第14話 相見える



「「「……………………」」」


 空に浮かんだ陽光を全身に浴びながら、この数時間で酷くやつれた様子の三人は目を細める。

 地獄からようやく這い出た彼らには、その光が眩しすぎた。

 すると、そんな彼らに遠くから少女の声が掛けられる。


「おーーい! 皆さーーん!」


 こちらに向かって小走りしながら近づいてくるのは、イチロー達を地獄に突き落とした張本人、クラリスだ。

 上空の眩い太陽と同じくらい、輝かしい笑顔で手を振りながらやってきた。


「ってあれ? 皆さんどうしたんデスか? 出てきたってことは、思いを果たして結ばれたんデスよね?」


 近くまで来ることで、ようやくイチロー達の様子がおかしいと気がついたクラリス。

 彼らの俯いている顔を窺うつもりで、姿勢を下げて、表情を覗き込む。


 そこから見えたイチロー達は、皆揃って死んだ魚のような目をしていた。

 そんな見るからにヤバイ目になった眼球を、ギョロリと動かして全員がクラリスを凝視する。


「ヒィッ!? な、なんデスか……?」


 クラリスには、地獄を作り出したという自覚がない。

 なので、イチロー達がどうしてこんな姿になっているのか、皆目見当がつかなかった。


 無自覚で善意から行った鬼畜の所業。

 それは、まだ未成熟の少女が勘違いをしたせいで起こってしまった悲劇だ。

 イチロー達もその事には気付いていた。

 彼女が悪意を持って自分達を地獄に突き落とした筈はない、と。

 

「クラリス………」

「は、はい……?」


 気づいている。

 気づいてはいるが………


「ふざけんなよお前えええええええええええええ!!!!」

「痛っ!? えっ、なんで???」


 理解はしていても気持ちは別だ。

 イチローは握りしめた拳をクラリスに振り下ろす。

 叩かれたクラリスは、本気で意味がわからないという顔で、瞳に涙を滲ませている。

 

 イチローはどうしても許せなかった。

 よりにもよって、自分の初めて童貞をTSした変態のおっさんに捧げる羽目になってしまった事を。


 イチローは激怒した。

 必ず、かの無知蒙昧の少女を殴られねばならぬと決意した。

 イチローには女心がわからぬ。イチローは、チート転生者である。魔物を殴り、爆殺しながら暮して来た。けれども筆下ろしに対しては、人一倍に敏感であった。

 

「呆れたやつだ。生かして置けぬ」


 イチローは、恨み深い男であった。


「やめんか馬鹿タレ」

「ガッ!?」


 最悪の形で、二十六年モノの貞操を喪失した悲しみの果てに、正気を失ってしまったイチロー。 

 そんな彼を、アミリアが後ろから殴って気絶させた。

 気を失ったイチローは、糸の切れた人形のようにその場に昏倒する。

 その顔は、心なしか先程より安らかであった。


「はあ……まあ気持ちはわからんでもないんだけどね……」

「私たちも初めての時は酷い体験でしたからね……」


 どうやら、とち狂ったイチローの姿を見て、アミリアとイチカは冷静さを取り戻したようだ。

 アミリアは意識のないイチローを肩に背負うと、クラリスに向き直る。


「クラリスちゃん。なんであんな事したの? そのせいでイチローはご覧の有様になっちゃったよ」


 肩を上げて、背負ったイチローを見せつけるようにしながらクラリスを問いただす。

 悪意がないのは分かっているが、何故あんな地獄に自分達を送り込んだのか。これが分からない。


「え……だって、皆さんは愛し合っているんデスよね?」

「ん〜〜〜? 大前提みたいに言われてもアミリア困っちゃうなぁ……。クラリスちゃんはどうしてそう思ったの?」

「そんなの簡単デスよ。普段から皆さんを見ていれば、そんじょそこらの恋人同士よりも硬く、深い絆で結ばれているのが一目瞭然デス!」

「………なるほどねぇ……それで?」

 

 もう前提の時点でおかしいのだが、話は最後まで聞こうとアミリアは続きを促す。


「愛し合っているのに、なかなか良い感じの雰囲気にならないな〜って思ったから、儀式の間に入れて仲良くなって欲しかったんデス!」

「このお馬鹿!」

 

 変な方向に思い切りのよさを発揮するクラリスに、とうとう罵倒が飛び出るアミリア。

 クラリスのことはもちろん今でも好きだが、それとこれとは話が別だ。


 今回クラリスが行ったのは、強姦を強要させた事とほぼ同義なモノだ。

 前世だったら完全に犯罪行為である。

 まあ、主たる被害者がイチローだから許すが……などと考えながら、アミリアはしっかりと説教する。


「いい、クラリスちゃん! 相手のためを思っても、合意もなしに何かを強要させるのは駄目だよ? それに、あたし達は全然恋愛関係じゃないから」

「え!? そうだったんデスか!?」

「そうだったんだよ。あたし達だったからまだ良かったけど、他の人には絶対にこういうことやらないようにね? 約束だよ?」

「はい……ごめんなさいデス……」

 

 事実を知り、クラリスは非常に申し訳なさそうに頭を下げる。

 彼女は空回りしやすいタイプなのかもしれない。


 ハア……とため息を吐いて、アミリアは腰に手を当てる。

 説教は好きではない。

 真面目そうなイチカにやって貰えば良かったと、今更ながらにそう思い、イチカに視線を向けるが、彼女はどうにも上の空の様子で、何やら足を動かしていた。


 イチカに何をしているのかと聞こうとしたその時、クラリスから話しかけてきた。

 

