第7話 龍の住む山


 クラリスの故郷、『蒼漢山』にの麓にたどり着いたイチロー達勇者パーティー。

 常人であれば登る事すら困難な険しい山道を、彼らは恵まれた身体能力でスイスイと進んでいく。


「なんでこの山、やたらと罠が仕掛けられてるんだ?」


 イチローが足元から急に飛んできた矢を拳で弾きながら尋ねる。

 

「ここの山は昔から余所者の侵入を防ぐために村の人達が罠を仕掛けているんデスよ。あ、そこ落とし穴あるんで気をつけて」


 イチロー達は、転生者特有の優れた身体能力で罠をひょいひょいと躱し、クラリスはこの山に慣れているため、一同は罠をものともせず蒼漢山を一時間とかけずに踏破する。


「す、凄いデスね皆さん……初めてこの山に来たっていうのに、息も切らさずに無傷で登り切れるなんて……」

 

 そう驚嘆するクラリスは、少し息が乱れていた。

 まだまだ小柄な彼女はイチロー達と比べて、持久力に欠けているためだ。

 

「私達は神様から特別な力を貰っていますから。それよりもクラリスちゃんの方が凄いですよ。私達が同い年くらいの頃なんて1Km走っただけでバテていたのに、こんな険しい山を登れちゃうなんて!」

「えへへー。クラリスはこの山慣れてますからね!」


 姉妹のように親しげに会話しているイチカとクラリスを見て、イチローは危機感を覚える。


(マズい……マズいぞ……! クラリスが男女どちらもイケるバイだと判明した今、俺の男性だからというアドバンテージは無に帰した。このままではクラリスちゃんを性癖の捻じ曲がったおっさん達に盗られかねん……!)


 イチローは焦っていた。

 今までは自分が男だからという事実に胡座をかいて、クラリスが女もイケるタイプだと想定していなかったのだ。

 自分にアドバンテージが無いと分かった途端に余裕をなくして仲間に敵意を向けるその様は、いっそ哀れすら誘った。


「ね〜え〜クラリスちゃ〜ん。あたしともお話してよぉ〜」


 その反面、アミリアのテンションは有頂天である。

 現在、クラリスの背中に抱きついてウザ絡みの真っ最中だ。

 クラリスとは同性だから恋人関係になるのは無理だろうと、アタックを控えめ?にしていたが、自分にも勝ち目があると分かるとこの様だ。

 がっつきすぎて控えめにいってドン引きである。


「アミリア様、重たいデス降りて下さい」

「こんな小さな女の子に向かって思いだなんてひどいよクラリスちゃ〜ん!」

「背中にそんな馬鹿でかい斧背負っといて何言ってるんデスか。重いに決まってるでしょう」


 アミリアの背の、身の丈に合わない大きさの斧を視線で指して離れろと訴える。

 その斧は、アミリアに対して不釣り合いを通り越して不格好ですらあったが、彼女はこれを手放す気はないらしい。


 口を尖らせて、しぶしぶアミリアはクラリスから離れる。

 その間際、名残惜しそうに全身でクラリスの柔肌を堪能していたが。

 女性という立場を存分にフル活用していくスタイルだ。


 イチロー達はさらに山の奥へと進んでいき、ある開けた場所で突然立ち止まる。


「さて、こうして無事頂上付近まで登ってきたわけだけど……」


 アミリアは目の前の光景に困惑している。

 理由は簡単だ。


「寝てるよこの龍。どうする? このままぶっ殺す?」


 自身の前に現れた怨敵が、道端で無防備な姿でうたた寝をしているためだ。

 それはもうすやすやと。


「こ、これはまたとないチャンスデスよ……! 勇者様! 村の皆の仇を打って下さい!」

「おお、そうしたいけど……思った以上にデカいなこいつ」


 イチローの言う通り、その龍は非常に大きかった。

 いや、大きいというよりは、長いと形容するべきか。

 彼等からはその全貌は見えなかったが、蛇のように山にトグロを巻くその全長は約333メートル!

