第2話 田中一郎(後編)



「駄目だねこりゃ。この男完全にバグッてやがる」

 

 呆れた様子で、アミリアは白目をむいた田中の額をつつく。

 その口調は先ほどまでと打って変わって、ひどくぶっきらぼうなものだ。


「その口調に、さっきの驚いた反応。アミリアさんも、もしかして……?」

「うぇ!? な、なーんのことかなぁ? アミリア難しい話よく分かんなーい!」


 タナカから疑いの視線を向けられ、慌てて元の可愛げのある口調に戻すも、時すでに遅し。

 一度疑いを持ったタナカは、粘着質な視線をアミリアにじーっと送り続ける。


「……………」

「……………」


 三人のいるテーブルが気まずい沈黙に支配される。

 辺りが喧騒に包まれている酒場で、この場だけが異様な雰囲気に包まれ、本来料理を運ぶ役目である、ウェイトレスさえも近寄りがたくなっていた。


 そんな気まずい静寂を破ったのは、他でもない疑惑の容疑者、アミリアの声だった。


「なに!? 46歳の田中一郎がロリギャル巨乳の女の子になったら悪いの!!??」

「急にキレないでくださいよ……」


 嫌な沈黙に耐えきれなかったのか、アミリアこと、田中一郎(46)がついに正体を現す。


 その顔は真っ赤になり、熟したトマトのようだ。

 中身が本物の幼女なら可愛いのかもしれないが、正体は46歳のおっさんなのでこれはただの醜い逆ギレである。


 そんなおっさんの逆ギレを受けても、タナカは聖母のような微笑みをアミリアに向ける。


「大丈夫ですよ。私だってこうして清楚な黒髪巨乳の女の子に転生してますし、おっさんが可愛い女の子になりたいと思う気持ちは悪い事じゃありませんよ。むしろ一般性癖です」

「タ、タナカぁ……」


 感動したといった様子で、涙を浮かべるアミリア。

 歳を取ると、おじさんは涙もろくなるから仕方がない。


 タナカはそんなアミリアに、変わらず聖母の如き笑顔を向けながら、腕を大きく開いて抱擁の構えを見せる。

 アミリアもその微笑みに絆された様子で、駆け寄ってその抱擁に包まれにタナカに近寄る。


「TSおっさんレズとか気持ち悪いわーーー!!」


 が、なんということか、先程まで白目を向いていた田中一郎(26)の手によってその抱擁は無情にも阻止されてしまった。


 足蹴にされたアミリアは当然田中に食ってかかる。


「何をしやがる26歳の田中! 急に目覚めて人の事を蹴り飛ばすとかお前には常識がないのか!?」

「やかましいわおっさん! ギャル系の巨乳ロリとかいうニッチな姿に転生を望むような奴に常識を問われたくねーんだよ!!」


 白目を向いた状態でも会話の内容は聞こえていたらしく、田中(26)は堰を切ったように不満を二人に次々とぶつけだす。


「嘘だろ!? マジで俺将来こんな大人になるの!? 嫌過ぎるんだが!? しかもさっきTSおっさんレズっていったけど、そこにさらに自分同士って属性が付くじゃねーかクソが! 業が深すぎるぞ未来の田中ァ!! だいたいお前らは──」


「お待たせいたしました、生ビールが三つと、枝豆です」

「──あっすいません」

 

