第5話 王子
「うげえ。皆さんよくそんなネバついた腐った豆食べられますね。クラリス匂いだけでもう無理デスよ」
いきなりの大否定から始まるクラリスとの会話。
彼女は納豆がいらないと言うので、白米だけをスプーンでもぐもぐと食べている。
それに対してイチロー達三人は、ご飯の上にこれでもかと言うほどたっぷり納豆を載せて、美味しそうに食事をする。
「まあ、いきなり腐った豆を食べろって言われても困るよね。でも食ってみたら意外とこれがいけるんだよ?」
「そうそう。食わず嫌いはダメだぞ。大きくなりたきゃ好き嫌いせずなんでも食ってみろ」
「なんでさっきまで殺し合ってたのに、この人たちこんなフレンドリーに話せるんデスかね……?」
アミリアとイチローがそんな風に話しかけてくるので調子が狂い、げんなりとしながら残りのご飯を全てかきこむクラリス。
「ご馳走様でした」
きちんと手を合わせて、クラリスは礼儀正しくご馳走様をする。
時を同じくして、イチロー達も彼女同様、ご飯を食べ終わり、食べ終わった皿を一つにまとめていく。
「さて、腹ごなしも済んだし、君の処遇を決めようか。クラリス」
イチローがクラリスに向き直り、真剣な顔をして話を切り出した。
「まあ流石にお咎めなしって訳にはいかないデスよね。それでクラリスをどうするんデス?」
特に抵抗する様子もなく、クラリスは素直に話に耳を傾ける。
イチローはその殊勝な態度に満足したのか、鷹揚に頷くと、クラリスに処遇を言い渡す。
「うん。じゃあ言うけど、これから君には俺たち勇者パーティーに加わってもらいたい」
「「異議なし」」
イチローがそう提案すると、イチカとアミリアの二人も、さも当然と言わんばかりに頷き、賛成する。
「は? いやいやいやいや、何言ってるんデスか!? 私は勇者さん達を殺そうとしていたんデスよ? そんな奴を側に置いたら危ないのに何言ってるんデスか!?」
「あたし達を心配してくれるなんてやっぱり優しい子だねクラリスちゃんは。あたし達はそういう子が欲しかったんだよ!」
「はい! 是非とも私達勇者パーティーに入って頂けませんかクラリスさん!」
予想外の自分の処遇に慌てるクラリスに、グイグイと距離を詰めて勧誘してくるアミリアとイチカ。
そんな二人に対してどう対応したらいいのか分からないクラリスはあたふたとし始める。
「いや、やっぱり駄目デスよ……。クラリスみたいなのが勇者さん達に混ざったら」
暗い顔をして、目と鼻の距離にまで近づいてきたイチカとアミリアを押し除ける。
「駄目じゃないよ! あたし達は今、クラリスちゃんみたいな子を欲してるの!」
「そうですよ! 私達に足りていないものを補うにはクラリスさんの協力が必要不可欠なんです!」
だが、押しのけられてもめげずに、二人はさらにクラリスとの距離を詰め、手を取る。
クラリスはその強引さに困惑する。
なにより、彼女たちの真っ直ぐなその目がクラリスには眩しく感じられた。
「なんで……なんでそんなにクラリスに仲間になって欲しいんデスか? クラリスはそんなに綺麗な人間じゃあないんデスよ……? 人だって殺したことがあるし、現に勇者さん達も殺そうとしていたデス……」
伏し目がちにそう告白するクラリス。
イチローはその様子を見て確信を持って質問をする。
「それは君がしたくてやったことじゃないだろう。戦っている時から思っていたが、君は俺の顔を全然見ようとしなかった。そしてたまに目が合うと酷く辛そうな目をして、視線を逸らしていたぞ。罪悪感に押しつぶされている人の目だ。顔を隠していたのだって、そんな苦痛に塗れた顔を晒したくなかったからだ。クラリス、君は本当は殺しなんかしたくなかったんだろう?」
イチローがそう聞くと、クラリスは辛そうに自分の体を抱いて震える。
「……デスよ」
「大きな声で言うといい。吐き出せば楽になるぞ」
蚊の中ような声で何かを言うクラリスに対して、イチローは遠慮するなと優しい声で語りかける。
「人を殺したくなんてなかったデスよ!! でも……でも……クラリスはどうしたらよかったんデスか……!」
クラリスは体の奥から湧き上がる熱を吐き出すかのように声を大にして叫ぶ。
悲痛なその姿に、側にいたイチカとアミリアは胸を締め付けられるような感覚に陥る。
そして、アミリアは芯のある口調でクラリスに口を開く。
