第12話 エルフ
「本当に……龍を倒してくれたんデスね……!」
クラリスは、頭部の無くなった龍の死体を見て、目を瞬かせる。
イチロー達の勝利を信じてはいたが、改めて龍と戦いその強さを理解した今、こうして目の前の光景が信じられなかった。
頬を引っ張ってこれが夢でないかを確かめる。
思ったよりも痛かったようだ。
強く引っ張りすぎて赤くなった頬を摩りながら、じわじわと現実を理解していく。
「やった! やった! やったあーーー!」
ぴょんぴょんと跳ね回って歓喜に震える。
悪夢の日々は、今ここに崩れ去ったのだ。
「ああ、駄目だよクラリスちゃん! まだ目が覚めたばかりなんだから激しい運動はよくないよ!」
目が覚めた時に隣にいてくれた小さな勇者様。
彼女が、戦闘の途中で倒れた自分を助けてくれたのだろうか。
クラリスはまだお礼を言っていなかった事を思い出し、心の底からの感謝の意を伝える。
「アミリア様、龍に襲われ危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
「んー? ああ、それなら私じゃないよ。お礼ならイチカに言ってあげて」
「えっ? イチカ様が?」
いつものように、一歩引いて佇んでいるイチカに視線を向ける。
彼女は照れ臭そうに笑っていた。
───何故か水着姿で。
そのセンセーショナルなイメチェンに、クラリスは突っ込むか否かを迷った挙句の果て、スルーを決め込むことにした。
「勘違いして申し訳ないデス。助けていただき、ありがとうございました」
「いえいえ、私なんて大したことはしていませんよ。今回の戦いの功労者は主にアミリアさんとイチローさんです。お礼なら皆んなに行ってあげてください」
「もちろんデス。改めて、皆さんほんっとうに、ありがとうございました!」
各々反省するところは数あれど、今は素直にクラリスの感謝の気持ちを受け取って、勝利を誇ろう。
イチローが目配せをして、二人にやりたい事を伝える。
アミリアとイチカは目を合わせると、お互いに苦笑しあう。けれども、なんだかんだで彼女らも乗り気のようだった。
イチローが拳をスッと前に出す。
それに合わせるように、二人も拳をグーの形にすると、三人でぶつけ合った。
「やったな」
「まずは尻拭いの第一歩ってところだね」
「一歩目からだいぶハードでしたけど、なんとかなりましたね」
私はもうヘトヘトですよ……と、イチカは膝を曲げて前屈みの姿勢になり、少しでも疲労した身体を休めようとする。
水着姿でそんな事をすれば、周りの視線がどこに向くのか。それはもうお分かりだろう。
当然、視線はその二つの大きな膨らみに自然と吸い寄せられる。
周りにいる人物がスケベばかりなのだから当たり前だ。
平常時であれば、その視線にすぐさま気がつき、それとなく視線を送ってやめるよう注意するイチカだったが、残念ながら今は戦いから来る疲れのため、注意力が散漫になっていた。
そのせいなのだろう。
後にあんな事件が起こってしまったのは。
能天気にイチカの爆乳を眺めるこの時のイチロー達には、これから先に待ち受ける悲劇を知る由もなかった。
イチカの胸を視姦するイチローとアミリアの姿を、近くで凝視していたクラリス。
この時に彼女をなんとかしていたら……勇者パーティーの一同は、後々にそう思わずにはいられなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「さあさあ、ようこそ皆さんクラリスの村へ!」
イチロー達が手を引かれて連れてこられたのは、人質がいるというクラリスの村だ。
龍が暴れた跡が残っていて、荒れたところがあれど、長閑で開放的な良い村だとイチローは感じた。
ちなみに、手を引かれて村まで案内されたのはアミリアだった。
身長が近しいからアミリアが選ばれただけなのだが、勝ち誇った顔で煽ってくるものだから、ここに来るまでにイチローは何度か憤死しそうになった。
「ちょっと待っててくださいね。村のみんなに、もう安心だって伝えてくるデスから」
そう言うと、クラリスはある建物に入っていった。
少しの間の後、その小屋からワッと歓声が上がる。
直ぐに大喜びした少年少女が笑顔で飛び出してきた。
「おにーちゃん達があの悪いやつを倒してくれたのー!?」
「すごーい! ありがとー!!」
「ありがとー!」
純真無垢な子供達に囲まれ、イチロー達も笑顔になる。
その笑顔は、ニチャア……という擬音が付きそうな代物であったが。
「私からも是非お礼を。本当に、ありがとうございました」
「いえ、こちらも事情があってしたことですか、ら……?」
ある年配の男性との会話中、イチローは固まる。
人質のいた小屋の中からは、明らかにその許容人数以上の人々が出てきていた。
それは別に構わない。
イチロー達が気になったのは、今話しかけてきた老人の耳が、人間のものではなかったからだ。
具体的に言うと、その老人の耳は人間のそれよりも尖っていた。
「あのー……その耳、もしかして……?」
「おや、クラリスから聞いておいででないのですか? お察しの通り、私は、いえ、この村に住む者達は皆エルフでございます」
老人は、しわくちゃの顔に笑顔を浮かべて、なんでもないかのように言う。
「マジですか?」
「マジのマジ。大マジでございます」
「見た目に反して、意外とファンキーなお爺ちゃんだね」