「あの……アミリア様って、その年齢デスし、もしかしなくても……初めて……だったデスよね……?」

「うん? あー……うん、まああたしの初めてなんてそんな価値ないし、イチローにくれてやっても別に」

「そんなこと言わないで下さい! ああ……どうしましょう……責任を取らないと……!」


 クラリスは自分の犯した罪の大きさを受け止め切れず、パニックになる。

 アミリアは自分の処女にそこまで価値を感じていないため、膜が無くなったことに関しては何とも思っていないのだが。

 それよりも、イチローとまぐわったせいで心に負った精神ダメージをケアして欲しいと思っていた。


「………クラリスの貞操を皆さんに捧げて責任をとる……といった形で構わないデスか……?」

「!?」


 いきなりとんでもない爆弾発言を投下するクラリスに、アミリアは食いつく。

 

「………マジで?」

「だってぇ……これ以外に責任をとる方法分からないデスよぉ………」

 

 泣きじゃくりながらクラリスは責任を取る、と言い続ける。

 そんな状況の中、アミリアはチャンスだと感じていた。


 弱みに漬け込むようであまり良い気はしないが、今の発言を聞いたのはアミリアただ一人だけ。

 イチローは気絶しているし、イチカは先ほどからもじもじとしていて話を聞いていない。

 つまり、ここでYESと答えれば、アミリア一人だけがクラリスを好きにできるのだ。

 心が邪な思いに支配される。


「そ、そうだね〜! たしかに、責任は取らないとね……」

「デス……」


 しょんぼりとするクラリスを唆し、アミリアは自分だけのものにせんとする。

 汚れを知らない純粋な少女は、邪悪な異世界美少女受肉おじさんに、今まさに手を出されようとしていた。


「じゃ、じゃあ、今晩、あたしと……」

「させるかあっ!」


 だが、その悪しき願いを打ち砕かんと、勇者は立ち上がった!


「──っ!? イチロー、貴様、生きて……!?」

「勝手に殺すな!」


 イチローは、背中に担がれていた状態であったため、そのまま首を絞めてアミリアの野望を阻む。

 前世では、チョークスリーパーと呼ばれた締め技だ。


「ちょ……! ギブギブ! 謝るから! 謝るから離して!」

「……………」

「いや離せよ!? 死ぬよあたし!?」


 ご立腹のイチローは、なおも離さずアミリアの首を絞め続ける。

 もちろん殺すつもりは毛頭ない。

 ただ────


「三時間くらい眠れアミリア。クラリスは俺に任せろ」

「貴様ァ……! 話を聞いていたのか……!」


 いやらしい笑顔でアミリアを締め落とそうとする。

 だが、アミリアの固有能力を忘れていないだろうか。

 アミリアの固有能力は怪力。

 力比べではイチローに勝ち目など当然あるはずもなく。


「あたしはこのまま両手でイチローの腕を挟んで血管をパァンってできるけど……どうする?」

「ぐっ! お前それ仲間に向ける技じゃないだろ……!」


 アミリアの小さな両手で、軽くではあるが腕を圧迫され、血管が破裂するのを幻視したイチローは、たまらず首から手を離した。

 少女の外見で、ヤクザのようなことを言うアミリアは年齢を重ねた分、一枚上手であった。


「まったく……ごめんねクラリスちゃん。やっぱりさっきの話はなしで。イチローもいいよね?」

「まあ、お前に取られるくらいなら無しのがマシだな」

「え……でも……!」

「でももクソもなし! この話はお終い! オーケー?」

「……はいデス」


 クラリスはまだ罪悪感が残った顔をしているが、それはおいおいなんとかするとして、今は他に気になることがあった。


「イチカ、さっきから何やってるの?」

「……あ…アミリアさん……」


 心ここにあらずという風のイチカ。

 彼女は先ほどからずっと所在なさげに足を動かしてもじもじとしていた。

 イチローも気になっていたようで、さらに追求する。


「なんだよ、もじもじしてないで、何かあるなら言えよ。……仲間なんだから」

「いえ……その……」


 頼って欲しそうにするイチローだったが、イチカは言いにくいことなのか、口をもごもごと動かすだけでなかなか言おうとしない。

 急かすわけでもなく、黙ってイチカから言ってくれるのを待つ一同。

 そして、ついに決心がついたのか、羞恥に悶えながらもイチカは口を開いた。


「あの……股から、……ぃえきが漏れてきちゃったみたいで………パンツ、着替えたいんですけど……」

「「………エッッッ────」」



 この後のイチローとアミリアの反応は、人として最低なものであったと記述しておく。






☆☆☆☆☆☆☆






 替えのパンツを取りに、再び村へと向かうイチロー達四人。

 ふざけあいこそすれ、そこには穏やかな時間が流れていた。

 

 ───だが、平和というものは得てして長くは続かないものである。


 突如として、天から何かがイチロー達の目の前に落下してきた。


 隕石を思わせるその衝撃に、たまらず腕で顔を覆う。

 アミリアがクラリスを吹き飛ばないようにしゃがませ、その身体を抱き抱えて背中で庇ったため、幸い被害者はゼロで済んだ。

 

「いったい何だ!?」


 土煙で覆われた中、イチローが内心の困惑を隠さずに叫んだ。

 何かが空から落ちてきたという事は確認できたが、いったいそれが何で、なぜここに落ちてきたのか。

 ───それはすぐに理解することになる。


「クックック……」


 土煙の向こうから人の声がする。

 その声には、聞き覚えがあった。

 それも嫌な記憶だ。

 声の主の正体は────


「ハーハッハ!! よく聞け貴様ら! 我こそは魔族の頂点に位置し、この世を統べる者!!」


 聞き覚えのあるフレーズを発し、土煙を払ってその者は前に出た。


「ターヌァーカⅠ世である!!」



 イチロー達の額に青筋が走った。



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