第9話 確認は大事



「終わったな……」


 龍に吹き飛ばされた衝撃で、木に身体を突っ込んだ状態のままイチローは呟く。

 視線の先には拳を振り抜いた構えのアミリアと、その攻撃で上半身と下半身に分かれた無残な龍の姿があった。

 イチカの手を借りながら木から身体を起こすと、アミリアを労う。


「お疲れ様、アミリア。ぶっつけだったけど上手くいって良かった」

「そっちこそナイスアシスト。イチローのおかげで命拾いしたよ」


 拳と拳を重ねて、今回の戦闘の功労者達は汗を流して爽やかにお互いの貢献を称え合う。

 ───そして、そんな彼らに混じれない人物がここに一人いた。


「…………怪我直しますね」


 イチカは、ナース姿に変身すると、黙々と二人の怪我を治していく。

 自分一人だけ今回の戦闘に役立たなかった事を気にしているのだ。

 イチカの役割は後方支援で、直接戦闘に参加できないのは仕方ないのだが、これはイチカ性格の問題でありどうしようもない。


 勝利したというのに一人イチカが浮かない顔をしているのに気がついたアミリアは声を掛ける。


「なんで勝ったのに暗い顔をしてるのイチカ?」

「いえ……ただ、私何の役にもたってないなって思っただけで……」

「気にしすぎじゃねえのか。こうして俺たちの怪我を治してもらってるんだから、それで十分だろ」

「そうだよ。そんなことでいちいち気に病んでたら生きていけないよ?」

「はい、そうですよね……」


 アミリアとイチローは本心から気にしていないと言っているのだが、肝心のイチカは暗い顔のまま元気がない。


 その様子を見かねてイチローがアミリアに耳打ちで話しかける。


「あいつ本当に同じ田中一郎なのか? イチカだけ俺らと性格が全然違うような気がするんだが……」

「あー……うん……たしかイチカは三十代の田中一郎だったから、少し精神病んでる時期なんだよ。自己評価が低いのはそのせいかな……」

「はあ!? そんなの初耳だぞ!」


 イチカにギリギリ聞こえない程度の声量で驚きの声を上げる。

 イチローにとって、それは寝耳に水の話であった。

 といっても、嫌な未来の話をわざわざ聞きたくない、というスタンスを取っていたイチロー自身に責任はあるのだが。


「あの時期はねー……今思い出しても鬱になりそうになるくらい酷い環境だったから……」

「それで俺がイチカみたいになるのか。はー……マジかよ。ああなる前に異世界に来れて良かったー……」


 イチカの自己評価の低さにようやく合点がいって納得したのかイチローはうんうんと頷く。

 この際だ、イチカの謎の解決と同時に降って湧いたこの疑問も尋ねてしまおうとイチローは口を開く。


「じゃあアミリアはどうやって今のクソみたいに図々しい性格になれたんだ?」


 クソという部分に若干眉を顰めながらも、珍しく怒ることなくアミリアは素直に答える。


「歳をとるとね、自然と横柄な性格になってくるものなんだよ……」

「自覚があるならそんな態度を取るの辞めればいいのに……」


 呆れた顔でイチローは正論を口にする。だが、正論というのはいつだって受け入れがたいものだ。

 アミリアも口をすぼめるだけで、うんともすんとも返事はしなかった。


「お二人だけで何を話しているんですか……?」


 ビクンッ、と背後から耳元で幽鬼を思わせる声で話掛けられて、イチローとアミリアは肩を震わせる。

 しばらくの間イチカを放置して二人で話し込んでいたものだから、訝しまれたようだ。


「そうですかそうですか。やっぱり私みたいな役立たずは会話に参加する権利もありませんか。当たり前ですよね。お二人と違って戦闘にも参加してないんですから」

「ちょいちょいちょい? いきなり自分だけで完結して話を進めないで?」


 イチカの突然の豹変に困惑を隠せないイチロー。

 アミリアはあちゃー……という顔で額を押さえる。


「いえ、良いんです。どうせ私なんて異世界で美少女に受肉をしたところで誰からも必要とされない奴なんです。手首切ってもう一度転生します……」

「おいお前ふざけんなよ!? ここに来て急にメンヘラキャラをぶっこむんじゃねえ!! ただでさえロクなパーティーじゃないのに、これ以上イロモノが増えたら終わるだろうが!! 俺の精神の安定が!!!」


