第8話 決戦! 蒼漢山に潜む龍
「ギャアアアアァアアアアアアアア!?」
突然自身の頭部が爆発し、絶叫と共に龍は目を覚ます。
龍が生まれて以来、恐らく彼史上最悪の目覚めであろう。
痛みに悶え、木々にその巨体を手当たり次第に叩きつけてのたうち回るだけで、蒼漢山の登頂部は壊滅状態に陥る。
地はえぐれ、木々はへし折れ、長年人々と共に生きた自然は見るも無残な姿に変容する。
大きいというのは、それだけで脅威であるというのがこの惨状で嫌でも分かるだろう。
「お、りゃあああ!!」
イチローの爆破に一歩遅れて、アミリアが背中の斧を龍に振り下ろす。
その刃は、驚くほどあっさりと龍の尻尾を切断する。
だが、その代償に──
「あああああああ!? あたしの愛斧があああああああ!?」
柄から先がポッキリと折れ、もはや斧とは呼べぬ代物となってしまった。
これからは物干し竿としての人生を頑張って生きて欲しい。
「ぬぅううううう!! 我の尻尾を切り落とすとは……!! 許さんぞ人間共めぇえええ!!」
顔面を爆破された衝撃で視界が見えなくなっているのか、イチロー達とは全く関係ない所に尾のない下半身を叩きつけて怒り狂う。
アミリアが尻尾を切断した後、暴れ回る龍を横目にイチローを起点にして再び三人が集まる。
「おいアミリア、攻撃が遅いぞ。同時にやる手筈だっただろ」
「仕方ないでしょ! イチローの爆発音が煩すぎてビックリしちゃったんだもん!!」
「一先ずは皆さん怪我がなくて良かったです」
後方待機をしていたイチカは二人の安否を確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。
その言葉を聞いて、アミリアは折れた愛斧を悲しげに見やると、その辺に投げ捨てる。
打ち捨てられた斧からは哀愁が漂っていた。
哀れ。
「さて、ここからは作戦の第二段階だ」
「え、なにそれ聞いてないんだけど」
「私もです。ていうかイチローさん作戦なんて立てられたんですね」
首を傾げる二人に向かってイチローは笑顔で作戦を語りかける。
「臨機応変に各々敵の攻撃に対処しつつ、個人個人で最大の力を発揮して奴に掛かれ!」
「無能」
「無能」
つまりは【みんながんばれ】ということだ。
作戦ではない。
「うっせバーカ! そんな急に作戦なんて立てられるか!」
「だったらカッコつけずにあたし達大人組を頼ればいいのに。ねえ?」
「まったくですよ。私も少しは役に立ちたいですし」
やれやれと二人は子供を見る目でイチローの事を窘める。
ちなみに、こうしている間にも龍は暴れ続けているが、細かいことは気にしない。
「ならお前らも何か作戦立ててみろよ。10秒以内な」
「短かっ!? 無茶言わないでよ!」
「はいいーち、にーい、さーん……」
「あわわ……早く考えないと…」
慌てて作戦を考える二人。
必死に頭を捻って知恵を絞るも残念かな、時間が足りなさ過ぎた。
「はい10。アミリアさん作戦をどうぞ」
「ガンガンいこうぜ!」
「黙ってろクソ馬鹿。イチカはどうだ?」
「いのちだいじにでお願いします」
「……まあマシな方かな。お互いをフォローしながら死なないように勝つぞ」
作戦は固まり、三人は龍へと向かい立つ。
何故かイチローの頬に殴られたような赤い跡がついていたが、きっと暴れていた龍の攻撃が当たったのだろう。
「ぐうう……ようやく目が見えるようになってきたぞ。よくもやってくれたな人間風情が! 我が造物主、魔神ターヌァーカ一世様によって造られたこの身体を傷つけるのは我が主に刃を向けることも同義! 絶対に生かして帰さんぞ貴様ら!!」
龍は爆発による裂傷と火傷でボロボロになった顔をイチロー達に向ける。
一方そんな彼らは、龍から嫌な名前が出てきたことで苦虫を噛み潰したような顔になる。
「もうあいつの名前を聞くのはうんざりだ。速攻で終わらせるぞ!」
「応!」
「はい!」
短期決戦でカタをつける気の彼らだが、それには個人的な心情以外にもある一つの理由があった。
怒りに震える龍を相手にしながら、イチローは内心焦りを抱える。
(相手は龍だ。当然ながら空だって飛べるだろう。対して俺達はただの人間。上空からブレスをされ続ければ手も足も出ない。この勝負、奴に飛ばれたら負けだ…!)