「どーするもこーするも、助けを求めればいいんだよ。なんてったってあたし達は勇者パーティーだからね。困ってる人を助けるのは当然だよ」
それを聞いてついに我慢ができなくなったのか、クラリスは声をあげて泣き出す。
傍目を気にせず、赤子のようにアミリアに抱きつき、彼女はひとしきり泣いた。
イチロー達はそんなクラリスが泣き止むまで、静かに見守った。
そして、イチロー達三人の思いはこの間ずっと同じ事を考えていた。
(((クラリスちゃんとイチャイチャしたい)))
駄目人間の集まりである。
数分間、すっかり落ち着いたクラリスは、泣き腫らした顔を見せた事が恥ずかしかったようで、少し気まずそうになりながらも、改めてイチロー達に向き直り、助けを乞う。
「どうかお願いします勇者さん達。クラリスとクラリスの村のみんなを助けてください!」
「ああ、任せろ。けどその前に、勇者さんだと呼びづらいだろ? 俺の名前はイチローだから覚えてくれると嬉しい」
個人的に仲良くなる為にもね。
イチローのその言葉は、心中で呟いたため誰にも届くはずはなかったが、アミリアとイチカのこちらを見る目は鋭くなった。
自分同士、何を考えているのかは手に取るように分かるらしい。単純な頭をしているイチローは特に。
そして、イチローの自己紹介を皮切りに、イチカとアミリアもクラリスに対するアピールを済ませる。
「それで、助けを求める内容はどんな感じなんだ?」
イチローが代表してそうクラリスに聞く。
クラリスは嫌悪感と恐怖を表に出しながら、思い返すようにその内容を話し出す。
「クラリスの村は山奥の人も寄り付かないところにあって、一流の冒険者を数多く輩出する武芸に秀でた村でした。そんな折のことデス。数ヶ月前に緑の大きな龍が急にやってきて、村の半数の人が殺されたんデス……。村の屈強な冒険者も歯が立たずに、全員。残ったのは戦えないお年寄りや女子供、それと村長の一人娘であるクラリスだけ」
心底悔しそうに、歯を食いしばり、拳を握りしめてクラリスは語る。
「その龍は、クラリスの村に居ついて、今も村を支配しているデス。助けを呼んだら抵抗できない赤子から殺すと言って。人質をとられたクラリスはその後、龍に言われるがままに人を殺して村の人の代わりの供物として捧げてきたデス。殺したのは悪人だけデスけど、それでも……」
そこで、いったん言葉を切って、自責の念に駆られるクラリスだったが、今はそんなことをしている場合ではないと説明を続ける。
「そしてつい最近、この辺でイチローさん達が魔神ターヌァーカ一世を倒す為に集められたという噂が流れてきたんデスよ」
イチロー達は黙って静かに話を聞いていたが、ごく最近聞いた嫌な名前が登場してきたことによって一瞬で顔色が悪くなる。
冷や汗がタラタラと流れてきた。
やってもいない悪事を暴かれる気分だ。
「その噂を聞いた龍は、『我が造物主様に刃向かうか人間如きが!!』って物凄い怒って、それでクラリスにイチローさん達の殺害命令が出て、今に至るデス。説明が長くなってしまったデスけど、助けて欲しいっていうのはこの龍の討伐を……どうしたんデスか皆さん?」
クラリスが事情を話終え、助けを求めようとするが、あからさまに挙動がおかしくなった三人にキョトンとする。
三人はプルプルと下を向いて震えている。そして、息を合わせたかのように、
「「「またお前か田中ァ!!」」」
と、キレ気味に叫ぶのだった。
☆☆☆
「大丈夫デスか皆さん?」
「「「ごめん、取り乱した」」」
「なんでさっきっから息ぴったりなんデスか皆さん……。ちょっと怖いんデスけど」
イチロー達は落ち着いたと言いつつも、目が据わっており、とてもまともな精神状態には見えない。
「そんな心配しなくてもいい、クラリス。その龍は殺すし、ターヌァーカ一世とやらもぶっ殺してやる!」
「あのくそマジで殺さなきゃ駄目だ。あたし達の精神の安定の為にも、世界の平和の為にも。放置なんて生温いやり方じゃ駄目だったんだ!」
「殺しましょう。ええ、殺しましょう!」
イチローアミリアイチカの順に殺意を滾らせる。
クラリスはその剣幕に怯みながらも、その溢れる殺意の強さに期待を寄せる。
彼らなら村のみんなを助けてくれるかもしれないと、その強烈な殺意に希望を見出す。
「自分のやっている事に自覚も持ってない十代のクソガキめ。本当に嫌になる」