 東京タワーと同じ長さだと言えば、その巨大さが分かりやすいだろう。


「このサイズ差だと、一撃で爆殺するのは無理そうだ。かといって一度に爆弾に変えられるのは一箇所のみだから、大量爆破とかもできないしな……」

「なんだよイチロー使えないなぁ。モンハンだったらここで大タル爆弾設置しまくって倒せるのに」

「ゲーム脳やめろメスガキ」


 また取っ組み合いになりそうなところをイチカに制止され、眠った敵を目の前にして皆で策を考えることに。


「とりま俺はこの龍の頭を触って頭部を爆弾化させる。けど、爆弾にできるのは触った一部分だけだから、致命傷にはならんだろう。その後どうするかだ」

「その後も何も、眠ってる今の間に全員で全力攻撃すれば死ぬんじゃないかな?」


 あたしら仮にもチート能力持ってるんだから、とアミリアは続けて言い放つ。


「油断はしない方がいいですよ。皆さんと違って私の能力は火力に特化した技が少ないですし」

「そうなの? イチカの魔法で隕石落としたりできないんだ」

「願ったのはファンシーな魔法少女だったので、そんな物騒な技は持ってないんです」


 イチカの固有能力は『魔法少女』。

 魔法少女といっても、昨今の宇宙人に露骨に契約を迫られる魔法少女や、半分になるまで殺し合いを始める物騒なものではなく、困った人々を助ける日曜8時くらいにやっていそうなタイプの魔法少女だ。

 攻撃的な力がないのも納得である。


「あたしはこの斧で尻尾ぶった斬るくらいならできそうかな」

「ああ、その斧飾りじゃなかったんだ」

「マイフェイバリットアックスだよ。デザインがお気に入りなんだ〜」


 ガチャリと音を鳴らして、その存在感をアピールするアミリアの斧。

 勇者に任命される前にその辺の市場で買ったアミリアお気に入りの一品だ。

 デザインが気に入ったらしいが、飾り気のない無骨なその斧のどこが良いのかはこの場の誰にも分からなかった。

 ちなみに、特に何か不思議な力が宿っているとかそういうのもない。


「申し訳ないデスけど、クラリスはこの戦いには不参加させてもらいます」

「え、なんで!?」


 心苦しそうに頭を下げて、クラリスは辞退表明を伝える。

 納得のいかないアミリアは大きな声で理由を尋ねる。

 

「クラリスが裏切ったことがバレたら、人質の皆が殺されるかもしれないんデス……。だから、皆さんはクラリスと関係ない紛れ込んだ一般人としてあいつと戦って欲しいんデス。巻き込んだくせに戦わないなんて、虫のいい話なのは分かっていますけど、どうかよろしくお願いします……!!」


 頭を深く下げて、誠心誠意クラリスはアミリア達に頼み込む。

 彼女は、自分の服の裾をギュッと握りしめて、罪悪感に押し潰されそうになっていた。

 頭を下げたクラリスの影には、水滴が幾つも垂れている。


「……だから前にも言ったろクラリス。困った人を助けるのが勇者だって」


 イチローは、頭を下げたままのクラリスの頬を両手で挟み込み無理矢理顔を上げさせる。

 そして、彼女の目を真っ直ぐに見て断固とした口調で告げる。


「後は任せろ」


 短く、端的な言葉だが、それこそがクラリスにとってこれ以上ない頼りになる言葉だった。


「っはい!」


 クラリスもその言葉に応えるように、自分にできる最高の笑顔を浮かべてイチロー達の勝利を信じる。

 溢れ出る涙はいつの間にか暖かいものに変わっていた。





☆☆☆☆☆☆☆





「アミリアさぁ……あそこでなんでって聞き返すのはないでしょ」

「はい、深く反省しております……」


 クラリスが姿を隠したのち、イチロー達の間では反省会が行われていた。

 題材は、クラリス不在発言に対するアミリアの抗議について。


「どう考えてもクラリスが好きで戦いから逃げるわけないじゃん? どうしてわざわざ傷をえぐるような可哀想なことをするかなぁ……」

「この度は自身の至らなさに猛省する所存であり、これは私の不徳と致すところであります……」

「もうその辺にしましょうよ。アミリアさんも反省している事ですし」


 土下座で平謝りするアミリアを哀れに思ったイチカの手により、この反省会は一時お開きとなった。

 イチローはまだまだ言い足りなそうであったが。


「仕方ないな。龍が起きても困るしこの辺で許してやるよ」

「ありがとうイチカぁ……」

「いえいえ。あ、涙目のアミリアさんやっぱり可愛いですね……」


 イチローにネチネチといびられて、涙目のアミリアは見た目相応に可愛らしく、イチカは一瞬邪な気持ちを抱くも、頭を振って気を持ち直す。

 これから決戦だというのに、ムラっとしている場合ではないのだ。


「じゃ、全員配置につけ」


 イチローのその言葉に従い、それぞればらけて配置につく。

 イチローは頭部に、アミリアは尾部、イチカは後方支援のしやすい位置にだ。


「レイドバトルのスタートだ!!」

 


 轟音!!


 天を衝く激しい爆発音を皮切りに、勇者パーティーVS蒼漢山に潜む龍の死闘が幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る