第3話 襲撃者



 あの衝撃の映像が世界中に流れてから数日後、イチロー達勇者パーティーは王国を出て冒険に出発していた。


 当然目的は魔神ターヌァーカⅠ世を打倒するため。

 ───ではなく、町中の人々からの「こいつらいつまでこの町に居座ってるつもりなんだ? 早く魔神を倒しに行けよ」という無言の視線に耐えられなくなって、仕方なく町を出てきただけである。


「あー嫌だなぁ……。俺あいつと戦いたくねーよ」

 

 あまり整備されていない道を歩きながら、イチローは愚痴を漏らす。

 現在、彼らは先日まで滞在していたオリントという王国から少し離れた、ある大きな町に向かっている。


「そんなんあたしだって嫌だよ。あのターヌァーカⅠ世って奴、たぶん十代の頃の田中一郎でしょ? 絶対チート盛り盛りだよ、勝てる気がしないもん」

「勝てる気がしないっていうのもありますけど、言動が痛々しすぎて会いたくないです私は……。動いて喋る黒歴史って最悪ですよ最悪」


 アミリアとイチカも憂鬱な顔をして隣をだらだらと歩いている。

 二人の反応を見て、自分同士思うことは一緒か、とイチローは実感する。


「思い出の中でじっとしていればいいものを、最悪の形で現れたからね。……ていうか、無理にあいつを倒す必要無いんじゃない?」

「どういうことだアミリア?」


 頭に大きなはてなマークを浮かべるイチローとイチカ。

 アミリアは二人に納得させるよう、丁寧に語りかける。


「いい? あいつは魔神とか名乗って悪ぶってるけど、所詮はあたし達と同じ田中一郎なの。つまり、どうせたいして悪い事はできない小心者だからほっとかない? っていう提案。王様にあいつを倒せって言われたけど、そんなの無視でいいんだよ」

「なるほど。言われてみれば放置でもいいのかもしれないな。ていうかアミリア、なんで俺達の前だってのに猫被りモードなんだ? 昨日の荒い口調はどうした?」

「オンオフ切り替えるのが難しいから、どうせならもう統一しちゃおうと思ってね」

 

 下をペロッと出して蠱惑魔的な笑みを浮かべる。

 見た目だけは美少女であるため、非常に様になっている。

 その可愛さに思わずドキッとしてしまったイチローであったが、頭を振って煩悩を振り払う。


「これはおっさんこれはおっさんこれはおっさんこれはおっさんこれはおっさん……」

「ちょーウケるw」


 完全にいいように弄ばれているが、本人が気付くのはもう少し先になりそうだ。


「じゃあ私たちこれからどうします? 魔神を倒すっていう目的がなくなっちゃいましたけど」

「別に目的なんてなくてもいいじゃない。せっかくの異世界なんだよ。可愛い女の子とたくさん出会って百合百合したりしようぜっ!」

「あっそれは私もしたいです」


 アミリアとイチカは女子?同士で会話に花を咲かせる。

 謎の疎外感に苛まれたイチローも負けじとその会話に参加しにいく。


「いいなそれ! 俺も間に混ぜてくれよ! 可愛い女の子達とイチャイチャしたい!」

「「は?」」


 うわ怖っ。

 イチローはいきなり青筋ビキビキと浮き上がらせるアミリア達に困惑する。

 特に普段は温厚なイチカまでもが視線を鋭くしてこちらを睨んでいるのが恐ろしい。


「次ふざけた事抜かしたらその顎引っ剥がすからね?」

「なんでだよ!? 俺だって女の子とイチャイチャさせろよ! 急にキレる意味がわからねーよ!?」


 何が癇に障ったのか分からん。

 イチローはそう抗議を申し立てる。

 そんな彼の肩にイチカは優しく手を乗せ────


「百合の間に入ろうとする男の末路はアレですよ」


 と、路傍に打ち捨てられている潰れた果実を指差す。


 イチローは乾いた笑みを浮かべるのみだった。





☆☆☆☆☆☆

 




