第16話 圧倒的な強さ
「急に大きな声を出してどうした……?」
戦闘になれば勝ち目は薄いため、I世を刺激しないよう、恐る恐るイチローは尋ねる。
「どうしたもこうしたもあるか!? なんなんだお前らは! 俺以外にも転生者がいるなんて聞いていないぞ!? それになんで全員が同じ名前なんだよ!?」
もはや最初に現れた時の威厳はどこへやら。
若々しい少年の口調でI世は困惑している。
I世が『鑑定』の能力を使ったことをイチローは分からないため、いきなり本名がバレたことに多少の驚きを覚えながらも、冷静に返事を返した。
「そんなの決まってるだろ? 俺らは未来のお前だからだよ」
「なんで!?」
「いや、なんでと言われても……なんでだろうな?」
それ以上説明のしようがない。
イチローにも理由は分かっていないのだ。
頭をかいて閉口する。
「………もういい」
「え?」
「もういいと言ったんだ。俺以外に俺がいるなんて気持ちが悪い。それに、お前らが転生者だっていうなら俺を脅かす可能性がある」
そう言うと、I世は手元に武器を召喚する。
身の丈以上に巨大なその大太刀は、妖しく輝きを放っていた。
「待てって! まだ話は───」
「俺は俺一人だけでいい!」
腰を低く落とし、刀を上段で並行に構えるI世。
ひとたびその刃が振るわれれば、一呼吸の間に首が飛ぶだろう。
「チッ! やっぱりこうなんのかよっ! アミリアッ!!」
「合点承知っ!!」
イチローの合図と共に、I世の背後の地面が盛り上がる。
地中から飛び出すのはピンクの小さな影。そう、アミリアだ。
アミリアは、上空に投げ飛ばされた後、その勢いのまま地面に拳を叩きつけ穴を穿ち、ずっと気を窺っていたのだ。
「シッッッ!!」
背後からの奇襲。
さすがのI世も、死角からの攻撃には対処しきれない。
背中からモロにアミリアの蹴りを受け、バキボキという音を鳴らしながら、くの字の形に折り曲がる。
その体勢のまま吹き飛ばされるI世。
向かう先にはイチローが笑顔で待ち構えていた。
「オラァッ!」
パチーン!と小気味の良い音が鳴る。
イチローは、この絶好の追撃のチャンスに殴るでも蹴るでもなく、まさかの平手打ちでI世を迎え撃った。
「ちょっ!? なにやってんのイチロー! はやく追撃!」
アミリアは慌てて自分も追撃の手を加えようとする。
だが、イチローは手のひらを向けて静止させた。
「まあ待てアミリア。決着はもうついた」
「? どういうこと?」
理解が及ばないアミリア、そして、無言で立ち上がるI世にも、わかるように説明をする。
「俺の固有能力は『
イチローはもはや勝負はついたという態度で語りかける。
I世はなおも無言だ。
「それに加えて、俺が触ったのはI世、お前の頭部だ。この意味がわかるな?」
暗にもう降伏しろとイチローは宣言する。
絶対に勝てない戦力差も、奇襲と自身の能力でなんとか勝利を収められたことに、イチローはホッと息をつく。
正面から戦えば五分とかからずにやられていただろうが、そこはアミリアの不意打ちが上手く決まった。
そして、イチローな能力は触れたものを爆弾に変える力。それは、いくらI世の防御力が高かろうと関係なく肉体を爆裂させる。
頭部を爆弾に変えられたI世の命は、もはやイチローが握っていると言っても過言ではない。
この戦いの決着はついた。
「………だから?」
────その筈だった。
一陣の旋風が吹く。
それは、一瞬で過ぎ去り、通った後には真っ赤な血が流れていた。
「な……は?」
イチロー目を剥いた。
何故なら、強大な魔物を何匹も打ち砕いてきた自慢の拳が、目の前に転がっていたからだ。
「ぐ、があぁあああああああ!?」
切り飛ばされた、利き手である右肩の切断面を残った左手で押さえつける。
(何も見えなかった! クソが、めちゃくちゃ痛てえ!! いや、それよりイチカとアミリアは!?)
