第13話 地獄

 


 祝!勇者様の勝利&龍からの解放。


 これをテーマに掲げた宴の準備は、つつがなく進行された。

 あれよあれよという間に、子供達がテーブルと椅子をテキパキと運び、イチロー達はそこに座らされる。

 しばらくすると、香ばしい料理の数々が運ばれてきた。

 

「うわあ……! 何この豪勢な料理。今までの人生で見たことないよ……!」

「本当ですね。とてもいい匂いですけど、なんの香辛料を使ってるんでしょう?」

「しかし、よくこんなに沢山の料理を作るだけの食い物があったな。人質になっていた間でも、皆んな狩りとかは許可されてたのか?」


 今し方料理を大量に運んできたクラリスにイチローは尋ねる。

 クラリスは明るい声音で、上機嫌に答えた。


「いえ、当然人質は外出禁止でしたよ。これらは最近クラリスが狩った動物や魔物の肉もありますけど、今回の宴の肉料理の大半は龍の肉デス。ドラゴンステーキデスよ! ドラゴンステーキ!」

「え゛」

「いや〜冒険者の憧れとも言われるドラゴンステーキ。クラリスも一度食べてみたかったんデスよね〜」


 自分で運んできた料理の匂いを嗅いで、クラリスはうっとりする。

 その反面、イチロー達の反応は芳しくないものだった。


(いや、せっかくの異世界なんだからたしかに俺もドラゴンステーキ食べてみたいけどさ。ついさっきまで喋ってた奴を食べるのはキツくないか?)


 日本人的価値観からか、イチローは龍を食べることに忌避感を覚える。

 アミリアとイチカも同様のようで、微妙な顔をしている。

 特に、イチカは龍に対して何かしら思うところがあったため、その忌避感は強いらしく、口元を押さえている。

 その様子を見て、クラリスは焦り出す。


「あ、あれ? もしかして皆さんはあんまりドラゴンステーキに憧れとかなかったデスか。下げた方がいいデスかね……?」

「ああいや、別に食えないとかそういうわけじゃないんだけど、さっきまで会話していた生き物を食べるのは心理的にちょっとな……」

「そういうことデスか。ごめんなさい、配慮が足りていなかったデスね」


 クラリスはポンと手を叩いて頷く。

 そういう彼女は龍を食べることにまるで抵抗はないようだ。


「逆にクラリスは何とも思わないのか? 仲間を大勢殺した龍を食べることに関して。むしろ、その恨みがあるからこそ食べるのか?」

「別に恨みがどうこう言うつもりはありませんよ。もう終わったことデスから。ただ、亡くなったものは食べて供養する。それが殺した者の責任だと、私達エルフは信じているのデス」


 まあ、ドラゴンステーキが食べてみたかったっていうのもあるんデスけどね、と舌を出してクラリスは笑う。

 

「殺した者の責任、か。……そうだな。龍を殺した張本人は俺だ。なら、俺も供養しないとな」

「とか言って、本当はイチローもドラゴンステーキを食べたいだけじゃないの〜? 独り占めはさせないよ! あたしも食べるから!」

「……私も、食べます。供養というなら、私もやらないと」

「ええ、皆さん是非食べて欲しいデス。肉は腐るほど大量にありますから」


 にっこりと笑ってクラリスはそれぞれに厚みのある肉を手渡した。

 重量感のあるその肉は、見るからに美味しそうた。

 目の前に出されたことでより香ばしい匂いが鼻腔に広がり、食欲を刺激される。


「ごくり……」

 

 先程までの葛藤は何処へやら、イチローは、今にもその肉に喰らい付きたいという欲求に駆られている。

 隣を見ると、アミリア達も似た様子だ。

 戦闘を行うと、多大なカロリーを消費する。

 そのため、実を言うとイチロー達は現在腹ペコなのだった。


 その後、村の人達全員に料理と飲み物が行き渡り、クラリスが代表して音頭を取る。


「この度、龍の手によって多くの命が失われました。デスが、我々はついにその脅威から脱却しました! そう、この方々、勇者様のおかげデス! 皆さんグラスの準備はいいデスか?」


 クラリスの言葉に、黙って皆がグラスを手に持つ。


「勇者様の勝利に! 乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 注目を浴びることに若干のむず痒さを感じつつ、イチローはグラスを傾ける。

 シュワシュワとした喉越しが疲れた体に染み入る。

 

「くぅ〜〜〜!」


 そのため、おっさんくさい声が出てしまうのも仕方がないのである。

 お次は、先程からよだれを飲み込みながら待ち望んでいた、ドラゴンステーキだ。

 ナイフとフォークで肉に切れ目を入れる。

 切り分けた肉をフォークで持ち上げると、ずっしりと重たい。

 かなり食べ応えがありそうだ。


「あーっむ。もぐもぐ……」


(これがドラゴンステーキ………美味い! 分厚い食感は食っていて最高に肉!って感じがして、戦闘後のガッツリした物を食べたいという欲求を完全に満たしてくれる。味もしっかりとしていて、邪魔にならない程度に香辛料に負けない肉本来の味を主張させている)