 日々のアミリアとの煽り合いに疲れていたイチローにとって、温厚な性格であるイチカの存在は心の安定に一役買っていた。

 クラリスを巡るライバルでもあるイチカに対してそんな感情も抱くのは間違いだと気づいていても、イチローは彼女の優しさを好ましく思っていたのだ。


 ──だが、現実は非常である。

 まともに見える彼女もまた田中一郎であるのだから、その内にイチローとは異なれど、ある種の魔物を秘めているのは当然だったのだ。


 そう、メンヘラ異世界美少女受肉おじさんという魔物が。

 略してメンヘラ異美肉おじさん。


 イチローとイチカはその攻撃的な性格を外に向かって発するが、イチカの場合はそれが全て自責という形で内に完結している。

 それが今回、役立たずという自責の念でイチロー達の目の前にヘラって現れたのだ。


(勘弁してくれよ……)


 イチローは心中で頭を抱える。

 イチローの精神キャパシティはアミリア一人の対処でいっぱいいっぱいなのだ。

 これ以上問題児の相手をしていられない。


(癒しが……癒しが足りない……! そうだっ!!)


「クラリス! クラリスに会いに行こう! 龍は倒したんだから報告に行くのは当然だよなあ!?」

  

 食い気味に捲し立てるイチローに、アミリアも物凄い勢いで頷いて同意を示す。

 彼女も過去の自分のヘラってる姿は見ていられないのだろう。

 全力で話を変えようと必死だ。


「あ……そうですね……報告は、ちゃんと…しないと…報告……うっ頭が……」


「なんか別の地雷を踏んだっぽいんですけど!」

「イチローのバカヤロー! そんな的確に地雷を踏み抜く奴があるか! 報連相関係でイチカはでかいやらかしをして鬱ってるんだよ! あたしも言い忘れてたけど!」

「お前が先に教えてくれないのが悪いだろ! お前の責任だ!」


 声を潜めてお互いに責任の所在を押し付け合う二人。

 そんな二人を他所にイチカは───


「ッ!?」

「うわあっ!? なんだよイチカ、急に怖い顔してどうしたんだよ」


 イチカは突然あらぬ方向に視線を集中させ、驚愕の表情を浮かべる。

 信じられない……表情はそう語っていた。


「あん? そっちに何かあるの……か……」

「え……嘘でしょ……?」

 

 遅れて二人もいったいどうしたんだ、とイチカと同様の方向を振り向く。



 そこには────何も無かった。



 何も無い。

 そう、がなくなっていた。


「───ば、馬鹿なっ!? が、がいねえ……!?」

「え、なんで、どうして!? いったいどういうことなの!? 倒したら消えるタイプの魔物なの!?」


 混乱の極みに達するイチロー達二人を他所に、イチカは冷静に龍がいた場所の痕跡を確かめる。


 消えたのは龍の

 ターヌァーカ一世が造物主という事で、死んだら消える魔物という可能性もあったが、下半身は消えずにイチカの目の前で横たわっている。

 倒したら消滅するというのなら下半身がこうして残っているのはおかしいだろう。


 つまり────


「マズい事態です二人とも! 龍は私達の会話をずっと聞いていました! クラリスちゃんと私達に繋がりがある事がバレていますっ……!」

「なんだって!?」

「急いでクラリスちゃんにこの事を伝えないと龍の報復で人質が……!」


 そこまで言って、イチカは口を噤む。

 これ以上言ったらそれが現実のものになる気がして、口に出すことができなかった。


「なら喋ってないでとっとと助けに向かうぞ!! 悪いが俺は先に行かせてもらうからな……!」

「今は連携とか気にしてる余裕はないね。各々の最高速度で救助に行こう!」


「あ………」


 イチローとアミリアは瞬く間に小さくなっていき、直ぐにその姿が見えなくなった。

 イチカは一人その場にポツンと取り残される。

 

「私も、早く行かなきゃ……!」


 他の二人と比べて、イチカは身体能力が格段に劣る。

 自分からそう望んで『魔法少女』の力を手に入れたはいいが、今はこの非力な身体が恨めしかった。

 もちろん、一般人やクラリスと比べるとイチカも身体能力に充分秀でていると言えるのだが。


「後で泣き言をいくら言ってもいい……! だけど、後悔だけは絶対にしたくないっ!」


 イチカはそう言って、「転身ッ!」と懐から一枚のカードを取り出して、全身を光で包み込む。

 そのカードは、これだけは使うまいとイチカが心に留めていた封印されし一枚だった。

 

 光が収まる頃には、先程までの鬱々としていた女性はいなくなり、目に戦の炎を宿した一人の勇者が立っていた。

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