第十七話 誰よりも何よりも

 アルベルトの両手で頬を包まれる。長身の恋人が身を屈め、口づけの角度でせばまる顔。


「そんなに近くに来られたら、話せない」


 押し返す。跳ねのける。サリオンは、あらゆる拒絶を封じられ、伏し目になる。アルベルトの濃艶な香油にまじわる汗の匂いに火照る肌。額が重なり、堪らず目を閉じ、寄せた眉。険しい眉間に押し当てられた唇が離される。二人の間の静寂が濡れた音を際立たせ、肩が強張る。恐くなる。


「綺麗だ。サリオン」


 くり返される甘美な囁き。熱い息。親指で頬を撫でられる。涙のあとを拭い去る。


「ゆるい巻き毛の金髪も、挑むような碧の眼も、薔薇色の頬も、ふっくらとした唇も……」


 告げられながら唇で、髪を、目蓋を、頬を順になぞられる。

 そうなのだ。アルベルトにはレナよりも、他の誰より綺麗だなどと言われたい。姿形すがたかたちで魅了して、とりこにしている。その目を惹きつけ、離さない。

 愁眉しゅうびやわらげ、目を開けたサリオンを、天窓から射す月光が照らしていた。

 

「サリオン」


 切なげに名前を呼ばれて、目と目が合わさる。


「愛して良かった」

「俺もだ。アルベルト……」

 

 ここにいるのは皇帝ではなく、かたきでもない、ひとりの男だ。宣言した。その瞬間に息を詰め、目を見開いた男の瞳が揺らいでいた。

 音もない。

 声もない。

 言葉を失い、顔を近づけ、口づける。

 アルベルトの絹のトガにくるみ込まれたサリオンは、恋人の肩に手を掛ける。十重とえ二十重はたえ口接こうせつし、吐息をからめる。舌のぬめりを感じ合う。

 彼をこのまま、この身の中まで沈めたい。おぼれさせたい。許されるのなら今すぐに。

 サリオンは、恋人の首に回した腕でかき寄せた。


「……サリオン……!」


 と、極めたようにたけり立ち、うなじに噛みつき、うなじを舐める熱い舌。吸いつく唇。弾む息。溺れているのは自分の方だと知らされる。


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