 どんどんヒートアップしていくかと思えた田中の不満は、店員さんの割り込みによって意外にもあっさりと鎮火した。

 見も知らぬ他人に、女の子にキレてる情けない男だと思われたくなかったのだ。

 田中は、世間体の気になるお年頃だった。


 自分の怒りの方向を見失った田中は、若干の居心地の悪さを誤魔化すようにドカッと勢いよく椅子に座り込み、運ばれてきたビールを一気に呷る。


「んぐんぐ……ぷはぁっ! あ~……熱くなった体に沁みるぅ〜〜……」

「落ち着きましたか?」

「ああ、はい。って、自分相手に畏まる必要もないか。あ~お前マジで俺のタイプだったのに、なんで中身がおっさんなんだよ。しかも未来の自分って……」


 田中は意味わかんねぇ……と顔を両手で覆って嘆く。

 そんな彼を心配そうに窺うタナカに、未だ未練がましい視線を向け続ける。

 アミリアはそんな田中を見ると、ケラケラと心底おかしそうに笑う。


「そりゃあタイプだろうなあ。なんせ未来の自分がなりたいと妄想した理想の女の子なんだろうから。あっはっは───おっと! 怒んなよ田中。同じ田中一郎同士仲良くやろう。ここは冷静になってまずは状況を整理しようか」


 こいつホント一度ぶち殺してやろうかと危険思想に駆られた田中だったが、自分も今の状況を完璧に理解しているわけではない。

 仕方なく、不承不承といった様子で矛を収めた。

 アミリアは田中の敵意がなくなったのを確認すると、パンパンと手を叩いて二人の意識を自分に集めさせる。


「さて、じゃあ年功序列という事であたしが場を仕切るけど文句はないよな?」

「私は問題ありませんよ」

「俺も問題ないけど、田中一郎(46歳)さんはもうさっきまでのキャラ作りはしねーの? 今にして思うとうわキツ案件だから止めてくれて助かるけど」


 長い物には巻かれろを体現するかのようにタナカは素直に承諾する。

 田中もそれに続くように承諾をするが、気が立っていたので、アミリアに少しばかり口を挟むことにした。


「自分相手にキャラ作っても仕方ねーだろ。他の人がいる時はさっきまでの可愛いアミリアたんモードでやっていくからよろしく」

「うわぁ……46歳のおっさんがあのキャラはキッツイわぁ……」

「うっせえなあ。余計な茶々を入れるなよなあ。これだから若い奴は……」

「うわ出たおっさん特有の言い回し。俺もいずれはこうなっちまうのかと思うと悲しくなるよ」

「ああ!?」

「お、やんのか!?」


 売り言葉に買い言葉。彼らは自分同士の醜い争いを繰り広げようとする。

 周囲の一般客は、田中同士の物々しい雰囲気に恐れをなしてそそくさと店を出ていく。


 酒場の店主は迷惑そうにこちらを見ているが、田中達が国に正式に認められた勇者パーティーだと知っているため、あまり強くは出られないようだ。

 そんな一触即発の事態を解決すべく、ここでタナカが一計を講じる。


「喧嘩はやめましょうよ、ね?(ポロンッ)」

「「…………」」


 タナカは、自身の服を捲り上げその豊満なバストをこれでもかと言わんばかりに主張し、二人の視線を釘付けにする。

 露骨に胸をガン見してくる未来と過去の自分達に呆れながらも、事態の収拾をつけられてホッと胸を撫でおろす。


「んん! あー話を戻そうか。とりあえずあたし達の呼び名を明確にしておきたいんだけどいいか? 全員田中だと誰が誰だか分からない」


 咳払いをし、一拍置いて何事もなかったかのようにこの場を進行させるアミリア。田中もそれに素直に頷く。


「じゃあ、まずあたしのことは今まで通りアミリアって呼んでくれ。んで、お前ら田中二人組の呼び名は……」

「私のことを、これからはイチカって呼んでください。もう女性になったんですから、アミリアさんみたいに私も名前も変えるべきでした」


 タナカ改め、イチカは自分の新しい名前を名乗る。


「んじゃあ俺は普通にイチローって呼んでくれ」


 田中、もといイチローも、同じく自分の呼び名を明確にする。


「オッケイ。イチローとイチカね。じゃあ本題に入るけど、お前ら自分たちの状況をどのくらい理解してる? あたしは一ヶ月くらい前に、神様っぽい人と会話をしたと思ったら、自分の理想としていたこの女の子の姿でこの世界にいたんだけど、お前らも似た感じか?」