「ま、自分のケツは自分で拭いてやろうって事だね。まずはあいつの排泄物であろう龍退治からだけど」
「他人なのに自分のケツっておかしな話ですけど、まあ仕方ないですね」
高まる意欲、溢れる殺意。
クラリスは自分を下した強さを持つ三人の勇者のその殺気の強さに期待し、声を弾ませる。
「お願いします皆さん! クラリスに力を貸してください!」
もちろんだ。
三人ともそう答えようとしたその時、唐突に下腹部に走る痛み。
人間誰しもが経験した事のある
「は、腹が痛え……」
「あたしも…」
「皆さんもですか? 私もです…」
ギュルル……と嫌な音をたててお腹の中に継続的に痛みが掛かる。
「……さっき腐った豆を食べたからじゃないデスか?」
「そ、そんな馬鹿な……あれは俺たちの国の伝統料理で、むしろ体に良い食べ物のはず……」
クラリスの指摘にあり得ないと慄くイチローに、アミリアが指摘していく。
「いやちょっと待って。あの納豆確かイチローの手作りだったよね? お前の作り方が悪かったんじゃねーのか!?」
「納豆って大豆腐らせるだけだろ……?」
「馬鹿なんですか!? そんなわけないでしょう!? ていうかそんなあやふやな知識で作った物を私達に食べさせたんですか!?」
うろ覚えで作った食べ物を自分たちに食わせたことに怒りを覚えるイチカ。
二十代の頃の自分ってここまで馬鹿だったかな……と頭が痛くなる。勿論お腹も。
掴みかかりたい衝動に駆られるが、そんなことをしている間に腹が限界を迎えてしまうと感じたので、今は後回しにする事にした。
そして、脂汗を浮かべる三人は競い合うように部屋を出ていく。
「イチローてめえ! 元凶の癖になに先トイレ入ろうとしてんだ!! あたし達優先だろうが!!」
「うるせえ知るか馬鹿! 便意の前では人は皆平等なんだよ!!」
「胸が重たくて邪魔くさいです……!」
三人でトイレの使用権を競い合い、デスレースが始まった。
トイレに向かうまでの間、イチローとアミリアは腹を押さえながらも片手で取っ組み合いに励み、その隙にイチカは廊下を抜けていく。
壮絶な死闘の結果、男女に分かれていた宿のトイレに入ったのはイチローとイチカだった。
「あああああああああ!!! あああああああああああああ!?」
「「うるせえ(です)!!」」
無情にも閉じられたトイレのドアがアミリアの前に立ちはだかる。
額を脂汗で濡らしながら、アミリアはトイレのドアを叩き続ける。
「早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして早くして」
「怖いからやめろそれ! トイレなら外出て別の店の借りればいいだろ!!」
「もう一歩も動けないほど限界なんだよこっちは!! イチローでもイチカでもいいから早く出てきてよ!」
「無理ですよ! しかも人が近くに居ると出せない神経質な性質なのはあなたも分かってるでしょう!」
必死にトイレのドアを叩いて呼びかけるも、その願いは非情に切り捨てられる。
「早くしないとぶっ殺すぞイチロー! お前元凶の癖に先にトイレ入りやがって……!」
「お前が男子トイレに入るのを一瞬躊躇したのが悪い。ふぅ……もうちょいしたら出てやるから黙って待ってろ」
情に訴えるのはやめて、脅しにでても返ってくるのは冷めた対応。
アミリアの脳裏には絶望の二文字が浮かび上がった。
そして、とうとうアミリアの便意の波がピークに達する。
「はやくしろっ!! 間にあわなくなってもしらんぞーーーーっ!!!!」
「ベジータかお前は」
「ふふふっ」
アミリアはギリギリのところで耐えているというのに、この二人の鬼畜はそれをネタにして笑っていた。
アミリアの瞳に殺意の色が宿る。
そして────
「あっ……」
「えっ」
「あーあ」
とうとうアミリアの肛門括約筋は限界を向かえ、パンツを色付け、湿らせる。
アミリアはもう半泣き状態だ。
「あー……アミリア。俺が悪かった。すぐに出るからな?」
「大丈夫ですよアミリアさん。美少女のお漏らしなら需要ありますって」
全てが終わってから無駄な優しさを発揮さるイチローとイチカ。
何故その優しさを漏らす前に見せられなかったのか。
そして半泣きのアミリアから漏れ出る一言。
「くそったれ――――――ッ!!!!!」
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