多重転生〜未来の自分がウザすぎる〜

第15話 己との対面

　────それは一瞬の出来事だった。

　ターヌァーカI世───長いので以下簡略してⅠ世と呼ぶ───を視認したイチローとアミリアは、お互い何か合図を送ったわけでもないのに、左右から挟み込むよう同時に襲いかかった。

　勇者パーティーが誇る、最大最強の戦力だ。

　あれほど巨大な龍すらも、一方的に追い込んだその力。

　並大抵の相手なら、刹那の合間に葬り去るだろう。

　さらに、強敵との戦闘をこなしてお互いの実力をある程度理解した今の彼らは、連携も完璧だ。

　同一人物であるため、その呼吸はぴったりであり、息のあった共闘を可能とする。

　まさに阿吽の呼吸といったところか。

　お互いの呼吸を合わせた左右からの渾身の一撃。

　直撃すればミンチは必至。

　最低でも、再起不能にはなるだろう。

「……その程度か？」

　そう考えていたのが甘かった。

　アミリアが放った勇者パーティー最強の拳は、真正面から片手で受け止められる。

　そして、イチローの拳は─────人差し指のたった一本だけで押さえられていた。

「嘘……だろ………？」

　イチローは愕然とする。

　目の前の光景が信じられなかった。

　この世界に転生してから、ただの一度として負けたことはない。

　どんな硬い魔物だろうと、その拳で打ち砕いてきた。それでも倒せぬ相手は爆破させれば動かなくなった。

　唯一まともに戦いと呼べるものになったのは、つい最近戦った龍だけ。

　しかし、あの龍との戦いも、振り返ってみれば一方的なものであった。

　圧倒的な力で敵を倒すのも楽しいが、対等な力を持った相手と戦ってみたいという気持ちも、無いわけではなかった。

　だがこれは………そういう次元じゃない。

　指で攻撃を押さえつけられるだけで分かった。

　絶対に勝てない。

　今まで戦った何よりも、I世の指先からは圧倒的な力の差を感じる。

　自身がこの世界の魔物に対して抱いた感情。

　きっとI世は今、それを味わっているんだろうな、漠然とイチローはそう感じた。

「失せろ」

　そのまま腕を掴まれると、ただの腕力だけで天高くに放り出される。周りにはどこまでも広く青い空と雲が広がっていた。

　技も何も無い純粋な腕力。それに抵抗できず、投げられるということは、もはや戦いにならない程に力の差があるということだ。

　『怪力』の能力を持つアミリアすらも、抵抗できずにイチローと同じく宙を舞っている。

　それがはっきりと力の差を物語っているだろう。

「………え？」

　状況が飲み込めていないクラリスは、呆けた声を上げる。

　クラリスには、何が起きたかすら分からなかった。

　気がついたら目の前からアミリアとイチローが消え、そして後ろにいたはずのイチカが自分を守るように立っているのだ。

　クラリスからしたら、まるで時間が飛んだかのような感覚だろう。

「な、なにが起きたんデスか……？」

　目を瞬かせて、理解の及ばない事態に困惑する。

　イチカは、そんな彼女を庇いながらギリッと歯を噛み締める。

　イチロー達は、転生したときに最低限の身体能力、動体視力を肉体に備えている。

　そのため、あまり戦闘向きの能力ではないイチカでも、今起こった事態は掴めていた。

　見えてしまったからこそ、結果として勝ち目がないことにも気付いてしまったわけだが。

「クラリスちゃん。絶対に私から離れないでください」

　そう呟くイチカの声には、余裕がなかった。

　いつものように懐に手を入れると、カードを取り出して転身する。

　つい最近扱えるようになった、水の力を内包した姿で、I世に対立する。

「なんだ貴様のその姿は……我の気を惹こうとしているのか？　まあ、貴様はなかなか良い身体をしているし、我の妾になりたいというのなら別に構わんが？」

「お断りです。この格好は趣味なのでお気になさらず。それで、こんな山まで魔神さまが何のようですかね？」

　傲慢な態度を振る舞うI世に眉を顰めながらも、イチカは冷静に対応する。

　鼻につく態度にイラッとするが、平常心を心がける。

　まずは対話からだ。相手の望みを聞いて、事が穏便に済むのなら、それが一番良い結果であるとイチカは思っている。

　I世は鼻を鳴らすと、さも当然のように答える。

「何の用だと？　そんなもの決まっている。ここにいる誰かが我の創り出した龍を殺しただろう。その復讐だ」

「……復讐ですって？」

　イチカは聞き返す。

「ああ、アレは我が最初に創り出した魔物でな。思い入れが多少はある」

「なら、どうしてあの龍に名前をつけてあげなかったんですか！」

　I世は目を見開く。まるで、そんな事を聞かれるとは思わなかったという顔だ。

「アレは最初に創った魔物だったから、出来が悪くてな。失敗作に名前を付けるのはみっともないだろ？」

「………みっともないのはあなたの方です」

「なんだと？」

　I世は機嫌が悪そうに、口をへの字に曲げる。

「女、貴様がたとえ我の好みの姿をしているからといって、手を出されないわけではないんだぞ。それを踏まえて、もう一度言ってみろ」

「何度でも言ってやりますよ！　力を手にした途端、舞い上がって他人を見下して、いったい何様のつもりですか！　失敗作っていうなら、あなたの人生そのものが失敗作なんですよ！！」