アミリアのもっともなツッコミは置いといて、老人のその発言はイチロー達にとって初耳であった。
これはいったいどういうことだろうか。
クラリスに視線を向ける。
彼女は青ざめた顔でこちらを見ていた。
その耳はどう見ても尖ってはおらず、普通の人間の耳だ。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!! 何を言ってくれちゃってるんデスかカルヴァンさん! ごめんなさいね勇者様! この人歳で頭がおかしくなってて! 狂人の戯言なんで放っておいてください!」
「酷いことを言うのぉ」
髭をいじりながら、その老人──カルヴァンは朗らかに笑う。
クラリスは必死になってエルフであることを否定しようとしているが、それがよけいに真実味を帯びさせる。
「別に隠すようなことでもあるまい。自分の生まれに誇りを持ちなさい」
「隠すようなことなんデスよ! カルヴァンさんはこの村に年がら年中引き篭もってるから世間知らずなだけで!!」
「ピンポイントで急所を刺すんじゃない。勇者様達の私を見る目が変わってしまったではないか」
カルヴァンの評価が少し下がった。
物知りそうな好々爺から、引きこもりの老年爺へとランクダウン。
少しでは済まないかもしれない。
「エルフだってバレると、何か不都合な事があるのか?」
「不都合っていうか……イチロー様はエルフをら何とも思わないんデスか?」
「いや、別に。長寿で羨ましいなくらいしか……」
だよな、と他の二人にも確認をとる。
アミリアとイチカも笑顔で頷いた。
「むしろあたしはエルフ大好きだよ! クラリスちゃんはなんで隠してたの〜!」
「私も好きですよ。隠さなくても大丈夫です」
正面切って好きだと言われたため、カルヴァンとクラリスは顔を赤くする。
「そ、そうだったんデスか……? 勇者様達は変わっているデスね……でも、嬉しいデス!」
「私も皆さんが好きです。良かったら今夜───ゲフッ!?」
もじもじとしながらも、素直に自分の嬉しい気持ちを表明するクラリス。
その可愛らしい姿にイチロー達はメロメロだ。
カルヴァンはキモかったのでアミリアに腹パンされた。
性欲は素直に見せるものではない。
「でも、どうやってクラリスちゃん達はエルフの特徴的な耳を隠しているの?」
皆が疑問に思っていた事を、代表してアミリアが尋ねた。
「それはデスね、こうして───」
クラリスがその綺麗な指を耳にかざす。
すると、緑色のモヤが耳にかかった。
指を離すと、見慣れないエルフの耳がそこにはあった。
「幻惑魔術を解くと、エルフの耳に戻ってしまうわけデス」
「なるほど……幻術で見た目を変えていたわけでしたか。どうりで以前クラリスちゃんの耳を触ったとき、なんか変だなと思いました」
イチカは前々から何かがおかしいと気づいていたようで、疑問が晴れて清々しい顔をしていた。
「エルフの子供は、人間の国に溶け込めるように、まずこの幻惑魔術を教えられるデス。それはエルフがこの辺りの国ではあまり好かれていないからなんデスけど……皆さんはいったいどこの国から来たんデスか?」
「あー……俺たちは東洋の方から来たんだ。だからエルフは初めて見た」
「そうなんデスか。東洋では偏見が少ないんデスかね?」
イチローの口から出まかせを素直に信じ込み、東洋に好意を持つクラリス。
本当は異世界から来たのだが、話がややこしくなりそうだったため、アバウトに出身を教えて誤魔化した。
「でも本当に良かったデス……この引きこもり爺がエルフだとバラしたときはどうなるかと思いました。勇者様達には、絶対に嫌われたくないデスから」
「ん〜〜〜〜! クラリスちゃんを嫌うなんて絶対にあり得ないよ〜! もう好き! 大好き!」
押されられぬ愛を全面に出してアミリアは抱きついた。
クラリスはその好意を、姉が妹に向けるような愛だと認識しているが、アミリアが向けているのは性欲マシマシでドロドロの性愛だった。
急いで引き剥がした方がいい。
「おいこらアミリア! 無闇矢鱈とクラリスに抱きつくんじゃねえ! ったく、ごめんなクラリス、迷惑だったろ? こいつは俺がどうにかするから」
ギャーギャー喚くアミリアを、イチローが引っ剥がし、クラリスに謝罪する。
「…………やっぱり……!」
だが、クラリスは何かを考え込んでいる様子でその言葉に反応しない。
「クラリス?」
「ああっ、ごめんなさい。少しぼーっとしてたデス」
「いや、何でもないならいいんだ。またアミリアがなんかしたら俺に相談してくれ」
「……はい!」
良い返事でクラリスは応えた。
静かだったのが、急に元気潑剌になるものだから、イチローは面食らう。
「お、おう」
「そうだ! これから勇者様達の勝利を祝って宴を催したいと思うので、是非参加してくださいね!」
「なんか、クラリスちゃんテンション高くないですか?」
「そんなことはないデスよ! クラリスはこれから宴の準備がありますので、皆さんはどうかゆっくり寛いでくださいデス!」
そう言って、クラリスは村の女衆を率いて調理場らしき所へと向かって行った。
残されたのは、イチロー達と白目を向いたカルヴァン。
子供や他の老人達も、宴の準備に取り掛かっているようだ。
誰にも起こしてもらえないカルヴァンを、アミリアだけが同情的な目で見ていた。
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