 イチローとイチカは一度お互い顔を見合わせて、頷き合う。


「そうですね。私も神様と会話をした後、気が付いたら女の子になっていて最初は驚きました」

「右に同じく」

「なるほど、皆んな同じ時期にこの世界に来たわけか。ふーむ、なんで同一人物が三人もこの世界に呼ばれたんだろうなぁ……?」

 

 アミリアは思案顔をしながら、酒を呷る。

 イチローはめんどくさそうに頭を掻くと、テーブルに肘をついてぼやく。


「別にそんなのどうでも良くないか? 俺はこの世界で楽しくやれたらもうそれでいいんだけど」「………たしかに、どうでもいいかぁ」

「そうそう。王様からお金もたんまり貰いましたし、今日はたくさん飲んじゃいましょう! すいませーん、ビール追加お願いしまーす!」




      ───四時間後───




「「「かんぱーい!」」」


 本日何回目かも分からない、ジョッキのぶつけ合い。

 その拍子に中身が溢れることなんて気にせず、勢いのまま飲み干す。

 すっかり顔を真っ赤にした田中一郎達は、完全に出来上がっていた。


「いやぁ、最初は女装したキモいおっさん程度に思ってたけど、話せば分かる人達じゃないかぁ」

「あたしこそイキッたクソガキだなんて思って悪かった。これだけ話が合う人は初めて会ったよ」

 

 肩を組んでお互いの非を詫びあうアミリアとイチロー。

 そんな二人を見て、これまたおかしそうにイチカは笑う。


「あははは、自分同士なんだから話が合うのは当たり前じゃないですかぁ」

「「そういやそうだった」」


「「「わっはっはっはっは!!」」」


 酒場の賑わいもピークに達し、酔ったおっさん達の悪ノリも店の喧騒に消えていく。


「しっかし、俺たちチート転生者三人組にリンチされる魔王とやらが今から気の毒でならないな」

「ああ、完全に忘れてたわそんなこと。王様にやれって言われたんだっけ?」

「旅の資金はがっつりここの代金で消えちゃうんですけどね」


 ゲラゲラと下品に笑う三人。

 その姿を見て、彼らがこれから世界を救いに行く勇者パーティーだとは誰も思うまい。


 その時だ。

 酒場中にディスプレイの様な映像が何もない空間に映し出される。

 いや、酒場だけじゃない。イチローが外をチラッと見ると、街中にまでこの映像は流れているようだ。


「なんだこれ?」

「なんかのイベントか?」


 映像を見た酒場にいる人々は、口々に疑問の声をあげる。


 そんな中、嫌な予感に背中を汗で濡らしているのが田中一郎の三人だ。

 その映像に映っているのは、どこかで見覚えのある、銀の髪を腰まで伸ばして、身の丈よりも長い刀を携えた長身の美形の男。


 その男を見た田中一郎達の心に浮かんだ思いは一つだった。



(((セフ●ロスやん……)))



 前世で見慣れたゲームのキャラによく似た、映像に映る男が話し出す。

 

「んん! この放送は主要都市に向けて放送しているものである。そしてよく聞け! 我こそは、魔王を打ち倒し、魔界の頂に君臨する者!」


 喉の調子を確かめた後、威風堂々声高々に、映像の向こうで何やら宣言を始めるセフ●ロス擬き。

 その足元には、いかにも魔王ですといった見た目の悪そうな奴が転がっていた。


「言うなれば魔界の神、魔神とでも呼ぶべき存在。さあ恐れよ、取るに足らない人間共よ。そして未来永劫我が名をその魂に刻むがいい!」



「「「…………」」」



「我が名は!」



 固唾を飲んでその男の言葉に聴き入る街中の人々。

 画面の向こうの男は、自信満々に言葉を紡いだ。



「ターヌァーカⅠ世である!!」




「「「何やってんだ田中ァァァァァ!!!!」」」



 ───田中一郎達の受難は、まだ始まったばかりである。

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