目が見えない時点で龍に不意打ちを行わなかったのは、不利な状況となった龍が飛んで逃げかねなかったからだ。
もしも逃げられてしまったら、冷静さを取り戻して帰ってきた龍に天から山ごと焼き尽くされてしまうだろう。
イチローは焦りを隠すように、苛烈な攻撃を龍に仕掛ける。
爆破だけがイチローの取り柄ではない。彼には人並外れた膂力(アミリアはその数十倍の力)とスピードが同時に備わっていた。
その常人ならぬ身体能力を生かし、イチローは龍の身体を適度に爆破させながら拳でじわじわと鱗を砕き、肉を穿っていく。
「ぐぅあああ!? 離れろ貴様ぁあ!!!」
地に伏しながら身体を激しく回転させて、纏わり付くイチローを吹き飛ばす。
幸い龍は怒りに囚われ空を飛べばいいという単純な考えに至らない。
力任せに爪や身体を叩きつけてくるのみだ。
「ぐっ!」
だが、その巨体から放たれる攻撃は、たとえ直撃せずともその衝撃や弾け飛ぶ岩と木々によって身体を削られる。
大きなダメージにこそ至らないが、このまま着実に傷を積み重ねれば敗北は必至だ。
「どおおおおりゃあぁああああ!!」
イチローと同じく、アミリアも龍に攻撃を仕掛ける。
その細腕から放たれるのは、鬼神の如き苛烈な剛撃。
ひとたび龍の胴体に打ち込まれれば、その身をくの字に折り曲げさせる。
全長333メートルにも及ぶ龍の巨体が、少女のパンチ一発で宙に浮かび上がる姿は、まるで夢でも見ているのではないかと錯覚させるほど現実味の薄い光景だった。
「げふあッ!? ば、馬鹿な……!? この我が、人間の小娘如きにぃぃぃ!!!!」
当然そんな目に遭った龍はあり得ないと叫び、より苛烈に怒りを露わにする。
頭に血が上った龍は何を思ったか、地面に着くほど体を低くし、足に力を入れやすい構えでアミリアを睨みつける。
その姿は、人間がするようなクラウチングスタートの構えを思わせた。
「その小さな身体ごと噛み砕いてくれる!!」
───瞬間、矢のようにアミリアに向かって一直線に龍が突っ込んでくる。
大口を開けて、アミリアを噛み砕こうと鋭く光った牙は、もし齧られたらただでは済まない。
「やば……!?」
先程までとはまるで違うその速さに、アミリアの反応が遅れる。
こうなったら噛まれてでも牙をへし折ってやる、と覚悟を決めるアミリア。
龍のその巨体が自身に近づくのを感じながら、拳にありったけの力を込める。
だが───
「ぐああああああ!? またかクソ人間!!!」
アミリアに届いたのは、龍の身体が炸裂する爆発音だった。
龍がアミリアに噛みつく前に、あらかじめイチローが触って爆弾化させていた鱗をギリギリで起爆させたのだ。
アミリアのみに注意を向けているところに無防備でイチローの爆弾を浴びて、龍は堪らず動きを止める。
アミリアが振り返ると、イチローはニッと笑ってピースで応えた。
アミリアもまた、ピースで感謝の意を伝えると、再び龍へと歩を進める。
「クソッ! クソッ!! 人間風情がぁああああ!!」
爪を地面に立て、怒りから龍は攻撃の手を緩め愚痴を漏らす。
そして、動きを止めてしまったら目の前には力を溜めに溜めたアミリアが。
渾身の力を込めたその右拳は、赤いオーラを纏っていた。
遅まきながら、龍もその拳に込められた異常な力の強さに気が付き、ここにきてようやく焦りの色を浮かべる。
さすがの龍も、これを喰らってはマズイと感じたのだろう。
やたらと饒舌に話しかけてくる。
「ま、待て人間。ここは痛み分けとしよう。我も悪かったから。望みはなんだ? 我を討伐して貰える報奨金か? 我はこの山の王だから金ならそれなりに持っているぞ。今回はそれで手を打とうじゃないか。な? いいだろ? 悪くない取引じゃないか。お互い戦いなんて無かったことにして、今まで通りの生活に戻ろうじゃないか。そうだ! 女もいるからそいつらも連れて行っていいぞ! 小間使いにするなりなんなりと好きにするがいい。おい、なんで近寄ってくる? よせばかやめろくんなこのクソにんげ───」
言い切る前にアミリアは拳を放つ。
アミリアの打ち込んだ拳は正確に龍の胴体を貫いていた。
「うるさいよ蛇野郎。次は美少女に擬人化してから出直してくるんだね」
拳の先にはぽっかりと空いた穴があり、そこから綺麗な夕焼けが映り込んでいた。
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