 さて、そんな過激派百合厨二人としばらく歩き続けて、もうすぐ次の街が見えて来るというところまで近づいてきたところで、彼らはトラブルに巻き込まれる。


「あなた達が噂の勇者パーティーデスね? その首、もらい受けます」


 全身をフードやマントなどの黒い布で隠した、いかにも怪しい薄気味悪い奴に絡まれていた。


「よしきた! 二人とも、囲んで囲んで! 三人で袋叩きにするよー!!」

「っしゃあ! 俺tueeのチャンスだ! ぶっ殺せ!」

「自分のことながら、この二人品性が無さすぎますね……」


 襲撃者はあっという間に邪悪な三人のチート転生者に囲まれてしまう。

 イチカも、他二人にあれこれ言っていても結局は同じ事をしていることで同じ穴の狢なのだが、本人にその自覚はない。


「あの、すみません。どうか一人ずつ戦ってくれませんデスか……?」


 まさか勇者と称えられるほどの人物が、寄ってたかってたった一人を本気で殺しにくるとは思っていなかったのか、襲撃者はあからさまに焦った様子でおどおどとしだす。


「はああ!? 俺達を殺そうって奴が何言ってんだ、日和やがって! このまま三人で嬲り殺しにされても文句は言わせねーぞ!」

「ちょっと待ってイチロー。あの小柄な身長、あいつ女の子じゃない?」

「言われてみれば、くぐもって分かりにくいですけど声もちょっと高い気がしますね」


 ちょっとタイム。

 そう襲撃者に断り、三人で集まって協議を行う。


「女の子を三人でリンチするのはちょっと良心が痛みますよね」

「でも一人ずつ襲い掛かって殺されるのも嫌だよ?」

「仮にもチート貰ってる身なんだから一人でも負けることはないだろ」


 イチローがそう言うと、アミリアはこれ幸いと面倒ごとを押し付けようとする。


「言ったね? ならイチローが一人で戦ってきてよ」

「なんで俺が……この中で一番の年下だぞ。年功序列じゃなかったのかよ」

「まあまあ、こういうのは男の人がやるのが昔からの定番ですし。それにイチローさんだけまだ能力の自己紹介してませんでしたよね? 実力と一緒に見せてくださいよ」


 上手く乗せられた気がするが、仕方ねえなとぼやいてイチローが一歩前に出る。

 一人で戦う構えを見せるイチローの姿に安堵した襲撃者も、また同じく前に出てお互いに正面から対する。


「まずは一対一を受け入れてくれてありがとうデス勇者さん」

「ああ、うん。結構礼儀正しいのね君。参考までに聞きたいんだけど、なんで俺達を狙ってるんだ?」


 イチローからそんな問いを投げかけられてキョトンとした様子を見せる襲撃者。


「なんでって、皆さんが有名人だからじゃないデスか。そういう人の首を集めるコレクターとか、箔をつけるために勇者さんを狙う人達はかなり多いデスよ?」

「うわあ、嫌なこと聞いちゃったよ」


 正々堂々と一人で挑んでくる、この子が一番初めの襲撃者で良かったかもしれないと、若干の安堵をするイチロー。

 そんな明らかに油断している様を見せられた襲撃者は、自分が侮られていると感じたのか勝負を急かす。


「さあもういいでしょう! いざ尋常に──」

「ちょっと待って。靴紐解けた」

「はい」


(素直で良い子だなぁ)

 

 靴紐を結びながらイチローは心の中で独白する。

 その視線は襲撃者の獲物に向いており、既に意識は戦いに切り替わっていた。


(さて、持ってる武器、ありゃあ鞘の形状から見るに日本刀に近いか? なら一先ずは距離をとって様子を見るか)


「ん、もういいよ。さあ、やろうか」

「そうデスか? ではいざ尋常に勝負!」


 勢いよく鞘から刀身を引き抜く襲撃者。

 距離をとって様子見をしようとしたイチローだったが、その刀身を見て硬直する。


(刀身が…ない!?)


 その異様な刀にギョッとして、思わず足を止めてしまったイチロー。

 戦闘中にそんな事をすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。



 スパァン!



「いってぇ……!」


 肩口に、何か鋭利なもので付けられた傷口ができる。

 ジクジクとした痛みが広がるが、思考は冷静であるようにイチローは努める。


(どうやって攻撃してきた? 透明の刀か? いや、あの鞘から推測できる刀身の長さよりも俺とあの襲撃者の距離は離れていた。なら刀はフェイクで、魔法を使っているのか? それも考えにくいな。この世界の魔法特有のエフェクトがなかった。なら一体どうやって……?)


 こうやって考えながらも、襲撃者の攻撃は絶え間なく行われており、その度にイチローには細かい切り傷が増えていく。


 実を言うと、本気を出せば強引に倒すことができるのだが、イチローは様子見に徹していた。

 対人戦闘の経験もしておきたいと考えていたからだ。

 イチローは洞察のために襲撃者の動きを黙って受ける。


「勇者と言っても所詮この程度の実力なんデスねっ!」

「言ってくれるな……!」 


 腕の動きから予測して回避をし、傷を最小限に抑えてはいるが、それでも塵も積もれば山となるということわざの通り、ダメージは蓄積していく。


「これで、チェックメイトデースっ!」


 何か大技を打ってくると予測したイチローは腕を交差させて身構える。

 だが、ある事に気がついたイチローはその腕を下げて、やられたという表情を見せる。


「何やってんの!? 早くガードしなよ!」

「いったいどうしたんでしょう?」


 少し離れた場所から戦いを眺めていたアミリアとイチカには、ガードをしないイチローが勝負を諦めたように見え、叱咤激励を飛ばす。


「……なるほどな、見えない斬撃の正体は糸か」

「ご明察。とっても細くて頑丈な糸が勇者さんを切り刻んでいました。そして、今更気が付いても遅いデスよ?」

「だろうな」


 常人には目で捉えられず、鋼よりも強度のある鋭い糸。

 それが既にイチローの首には巻き付かれていた。


「さて、冥土の土産に覚えていってください。私の名前はクラリス。巷では首狩りなどと呼ばれています」

「おう、ならお前も勇者さんじゃなくて、俺の名前を覚えていくといい」

「結構デス。殺した相手を覚える必要はありませんから」


 そう言い残し、刀の柄を引いて首を落とそうとするクラリス。

 だが────


「えっ、キャァァアアア!?」


 一思いに首をかっ切ろうとしたその瞬間、クラリスの足元が突如光ったかと思えば、盛大に爆発する。

 爆風を正面から受け、吹き飛んだ彼女はその衝撃で気を失った。



「俺の名前はイチロー。固有能力は『爆殺王ボム・キング』触れた物を何であろうと爆弾に変える力だよ」



「なにカッコつけてんのあいつ」

「今はそっとしておいてあげましょうよ……」


 仲間たちからの視線は冷ややかだった。

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