恐怖のテスト前〜ぶちょー、佐久間の場合〜

「ぶちょー、勉強しなくて大丈夫なんですか?」


 ヤモリにブツブツ話しかけて時々不気味に笑っているぶちょーを見かねて、私は声をかけた。今日は期末テスト前日。のんびり生き物達と戯れている暇などないはずである。

 ぶちょーはギクリと肩を震わせて無駄に大きな声で笑った。誤魔化すのが下手すぎる。


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと勉強してるから」


「昨日も一昨日もその前も、夜七時までここで遊んでらっしゃいましたよね?」


「ぐっ……」


 やっぱり勉強してないな、この人。

 私はジト目でぶちょーを睨んだ。


「ぶちょー、また補習にかかって、ぶちょーの爬虫類たちの餌やりと掃除を代わりにやるのは、私はもう嫌ですよ」


「そ、それはすまん……そういえば、鮎川はなんで生物室で勉強してるんだ?」


「いつもは図書室使ってるんですけど、今は閉まってるんです。家で勉強しようにも、一階で定食屋をやってるので営業時間はうるさくて」


「へえー」


 ぶちょーは自分から聞いたくせに、もう爬虫類たちの世話に夢中である。

 今回も補習確定だな、と思ったその時。


「たのもーー!」


 生物室の扉が壊れそうなほどの勢いで開き、佐久間先輩の怒声が響いた。


「げっ、佐久間!」


「やっぱりここにいた!ほら行くよ!」


「いいって、ほっとけよ!」


「よくない!」


 ぶちょーを拉致ろうとする佐久間先輩、抵抗するぶちょー。突然やって来た嵐のように喚きながら揉み合っている。


「あのー、佐久間先輩、どうされたんですか?」


「先生に頼まれて、今日は私がぶちょーの家庭教師なの」


「嫌だ!勉強したくない!佐久間こわい!」


「うるさい!今回ぶちょーが赤点取ったら、連帯責任で私まで補習なの!死んでも赤点回避させてやるから!」


「イヤだああ!鬼ーー!」


 ぶちょーが本物の鬼でも見るように、恐怖に引きつった顔で泣き叫んでいる。

 もう一度言おう。大の中三男子が泣き叫んでいる。


「そんなに佐久間先輩って厳しいんですか?」


「ああ、前も同じようなことがあったんだが、日曜日朝六時から夜零時まで休憩なしで勉強させられた……」


「ワーオ、十八時間勉強だ〜」


 ぶちょーは思い出しただけで顔色が悪くなっている。

 と、いきなり佐久間先輩がぶちょーの肩を掴み、顔を佐久間先輩に向けさせた。

 そして、厳かな様子で言った。


「君は誰?」


「は?」


 あれ、なんか始まった。


「君はただの冴えない爬虫類ヲタクかって聞いているの」


「はい、そうです」


 ぶちょー即答。


「バチン!」


 佐久間先輩、平手打ち。この間、0.037秒(計測:鮎川)


「違うでしょぉぉ!」


 壁まで吹っ飛んだぶちょーに佐久間先輩が叫ぶ。

 ぶちょーは歩み寄る佐久間先輩を呆然と見上げる。

 佐久間先輩はぶちょーの側まで行くと、仁王立ちで言い放った。


「ぶちょー、あなたは世界を取れる」


「は?」


 これは私。突拍子のない展開に漏れた声だ。

 佐久間先輩はさらに続ける。


「ぶちょー、あなたには才能がある」


 あるかな?


「この学校に、この日本に収まる器じゃない」


 ぶちょーが目を見開く。


「佐久間……」


「今は周りに馬鹿にされているかもしれない。バカ、アホ、晩年赤点野郎、アインシュタインから最も遠い男、ミジンコの方がまし、毛虫食って寝てろ……」


 ちょっと酷すぎませんか?


「でも!」


 佐久間先輩がしゃがんで、ぶちょーの肩にポンと手を置く。二人が見つめ合う。


「私は知ってる。あなたはできる」


「さ、佐久間……」


 ぶちょーの目が潤んでいる。


「さあ、私に付いて来なさい!本当の貴方をみんなに、世界に、いえ、宇宙全体に知らしめるために!」


「佐久間先生!一生付いていきます!」


 何この茶番。


「明日に向かって走れ!」


「はいっ!」


 二人は走って出ていった。


「……徹夜コースだろうなあ」



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