 イチローは、思った以上に美味であったドラゴンステーキに舌鼓を打つと、一緒にお出しされた果実の付け合わせも美味しく頂いて、一息つく。


「「もぐもぐもぐ……」」


 周りを見れば、アミリアとイチカも黙々とドラゴンステーキを食べている。

 イチローもそれに従い、黙ってドラゴンステーキを食べ尽くした。

 

 時間は過ぎて、時刻はすっかり真夜中になる。

 子供達は寝息を立てて、夢の世界へと旅立った後だ。

 辺りが揺らめく炎で赤く照らされる中、大人達の宴は続き、酔いはどんどん回ってくる。

 次から次へと運ばれてくる龍料理の数々を食しながら、イチロー達は会話を弾ませる。


「イチカ、今更だけど、いつまで水着姿のままなんだ?」

「えー別にそのままでもよくない〜? 目の保養になるしさ〜!」


 すっかり顔を赤くしたイチローは、いつまでたってもその破廉恥な格好をやめないイチカに切り込む。

 顔が赤いのは酔いのせいか、はたまた、イチカの水着姿に照れているのか。


「あー……すっかり自分が水着なのを忘れてましたね。でも、今はもう少しこのままでいたい気分です」


 幸い今の季節は夏だ。

 水着姿のままでもそう簡単に風邪を引くことはないだろう。


「つーか、なんでそんな凄い力があったのに、最初の龍との戦いでは使わなかったんだ?」

「あう……それは……」

 

 イチローの最もな疑問に、イチカは耳が痛そうにする。


「私の能力って、前世で私が好きだった魔法少女アニメが元なんですよね。で、まあ早い話、この格好にトラウマがありまして……」

「またかよ! トラウマ多すぎねえか俺の10年後!?」

「イチカを怒らないであげて! これにはちゃんと仕方ない事情があるから!」


 イチカのさらに先の未来の自分であるアミリアは、事情が分かっているようで、腕を広げてイチカを庇う。

 アミリアのその言葉に、一先ず突っかかるのは話を聞いてからだと、顎をしゃくって話の続きを促す。


「その………深夜の会社で、まさに今の格好と同じ姿でコスプレ自撮りしているところを同僚に見られて、社内で村八分にされた経緯がありまして……」

「自業自得じゃねーか! 何が仕方ない事情だバーーカ! 滅びろ変態!」

「いたいっ」


 アミリアの頭をガンガンと叩いてキレるイチロー。

 今のイチカやアミリアと違って、前世の男の姿で水着を着ているのを想像してしまったイチローは、食べた物を戻しそうになるのを必死に堪える。


「まあ……はい……自業自得ですね。でも、久しぶりにこの姿になってみると、やっぱり気持ちがいいです。今日一日くらいなら、このままでも問題ないでしょう?」

「懲りろよ……」


 げんなりとした顔でイチカを睨む。

 トラウマを克服し、見た目も美少女になったイチカは、少し開放的になっていたのだった。


「ふふっどうやら宴は楽しんで頂けてるみたいデスね」


 勇者パーティーだけで話したい事もあるだろうと、村の皆と共に席を外していたクラリスが笑顔で話しかけてくる。


「ああ、この村の人達は明るくて話上手な人が多くて楽しいよ」

「子供達も素直で可愛い子ばかりだしね」

「ご飯も美味しいですし」


 今はイチロー達の間だけで内輪ネタを話していたが、それまでは積極的にエルフの皆と会話をしていた。

 気の良い人ばかりで、イチローもついつい話し込んでしまう程、彼等はコミュ力が高かった。


「それは良かったデス。この村に人間のお客さんが来るのは初めてデスからね。みんな勇者様と話したいってうずうずしてたデスよ」


 クラリスははしゃぎ疲れて眠っている子供達を優しい目で眺める。


「人間の客が初めてってマジか。なんで今まで誰も来なかったんだ?」

「ほら、罠とかいっぱいあったでしょう? アレって山に入ろうとする人間を追い返すために村長、私の父が仕掛けた物なんデスよ」

「あーアレね。お父さんはなんで人間を追い返したかったの?」


 重ねてアミリアが質問をする。

 クラリスは、なんとも言えない表情で事情を話す。


「父は古い考え方の人でしたから、人間と仲良くなんて出来ないって思っていたんデス。それでこの山に人間は立ち入り禁止に。まあ、その父は死んでしまいましたが」

「あっ……ご、ごめんね……」


 クラリスの地雷を踏むことに定評があるアミリア。

 イチローは、もはや叩き慣れてきたその頭を執拗に叩き続ける。


「別に構わないデスよ。終わったことに拘っても良いことなんてないデスからね。そ、れ、よ、り!」


 テーブルを叩いて、クラリスは身を乗り出してくる。

 急な態度の変化にイチロー達は戸惑うばかりだ。


「皆さんにちょっと来てもらいたい場所があるんデス! よかったらついてきてもらえませんデスか?」


 三人で顔を見合わせると、全員が首を縦に振った。


 クラリスに連れてこられたのは、龍を倒すまで人質がいた小さな家屋。

 手に持った明かりを提げて、ここまで案内された。

 

