第二十話 特権


「余計な世話かもしれないが」


 同じ長椅子に横並びに腰かけるサリオンの嫉妬を嬉しげに煽りたて、ひやかしたアルベルトが僅かに身を引き、長椅子の上縁に肘を掛けつつ話の穂を継ぐ。


「俺の隣に座るお前の前で後宮入りを持ち出されるのは、やはりレナには酷だろう。俺は、このままお前を王宮に連れ帰る。だが、レナは日を改めて迎え入れるつもりでいる。後宮に住まう者が俺の許しを得ずに王宮に足を踏み入れることは許されない。俺は、今後はお前もレナも互いに顔を合わせずに、それぞれの道をそれぞれに歩んだ方が、互いに傷つけ合わずに済むと思っている」


 時折伏し目になりながら、最後は真摯な眼差しでサリオンを包み込み、アルベルトは自身の意思を告げてきた。


「……えっ?」


 思わず腰を浮かせたサリオンは、アルベルトの正面に向き直る。

 今夜も客を迎えた南館から宴の乱痴気らんちき騒ぎが、正館の二階の応接の間にまで聞こえている。酔客すいきゃくのでたらめな即興の唄い。笑い声。

 半円型の窓が中庭に向けてずらりと連なり、ロウソクの黄金にも似た灯りが、豊かな木立や壮麗な噴水の滴を煌めかせ、眩く照らしている。

 態勢を変えたサリオンは、それらを目端に捉えると、自分は確実にその場から離されようとしているのだと実感した。そして同時にレナからも。


「もちろん、そうしろとは言っていない。どんな時でも、お前の気持ちをいちばんに考えたい」


 アルベルトもサリオンに向かい合い、戸惑いを顕わにしたサリオンを取り成すように口早に言い足した。だが、いちばんに考えようとしているからこそ、忠告したに違いない。サリオンは口を噤んでうつむいた。

 Ωの性の宿命として、レナも自分も幼い頃から男達の捌け口にされてきた。

 昼三の位が得られる年になるまでは、娼館の薄汚い大部屋で雑魚寝ざこねをさせられ、一枚の麻のボロ布を一緒に被って眠っていた。

 

 そして日に日に美貌を増すレナを崇めるように世話をした。自分もレナと同じ昼三などとはおこがましいと、口はばったくて言えないとまで思っていた。

 いつのまにか無言の圧で屈服させられ、逆らえずにいた気弱な下男だ。

 そのうえΩ本来の子を産む務めも果たせない。そんな自分がレナを越え、レナから離れる。

 自分の意思でも力でもなく、皇帝に愛されたという特権で。





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