　イチカは、ついカッとなってそんな事を言ってしまう。

　彼女は、龍に対して一人、思うところがあった。

　そのため、怒らずにはいられなかったのだ。

　ちなみに、人生が失敗作というのは、身をもって味わった事実を元に、口から出た本心だ。

　I世を貶すついでにイチローも巻き添えを喰らっているが、些細な問題だろう。

「吐いた唾は飲めんぞ、女ぁ……！」

「やばい、どうしましょう！？　やってしまったかもしれません……！」

　対話の道はあっさりと断たれた。

　田中一郎という人物に共通する部分として、頭に血が上りやすいという特徴もあるようだ。

　I世も、己を馬鹿にされた事で頭にきている。

　まず間違いなく、このままではI世に嬲り殺されるだろう。

「いんや？　よく言ったぜ、イチカ」

　I世の背後から声がかけられる。

　勢いよく振り返ると、先程上空へぶん投げられたイチローが立っていた。

「貴様……よくあの高さから落ちて無事だったな。普通は死ぬぞ」

「身体だけは頑丈にしてもらったからな。それに、勇者がそんなんで死んだら興醒めもいいところだろ？」

　そう言いつつも、イチローの身体にはダメージが残っていた。

　上空何十メートルからの高所から落ちたのだ。

　いくら転生して頑丈な身体を貰ったとはいえ、ただでは済まない。

「ほう……！　なるほど、なるほど……貴様らが勇者パーティーだったか！　その名は我の耳にも元届いているぞ！」

「なんで嬉しそうにしてるんだよ」

　勇者、という言葉を聞くと、I世は怒りを引っ込め、急にハキハキと喋りだした。

「勇者が相手ならば、復讐にもやる気がでるというものだ！　さあ、我が僕を葬った敵討ちをさせてもらおう！」

「ちょっと待った。復讐というなら、こっちにも言い分があるぞ」

　イチカには結局できなかった対話を、今度はイチローが試みるようだ。

　物理で勝てないのなら口で負かす。彼の目はそう語っていた。

　イチカ以上に喧嘩っ早いが、はたして大丈夫であろうか。

「お前が、生み出した龍のせいで、そこにいる女の子の村が大変なことになったんだが、その責任はどう取るつもりだ？」

　顎をしゃくって、クラリスを示す。

　それに対して、I世の反応は淡白なものだ。

「魔物は人を襲うものだろう。それは仕方がない」

「はあ！？　それで済むわけないだろ！　子供が悪い事をしたら産んだ親御さんが責任を取るのが筋ってもんじゃないんですかねえ！！」

　気を大きくして、威圧的にI世に絡む。

　さながらパワハラ上司の如く。

「復讐する権利はむしろこっちにあるんじゃないのか！！　ええ！？」

「いや……我の管轄外だし……」

　怯んだ様子を見せるI世を見て、イチローは口喧嘩なら勝てると確信した。

「彼女を見ろ！　まだあんな若いのに、親を殺されたんだぞ！　お前に罪悪感はないのか！？」

「…………………」

　指を指されるクラリスは居心地が悪そうだ。

　今がどういう状況なのかもよく分かっていない。

「おい！　どうなんだ！！　なんとか言ってみろ！！」

「………そんなの俺の知ったことか！！」

　I世が吼える。

　ただそれだけで衝撃波が起こり、イチローの髪を巻き上げた。

（あっマズい。追い詰めすぎた）

　残念。イチローの説得も失敗してしまった。

　I世は知らん知らんと駄々をこねて、逆ギレをし始める。

「魔物が人を殺すのは当たり前だし！　別に責任とか関係ねーし！　俺はただ復讐がしたいだけなんだよ！！」

　メッキが剥がれ、尊大な口調ではなくなり元の16歳の田中一郎が本性を現した。

「待て待て！　十代特有の狂った倫理観を振りかざす前にキチンと話し合おうぜ。な？」

「知るか！　お前を殺して俺は復讐をする！」

（ダメだこいつ……！　スナック感覚で復讐しようとしやがる……。さすがは俺の十代の頃だ。クソガキすぎるぜ！）

　だが、イチローはまだ対話の道を諦めていなかった。

　同じ田中一郎なのだ。話し合えば分かり合えるはず。

　現にアミリアとイチカとはそうだった。

「復讐は憎しみの連鎖を繰り返すだけだぞ！」

「だったら俺が復讐した後で誰かさんが我慢すれば良いだろ！！」

「クッ……！　強い……！」

「子供の自分に口喧嘩で言い負かされないで下さいよ！？」

　イチカのもっともなツッコミに、イチローはぐうの音も出ない。

　年を無駄に重ねただけで、頭脳はまったく成長していない証拠だろう。

「あ？　自分……？　何言ってるんだお前？」

　イチカの発言に不可解さを感じるI世。

　その疑問を晴らすために、彼が持っている能力の一つを発動させた。

「（鑑定！）」

　固有能力『鑑定』

　相手の強さ、能力、年齢、名前に至る全てを見破ることができるI世が持つチート能力である。

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　田中一郎　年齢26歳　転生者

　固有能力『爆殺王（ボム・キング）』

　触れたモノをなんであろうと爆弾に変える

　STR（筋力）　　100───A

　CON（体力）　　90───B

　DEF（防御力）　80───B

　POW（精神力）　5───E

　DEX（敏捷性）　90───B

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　田中一郎　年齢36歳　転生者

　固有能力『魔法少女』

　さまざまな魔法を使いこなせる

　STR（筋力）　　25───D

　CON（体力）　　30───D

　DEF（防御力）　35───D

　POW（精神力） 550───S

　DEX（敏捷性）　30───D

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「なんだお前ら！？」

　理解不能な事態に陥った人のお手本みたいな反応で、I世は狼狽えた。