこれを噛んでいると良いのですよ」

「ふぁい、ふぉうれふか」

「咥えましたね? じゃあ、よいしょっと」

 雉郷先生があまりにも軽い調子だったので油断した。

 人体から鳴っているとは思いたくない鈍い音が激痛とともにやってきた。神和は絶叫を上げながらのたうち回る羽目になった。

「えっと、大丈夫ですか……?」

「だ、大丈夫大丈夫……ほら、腕動くし平気だよ」

「ごめんなさい……私、戦いになるとテンション上がっちゃって……が、頑張って手加減はしてるんだけど……」

「…………」

 頑張って手加減しても大剣の一撃で肩が外れるらしい。ちょっとこの子ヤバいな、と思う神和であった。

「因みに先程の攻撃はしゃがむことが正攻法なのです。まぁ、十中八九その後体術のコンボが来たと思いますが」

「マジで戦闘センスどうなってんだよ……」

「召喚獣の影響じゃない? 軍神とか召喚してると身体能力が並外れるケースがあるって聞いたことあるわよ。なんでもプロ選手を相手に圧倒できるとか」

 そんな連中が蔓延っていたらスポーツ界隈のバランスは完全に崩壊する。特にボクシングやレスリングなどの個人に重きを置いている種目は軒並みアウトだ。因みにニュースでもネットでもその手の不正はなしは聞かない。召喚士がその事実に気付いていないか、或いは良心で自重している……だけではない。もっと単純な理由があるのだ。

「ま、そうならないように召喚獣の自己申告が求められてるらしいけどな。拒否と虚偽申告は一生ブラックリストに載っかるし」

 答えは簡単。普通に規制されているだけである。まぁある意味で『選手の善良な心を信じます』と丸投げするよりは分かりやすくて平等だろう。

『まぁ、実際その娘は神格クラスだ。生き残れて良かったな』

 そんな事を言いながらルシウスが現れた。口の端々に悪意を感じるが、そこらは全てスルーすることにする。

「神格クラスとか……因みに特定は出来たのか?」

『大剣だけならヌアザやアレス、マルスなども候補に入るが、棍棒すら使えるメインウェポンとなると限られてくる。軍神を思わせるほど高度な戦闘センス、好戦的な性格と言動、特定の象徴する武器がないとするとアナトくらいだろう』

「えーっと、誰?」

『ウガリット神話に登場する女神だ。神は同一視と習合の関係で属性や性格が付与されることがあるが、一般的には愛と戦いの女神だな』

 ……と、言われてもである。正直ウガリット神話という単語自体初めて聞いた。日本神話やギリシャ神話ならだいたいそこら辺で伝えられている神話なんだろうなと想像がつくが、ウガリット神話のウガリットとはどこなのだろう。

 なおウガリットは古代都市の名前で、現在ではシリアと呼ばれる国に相当する。まぁそんなことを神和は知るわけがないので適当に相槌を打ちながら、

「あー、おう? っていうか全体的に何をした神様ひと?」

『兄の仇を切り刻み、ふるいにかけた後灰になるまで焼き尽くし、臼でひいた挙げ句畑にばら撒いた逸話がおそらく一番インパクトが有るだろう』

「下手な神様クソヤロウよりロクでもねぇ!!」

 以前おどおどしている図書委員が印象的な図書室で『よく分かる神様図鑑』みたいな本を読んだことがあるが、ギリシャ神話の主神も相当酷かった覚えがある。他にも日本神話は最高神が引きこもりになったり北欧神話では主神とその義兄弟がだいたいの騒動の元凶だったり、インド神話に至ってはスケールが大きすぎていったい宇宙がいくつ滅んだのか分からないレベルだった。神様はロクデナシの代名詞なのかもしれない。

「それで? 悪魔こいつの推測は当たってるの?」

「えぇ、まぁ、その通りなんですけど……あれだけの情報でよく特定できましたね」

『太刀筋と体術の癖から大まかな見当はつく。あとは使用武器、戦闘時の思考傾向から順々に特定するだけだ。知識さえあれば猿でも出来るさ』

 それだけ言うとルシウスは姿を消してしまった。どうやら召喚獣の正体を告げに現れただけらしい。敵対しているわけでも、これからまた戦うわけでもないのでそれ以上の情報は必要ないと判断したのだろうか。

「っていうかそれだけ強いんだったらあの時の俺って余計なお節介だったんじゃ……?」

「そんなことないですよ。えっと、ほら……私戦いになるとああなっちゃうのでセーブが難しいというか……。だからこうしてブレーキしてくれる人が近くにいないとあまり使いたくなくて。大怪我とかさせたら大変だし。あ、それでもそういう時はちゃんとお断りしてますよ」

 ここまでの流れのせいで断り方が穏便な方法なのかちょっと不安になってきた。例の不良達は命を助けてもらったと思って感謝してほしい。

「? 雉郷先生?」

「これで良し、と。では神和くん、今から保健室に行ってきてください」

「え、でもまだ授業終わってないですけど……」

「あの荒治療は道中で転ばないようにする応急処置なのです。脱臼は普通なら病院行きなのですよ。授業の方はちゃんと出席として処理しておくのでしっかり診てもらいなさい」

 というわけで半ば強制的に保健室へ向かうことになった。

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