「こんなところに何かあるのか?」


 イチローが問いかけても、クラリスは返事をしなかった。

 クラリスは無言のまま、家屋の中に入って行く。

 その後を追うように、イチロー達も続いた。


 小屋の中に入ると、奥の方にぽっかりと穴が開いており、クラリスはその穴の中に用があるらしい。

 穴の中は階段になっていた。


「何も事情は聞かず、階段を降りてその先にある大きな扉に入って欲しいデス」

 

 神妙な顔で、クラリスは階段を降りろと言う。

 階段の終わりは暗くなっていて見えず、あまり気乗りはしない雰囲気だ。

 手をこまねいていると、クラリスは真摯な顔で訴えかけてくる。


「勇者様達のためを思ってのことデス。皆さんの本当の気持ちをクラリスは知ってるんデスよ? この先を行けばそれが叶うのデス!」

「「「マジ?」」」


 本当の気持ち。

 頬を赤らめて、恥ずかしそうにクラリスはそう言った。

 イチロー達全員の本当の気持ちといえば、「クラリスとイチャイチャしたい。もっと言うと、Hをしたい」というのが本音だ。

 

(こ、この先に進むと、クラリスとHな事ができるのか……? 言われてみれば、暗いのもHな雰囲気を作り出すためのように思えてきた……)


 緊張でドッと汗が噴き出す。

 明かりで照らされた他二人の顔を見れば、自身と同じように動揺しているのをイチローは視認した。


「ワ、ワカッタ。オリルコトニスル」

「ウン、クラリスチャンヲシンジルヨ」

「タノシミデスネ」


 カタコトになりつつも、クラリスの言を信じて、イチロー達は期待と緊張を胸に階段を降りていく。

 すると、階段の先にはクラリスの言った通り、大きな扉が目の前に現れた。

 上のボロ小屋の外観からは似つかわしくない、清廉な雰囲気のある美しい扉だった。


「ここか……」


 イチローはまだ心の準備が出来ていないのか、扉を開けるのに躊躇する。

 

「なにやってんのさー! 早く開けて中に入るよ!」


 イチローが扉の前で立ち竦んでいるのを見ると、年の功と言ったところか、アミリアは躊躇いなく扉を両手で開いた。


「うわっなにこれ白っ!」


 扉の向こうは一面の白世界。

 そこにポツンと純白のベッドが置かれているだけの部屋だ。


「ベッド……」


 ご丁寧に備え付けてあるのを確認して、イチローは確信する。

 ここは、自分の初めて童貞を捨てる場所だと。


「ハア、ハアッ!」


 興奮を抑えられないといった様子のイチローに軽く引きながらも、イチカはベッドと共に白い板切れのような物を見つけた。


「なんでしょうこ、れ───!?」


 その板切れに目を通した瞬間、イチカは目を大きく見開いて絶句する。

 その拍子に、手から板切れが零れ落ちた。


「どうしたの、イチ、カ……!?」

「あん? なん、だ……!?」


 イチカが落とした板切れは、ちょうどアミリアとイチローの目の前に落っこちて、二人はそこに書かれてある文字を目にしてしまう。


 そこには─────




『セックスをしないと出られない部屋』




 と、デカデカと書かれていたのだった。



「「「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」」



 この時三人は、生まれて初めて真の絶望というものを味わった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「おや、クラリス。勇者様達はどこに行ったのです?」

「ああ、カルヴァンさん。起きたんデスか。勇者様達なら儀式の間にお連れしたデスよ」


「え!? なんでそんな事を……?」

「これは内緒デスよ? 実は、あの三人は愛し合っているんデスよ! イチカ様を見つめる二人のあの目には愛が宿っていましたからね。それに、あの三人には、愛を超えた何か重い感情をお互いに持ってるとクラリスは感じたデス。それなのに、お互いの本音をなかなか言わないものだから、儀式の間で愛を確かめ合って欲しかったんデスよ!!」

「おおう、そうか……」


 クラリスのその熱弁ぶりに押されて、何も言えないカルヴァンだった。

 本当のところ、「それは余計なお世話ではないか?」と、カルヴァンは言いたかったのだが、その言葉は胸の奥にしまいこんだ。


 まあ、実際には余計なお世話どころか、無自覚に地獄を作り出したのだが。


「勇者様達には、幸せになってもらいたいデスからねっ!」


 花のような笑顔で微笑むクラリス。


 その一方で、イチロー達はこの世の終わりのような顔をしているのだが、彼女には知る由もなかった。


 


 ───翌日の朝、イチロー達三人は無言でボロ小屋から出てきた。


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