イチローは激痛に耐えながらも、周囲に目を向ける。
アミリアも自分と同じように肩を押さえてはいるが、両断されてはおらず腕は繋がっている。
だが、それでも傷はかなり深く、今すぐ治療が必要だろう。
そして、イチカはかなり重症だ。
片腕を切り飛ばされただけに飽き足らず、腹を裂かれて中から臓物を覗かせていた。
イチカの命は、急いで治療しなければもはや一刻の猶予もない。
「なに、してやがんだてめえぇぇえええ!!」
イチローは何の躊躇もなくI世の頭部を起爆させた。
黒い煙と、肉の焼ける匂いがする。そこには、下半身だけになったI世の死体があった。
前々から嫌な奴で、許せない奴だと思ってはいても、本当に殺すつもりなんて持ってなかった。
だが、そんな思考は怒りで吹き飛び、ただ仲間の報復のために、イチローは本気の殺意を持ってI世を殺した。
「ハア……ハア……」
怒りと痛みで、思考が乱雑になる中、やってしまったという思いがイチローの心に響く。
初めて人を殺めてしまった。
罪悪感で心が押しつぶされそうになる。
「皆さん大丈夫デスか!?」
クラリスが傷の心配をして、駆け寄ってくる。
だが────
「離れていろそこの女。お前に用はない」
信じられない声がした。
それは、今し方弾け飛び、死んだはずの人物の声。
「なん、で、生きてやがるんだ、お前……!?」
身体についた土埃を払って、余裕を取り戻したI世は淡々と答える。
「『超速再生』の能力だ。危険な異世界で生きるのならば、自力で傷の回復くらい出来ねばな」
そう言うと、I世はクラリスに対して視線を向けた。
「聞こえなかったか? 我は失せろと言ったんだ」
「……あ、う………」
I世が放つ強者の威圧に、クラリスは恐怖で動けない。
クラリスは、蛇に睨まれたカエルの気分だった。
I世が恐ろしい。この場から逃げ出したいのに、足がすくんで動けない。
そんな極限状態に陥ったクラリスの脳は、あっさりとその意識を手放した。
「フン、恐怖で気を失ったか。まあそれでも構わん。邪魔さえしないのならば、女であるし生かしてやる」
I世は興味を失ったのか、クラリスを放置し、再びイチローに視線を戻す。
イチローは、冷や汗が背中に流れていくのを実感する。
それが痛みから来るものなのか、恐怖からくるものなのか。
「なかなか痛かったぞ? それに、良い能力を持っているな」
「………クソッ……」
もはや、イチローに打つ手は残されていなかった。
万事休すである。
「その能力は危険だ。防御力に関係なく爆発させるというのは、下手に成長すると我の天敵になるやもしれん」
そこで一区切りつけると、I世は大太刀をイチローの首に添えて言った。
「だから殺す」
そこには、一切の迷いも躊躇いもなく、それを当然だとI世が思っているのが言葉の端から感じ取れた。
イチローは目を瞑って、この世界でこれまで行ってきたこと、出会った人々に想いを馳せた。
そして─────
「……分かった。けど、殺すなら俺だけにしとけ。他の奴らは雑魚だから、別にお前を脅かすほど強くはならねえよ」
一人犠牲になる覚悟を決めたのだった。
「………あのピンクの髪の小さい女。アレは成長すれば我を上回る膂力を手にする可能性がある。それを認めるわけには───」
「お前はあんな小さな子供に負けるのか?」
言葉を被せてイチローは挑発する。
I世のプライドが高い。そのため、絶対に乗ってくるとイチローは確信を持っていた。
I世は顎に手を当てて、少しの間逡巡すると、頷く。
「それもそうだな。我があんな小娘に負けるはずがない。いいだろう、他の奴らは見逃してやる」
「助かるぜ」
ここでI世が頷いたのは、イチローの挑発に乗ったからというのもあるが、アミリアを未来の自分だと思っていないからだ。
『鑑定』の能力を発動した時、アミリアだけは隠れていたためその正体が知られることはなかった。
もしもその事実に気がついていたならば、その脅威さと同一人物という不快感で確実に殺されていただろう。
イチローの立てた奇襲作戦が、結果として功を奏したのだ。
自分の死は決まっているというのに、イチローは心穏やかでいる。
イチローは笑顔で目を閉じた。
(まあ、最悪の結果にはならずに済んだ。俺にしてみれば上等な方だろう)
イチローは改めて過去を振り返る。
(この世界での暮らしは楽しかった。元の世界では社会に上手く馴染めなかった俺でも、ここでなら何にも縛られることなく、自由に生きることができた)
閉じられた視界の中、イチローは刃が自分に向けられるのを感じた。
現に、I世は大太刀を大きく振りかぶっている。
(ああ、でも────)
イチローの首目掛けて、I世の刃が振り下ろされる。
(クラリスとHしたかった〜〜………!)
蒼漢山に鮮血が舞った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます